当初は"第3勢力"だったが、過激な公約とパフォーマンスでメディアやSNSをジャックし、国民の不満を扇動して大国アルゼンチンのトップに上り詰めたハビエル・ミレイ(53歳)。世界が注目するエキセントリックな新大統領の実像は?
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■クローン犬を溺愛する「無政府資本主義者」
「アルゼンチン中央銀行をダイナマイトで吹っ飛ばす!」
物騒なスローガンとともに激しい身ぶり手ぶりで聴衆をあおり、「俺は地獄のように怒っている!」と吠(ほ)えまくる。
11月19日の決選投票に勝利し、12月10日にアルゼンチン新大統領に就任するハビエル・ミレイは、選挙戦で見せた破天荒なキャラクターと公約で世界の注目を浴びた。まずはエキセントリックな言動の一部を並べてみよう。
●中央銀行の模型をハンマーで叩き壊し、「バラマキ補助金をぶった斬る!」とチェーンソーを振り回す。
●聴衆と共に「(既存の政治家は)みんな消えろ、全員辞めろ」の大合唱。演説の最後は「自由万歳、クソッタレ!」。
●アルゼンチン国民の3分の2はカトリックなのに、アルゼンチン出身のローマ教皇を「殺人共産主義者に共感するクズ」呼ばわり。
●6年前に死んだ愛犬のクローン犬4匹を飼い、溺愛。犬にテレパシーで政策相談をしているとの怪情報も。
その過激さから〝アルゼンチンのトランプ〟とも称され、実際にドナルド・トランプを信奉していると公言するミレイ。
しかし、政界の外からいきなり2大政党の一角をジャックして大統領となったトランプとは違い、エコノミスト出身のミレイはわずか2年ではあるが下院議員を務め、自ら極右諸派連合を率いて大統領にまで上り詰めた。この男はいったい何者なのか?
立教大学ラテンアメリカ研究所学外所員を務めるジャーナリストの伊高浩昭氏が解説する。
「経済学修士のミレイは議員になる前から、政治・経済からバラエティまでさまざまなテレビとラジオの番組に出演し、人気を得てきました。
討論番組では相手が話していても構わず発言して論難し、気にくわない相手を〝売春婦の息子〟といった汚い言葉で罵(ののし)ることも珍しくない。それでもメディアでは〝著名な経済学者〟と紹介され、それなりに評価されているようです。
また一方で、女性数人とセックスについて語る番組では『13歳のときサウナで童貞を捨てた』『ヒンズー教などの性の秘技を研究した』と話すなど、開けっ広げな物言いも特徴で、暴言も含め何を言っても心から憎めないようなキャラクターでもあります」
そのミレイが大統領選で掲げた主な公約や主張は......。
●中央銀行と自国通貨ペソを廃し、ドルを法定通貨に。
●中央省庁を半分に縮小再編して公務員を減らし、補助金や福祉も削減。
●国営企業や学校を民営化し、公共事業も民間に移譲。
●麻薬の合法化と銃規制の大幅な緩和。
●臓器売買市場の創設。
これらの主張からミレイは極端なリバタリアンであるといわれるが、伊高氏はその思想的背景をこう分析する。
「日本ではリバタリアニズムをしばしば『自由至上主義』と訳しますが、本質的には『無政府資本主義』です。個人の自由を極限まで尊重し、政府の介入を極限まで減らす。アメリカの経済学者マレー・ロスバードによって体系化された理論で、実際にミレイはロスバードの著書を読んで感銘を受けています。
ただし一方で、ミレイは自由主義の立場から当然認めるべき人工妊娠中絶やジェンダー平等、LGBTQの権利に反対している。ひと言で表しにくい人物ですね」
■10代の若者によるバイク強盗が流行
では、なぜこの極端な人物をアルゼンチン国民は大統領に選んだのか?
その背景にあるのは長年にわたる経済の停滞、そして近年の急速なインフレだ。マクロ経済学や財政論的な構造の説明はさておき、アルゼンチンの市民生活は今どんな状態にあるのだろうか。
1996年からアルゼンチンをベースに取材を続ける、南米サッカージャーナリストの三村高之氏が解説する。
「2001年に1ドル=1ペソの固定相場が破綻し、アルゼンチンは為替下落によるインフレの時代に突入しました。このサイクルに入ってしまうと、単に輸入品が高騰するからモノの値段が上がるというだけではありません。
例えば10万円の家電を買おうと思ったら、日本ではお金がたまるまで待つのが普通ですが、インフレ下では値上がりする前にカードで買ってしまったほうが得です。
ただ、カード会社は額面どおりの分割払いを受け取るだけでは損をするので、販売店への手数料を上げ、それが商品代金に上乗せされていく。企業も価格維持のための努力をせず、右向け右で値上げする。こんな構造で、インフレはどんどん進行していきます。
それに加え、外貨不足に苦しむ政府がドルの外国送金を厳しく制限したため、多くの外国企業が撤退。当然、現地雇用の失業者は増えます。政府はわずかな単発バイトでもしていれば『失業』とカウントしないため、表面上の失業率はさほど高くありませんが、実態ははるかに深刻です」
そしてここ数年はインフレが爆発し、今年10月のインフレ率は前年比142.7%。つまり、1年で消費者物価指数が2.4倍になったということだ。
「私の体験では、昨年7月に380ペソだったたばこ1箱が今年7月には800ペソに、170ペソだった6個入り卵は400ペソになっていました。
失業者の増加や生活の苦しさから犯罪も増え、ドアノブやインターホンの銅製カバー、電線やクルマのホイール、ゴルフ場のグリーンの合金製カップなどの盗難が続出。『モトチョロ』と呼ばれるふたり乗りのバイク強盗も10代の若者の間で流行しています。
これは後部座席の人間が1丁5000円ほどで買える中古の銃で武装して行なうのですが、ターゲットは高齢者、小学生、妊婦、なんでもあり。初心者は簡単に盗品を売りさばけるスマホを狙い、熟練者になるとクルマを盗むケースも。防犯カメラがとらえた強盗の映像がニュースで流れるのも日常茶飯事です。
ミレイは特に若者から支持されたといわれますが、その根底にあるのは既存の政治や社会の現状に対する深い絶望でしょう。
彼らからすればリベラルは頼りにならず、ペロニスタ(現与党の左派政党)は口先だけ。雰囲気やブームに流された層も多いでしょうが、『泥舟かもしれないが、今の舟はどうせ沈むから乗り換えよう』といった気持ちではないでしょうか」(三村氏)
■2年後には通貨をドル化すると豪語
大きな変化を求める世論に押されて新大統領に就任するミレイだが、過激な政策は本当に現実化するのか。前出の伊高氏はこう語る。
「ミレイは頭が良く、ローマ教皇への暴言など〝言動〟の一部分はすでに修正に入っています。しかし一方で、歳出削減につながる公約には早くも手をつけている。省庁の整理統合を済ませ、国営企業の民営化についても石油公社、航空会社、通信社、放送局などを名指ししています」
内政は当分の間大混乱になりそうだが、外交面でも注目点がある。アルゼンチンでは歴史的に民族主義左派政権の時代が長かったが、ミレイは共産主義や社会民主主義を毛嫌いしており、いわゆる自由主義陣営、中でもアメリカとイスラエルとの関係を最も重視すると表明しているのだ。
「特に気になるのがイスラエルについてです。ミレイは非ユダヤ人でカトリックですが、下院議員になった頃、『あなたはヒトラーに似ている』と中傷されたことを気に病み、アルゼンチンで最高位のラビ(ユダヤ教聖職者)に会いに行ったことがある。そこでユダヤ教に傾倒し、将来は改宗するかもしれないと話しているほどなのです。
そうした背景から、ミレイはトランプ前米政権と同じく、イスラエルのアルゼンチン大使館をテルアビブからエルサレムに移すことを決定済みです。
しかしそうなれば、中東イスラム圏との関係は微妙になる。アルゼンチンはイランやサウジアラビア、エジプトなどと共に来年1月にはBRICSに加盟する予定でしたが、これも辞退する公算が大きくなっています」(伊高氏)
そして、国際社会が最も注目(あるいは懸念)する通貨のドル化はどうか?
「彼は就任から2年でひどいインフレが収まる、つまり経済の構造改革と財政問題にめどがつくと豪語しています。そして、『その頃には皆さんは給料をドルでもらうでしょう』と。つまり2年後に中銀を廃し、通貨をドル化するという青写真があるわけです。
ただし、そのためには憲法改正が必要です。仮に改正案が国会で通っても、国民投票に勝たなければならない。そのときまでに彼の経済政策がいい結果をもたらしていなければ、化けの皮が剥がれ、もう国民にはそっぽを向かれているかもしれません。
さらに言えば、そもそも通貨のドル化とは、FRB(米連邦準備委員会)の下に入るということですから、金融政策の独自性が失われます。経済が過熱したときに金利を上げたり、不況時には下げたりといった政策を打てず、金利はアメリカの都合で動く。これはある種の〝属国化〟です。
ムードに流されてミレイに投票したアルゼンチン国民は、後になって振り返れば、ハーメルンの笛吹き男に踊らされていたということになってしまうかもしれません」(伊高氏)
就任式は12月10日。ミレイがどこまで現実的になれるかに関心が集まっている。