佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――去る11月15日、米国サンフランシスコで米中首脳会談が行なわれました。米中は国防対話を復活し、台湾に関しては平行線。中国は米と肩を並べる大国になったことを喜び、米国は落ちぶれたのであろうかと自問自答しているように見えました。これって、米国から中国に頭を下げる形での首脳会談だったのですか?
佐藤 米国に三正面なんか絶対できません。だからポイントは、中国が米国のメンツを維持しつつ、今までの米国の中国敵対政策をどう懐柔してくるか、でしたね。日本の新聞は『三正面は可能だろうか?』と言っていますけど、無理です。今、日本の新聞報道だと、ウクライナが何百人ロシア人を殺したとか、毎回、大本営発表を繰り返し報道しているだけですよね。
――はい。
佐藤 でも、ネットで衛星からの写真を見れば、ウクライナは第一次防御線も突破できていないんですよ。
――6月の反撃開始から、4か月で8km進撃しています。アゾフ海まで100kmありますから、このペースで進めば今後4年で海岸線に達しますね。
佐藤 このペースの進撃を続けることはできないので、アゾフ海には到達しないと思います。また、ハリコフ州などでは、露軍が進軍していることを報道していませんからね。それから、南部の最前線はオデッサまで伸びています。
――それは、ウクライナを"内陸国"にするという露軍の最終目的まで、あと少しということではないですか!
佐藤 ウクライナ戦争は、ハマスとイスラエルのパレスチナ戦争が進む中で、終わりに近づいていますね。
――ということは今回、米国は中国に全面的にお願いモードで「仲良くしない?」、という姿勢なんですか?
佐藤 そういうことです。「色々とお互いに協力できることは協力しましょうよ」という大人の対応です。中国はバイデンだけでなくトランプも見ています。
――なんと!
佐藤 仮にバイデン政権が続いても、中東情勢を理由にして中国との関係を抜本的に改善することは可能です。
――バイデンは老獪(ろうかい)ですからね。
佐藤 いま中国がトランプを完全に袖にして、交渉相手をバイデン一本に絞り、来年仮にトランプ政権になった場合、トランプおじさんの感覚だったら、それを許してくれると思いますか?
――トランプオジサンは仲間外れにした奴を許さないと思います。
佐藤 絶対に許さないでしょう。
――はい。ドラえもんが近くにいないのび太が、ジャイアンを完全無視で通り越したら、翌日から大変な展開になります。
佐藤 そうなるでしょう。トランプは一回大統領をやっているから、どんなおじさんだか全世界の指導者が知っています。
――面倒くさいおじさんですが、米国大統領になるかもしれませんからね。
佐藤 日本だってウクライナ問題に関して、後ろ向きになっているのはトランプおじさん対策の要素があります。来年トランプが大統領になれば、翌日にウクライナ戦争を止めちゃいますから。
――プーチンがこう言ってますからね。「米国からの援助が一週間止まれば終わりだ」と。
佐藤 だからそういう状態だと皆、分かっているわけです。
――するとバイデンは来年11月の大統領選まで向こう一年、何もできない大統領になってしまう。
佐藤 何もできないというか、むしろやぶれかぶれでむちゃくちゃなことをやってくるリスクがあります。
――それ、トランプおじさんより怖くないですか?
佐藤 そのやぶれかぶれが中東で出るのか、ロシアで出るのか? それは分かりませんけどね。
――無視されるトランプおじさんが可愛く見えてきます。
佐藤 もうひとつはイスラエルです。いま、かなりひどい状況になっていますよね。
――徹底的にやっています。
佐藤 バイデンは「ロシアの非人道的行為を絶対に許さない」と言っています。それに対して、「イスラエルの行為はどうなんだ?」という話になります。
――「ダブルスタンダード」だと、この前のマルタ会議でトルコ代表が指摘していました。
佐藤 だから、そういう議論が出てくるのは、バイデンの認識が間違えているからです。バイデンはハマスとプーチンを同一視してしまいました。
――なるほど。
佐藤 だから各国から、ダブルスタンダードだという批判を受けるのです。しかし、これはダブルスタンダードではありません。ロシアとウクライナは国家間戦争。ハマスは対テロ掃討作戦ですから。
――何でそれを言わないのですか?
佐藤 正しい頭作りができていないからです。だから演説で「ウクライナ戦争は国家間戦争で、ロシアの侵攻は断固、許さない。しかし、ガザ地区の紛争はイスラエルのテロとの戦いだ」として、「テロとの戦いでロシア、中国に協力を求める」と言えばいいだけのことです。
――角が立たない賢い言い回しです。
佐藤 日本政府もそういう組み立てです。だから、イスラエルが現在、ガザ地区で展開しているのは、テロ組織ハマスに対する掃討作戦で、パレスチナを敵視しているわけではありません。
――戦争とテロで分けると?
佐藤 そうです。パレスチナ問題に関しては、イスラエルとパレスチナの二国家を作る、というのが国連の方針だし、オスロ合意でもあるし、日本政府もその立場です。
ただ、ハマスの攻撃はテロですから。そういうテロは多くの国家が嫌います。ロシアにとっては、ハマスのテロはスンニ派のテロなので、北コーカサス地方にその影響が及ぶ可能性があります。そして中国は、スンニ派が多くを占めるウイグルでテロが起きることを警戒しています。なので、ハマスなど掃討した方が良いという点では、中露は一緒なんですよ。
――なるほど。
佐藤 パレスチナ問題となると、それは守らないといけないってことになります。しかし、テロ集団などは潰してしまっても構わないと、実はサウジもUAEも思っています。王政とか王族の腐敗を、ハマスは弾劾してきます。基本的にイスラム法による支配なので、王など倒してしまえ、という発想ですから。
だから、唯一安心して心おきなく推せるのはイラン。どうしてかというと、ハマスのOSが動くのはスンニ派だけだからです。イランはシーア派だからOSが違います。ちょうどWindowsとMacのOSが棲み分けているのと同じです。OSがWindowsだと、Macのアプリが動かない場合があります。イランは自国に影響がないから、ハマスを心おきなく推せるわけです。
その逆説がみんな、分かっていません。だから、アラブ諸国はイスラエルを口先だけで非難します。ですが、ハマスを応援する国はイランを除いてありません。イランはそこに利益がありますからね。
――そのハマスに対処するには、イスラエルの論理が一番効くわけですね。
佐藤 そうです。行き過ぎであっても徹底したテロ対策をやらざるを得ない状況に置かれている、ということです。
イスラエルは1997年に、ハマスの政治部長ハリド・メシアルの暗殺を目論みました。しかし失敗に終わり、その解決のためにハマスの創設者ヤシン師をヨルダンに引き渡しました。すると、ヤシンはガザに渡って自爆テロを始めたのです。元モサド長官のエフライム・ハレヴィさんが書いた『イスラエル秘密外交―モサドを率いた男の告白―』(新潮社)を読むと、その経緯がよく分かります。
――佐藤さんのインテリジェンスの師であり、友人ですね。
佐藤 481ページの4行目から、こうあります。
『政策もしくは政策指令は、敵の目標達成を阻止するという観点からだけでは決められない。望ましい結果をあげるには防御面が重要だとしても、やはり敵の勝利を阻止するだけでは不十分であり、敵を完膚無きまでに叩きのめすことを目標・政策リストの一番目に設定すべきであろう。イスラム系テロ組織の特徴、やり口から判断するに、根本的な解決を図るには、完全なる殲滅(せんめつ)以外に方法はない』
こういうことなんですよ。
次回へ続く。次回の配信は12月8日を予定しています。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。