最大派閥・安倍派の裏金疑獄で大揺れの自民党。時事通信が12月8~11日に実施した世論調査では、岸田政権の支持率は17.1%まで下落。賃上げと減税で再浮上というもくろみは霧消し、政界ではすでに「岸田後」の話が飛び交っている。
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■ここからの1ヵ月が検察にとっての勝負
「全国で特捜部のある地検は東京、名古屋、大阪だけですが、東京地検特捜部が手がける今回の捜査では、名古屋と大阪の直告班(告発案件を扱う部署)所属の検事まで全員招集された。異例の大捜査態勢を敷く検察は本気です」(全国紙司法担当記者)
言うまでもなく、そのメインターゲットは自民党の最大派閥、安倍派(清和政策研究会)だ。検察はこれまでの調べで、安倍派の政治資金パーティ収入の一部が記録されず所属議員にキックバックされた「裏金」の総額が直近5年間で5億円を上回るとの確証をつかんでおり、派閥の歴代事務総長を務めた大物を含む現職国会議員の逮捕を視野に入れているとされる。
「現在の告発容疑は政治資金規正法違反(不記載、虚偽記入)ですが、裏金を政治家が個人的に流用していれば所得申告していなかったということで脱税、選挙時にバラまいたとなれば公職選挙法で禁じられている買収罪での立件もありえる。
裏金づくりは派閥ぐるみだった疑いが濃厚なだけに、摘発される議員が多数に上れば、そのダメージは安倍派だけにとどまらず岸田政権を直撃する。ヘタすれば内閣総辞職です」(司法担当記者)
そこで岸田文雄首相は、内閣から安倍派を事実上「一掃」することを決め、松野博一官房長官や西村康稔経済産業相ら閣僚4人に加え、副大臣5人も交代。さらに、党幹部の高木毅国対委員長、萩生田光一政調会長、世耕弘成参院幹事長も辞表を提出した。
しかし、政治評論家の有馬晴海氏はこう指摘する。
「交代の理由は『国政を遅滞させないため』というのが岸田首相の言い分ですが、これでは安倍派にすべてを押しつけて首相自らへの批判を回避し、政権を延命しようしていると世間から見られても仕方ありません」
政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏も言う。
「岸田さんは総裁として党全体を見る立場でもある。すでに報じられているとおり、政治とカネの問題は他派閥にもあるわけで、本来なら今回の裏金疑惑をきっかけに、政治資金規正法の抜本的改正やパーティ全面禁止などの方向性を打ち出すべきでしょう。安倍派だけを一掃して済むような話ではありません」
首相にとって当面の難所は、来年1月20日前後に通常国会が開かれるまでの約1ヵ月間だと鈴木氏は指摘する。
「国会会期中は議員に不逮捕特権があり、検察は動きにくい。年度予算が仕上がる3月末まではなおさらです。だからこそ、検察はこの1ヵ月で成果を出そうと勢い込んでいる。
もし今後、さらに重要閣僚などから逮捕者が出るようなことになれば、『岸田では持たない』という声が党内から吹き荒れ、いつ内閣総辞職に追い込まれてもおかしくない。それほどの正念場です」
■次に危ないのは4月。その首謀者は......
この最初のヤマを乗り越えた場合、岸田首相はなんとか支持率の下げ止め、そして反転を目指すことになる。自民党中堅議員の秘書が言う。
「まずは子育て支援や賃上げなど、国民受けのいい予算や政策を仕上げ、4月には国賓として訪米し連邦議会での演説などで〝外交の岸田〟をアピール。さらには6月の所得税減税でポイントを稼ぎ、政権を維持する――これが岸田首相の描くシナリオです」
ところが、予算成立直後の3月末~4月初旬、身内からの〝退陣要求〟が起きる可能性があるという。
「党内では今、麻生太郎副総裁が『4月の国賓訪米を花道に総辞職を促す』という観測が絶えません。麻生さんには早めに岸田さんを降ろしたい理由があるからです」(同議員秘書)
先に自民党内の勢力構図を確認しておこう。岸田政権の中心は、首相自身の岸田派(宏池会・47人→今回の件を受け首相が離脱して46人)、麻生派(志公会・55人)、茂木敏充幹事長率いる茂木派(平成研究会・54人)の「主流3派」。
ただしこれだけでは党内全議員の4割程度で、最大派閥の安倍派(99人)を取り込むことで多数派となっている。逆に、冷遇されているのが二階俊博元幹事長率いる二階派(志帥会・40人)だ。
では、今すでに政権中枢にいる麻生派のドンが、なぜ「岸田降ろし」に動くのか?
「岸田さんのままではこの逆風に耐えきれないと麻生さんが判断した場合、当然考えるのは引き続き主流3派での党支配を維持することです。そこで本命視されているのが、茂木幹事長を総裁選で担ぐこと。しかし問題は、茂木さんは実力者なのですが、地方の党員には人気がないのです」(同議員秘書)
もし岸田首相が自民党総裁任期の途中で内閣総辞職すれば、来年9月の予定を前倒しして臨時の自民党総裁選が開かれ、新しい総理・総裁が決まる。そして最大のポイントは、前倒し総裁選の場合、準備に時間がかかる党員投票が行なわれず、ほぼ国会議員票だけで勝負が決まる〝特別ルール〟になることなのだという。
「9月まで待って党員投票のある〝フルスペックの総裁選〟をやると、例えば地方で人気のある石破茂元幹事長や小泉進次郎元環境大臣などに党員票が流れて負けるリスクもある。茂木さんを担ぐ以上、麻生さんにとっては前倒し総裁選がベターな選択肢になるわけです」(同議員秘書)
また、麻生氏が動く可能性のあるタイミングは予算成立直後だけではない。前出の有馬氏が言う。
「来年4月28日に、細田博之前衆議院議長の死去に伴う島根1区補選が予定されていますが、今回の裏金疑惑で議員が辞職すれば、その補選も同日になります。仮に数人の議員が辞職に追い込まれ、大型補選となったこの日に自民党が負け越すようなことになれば、党内は大荒れです。
直近の党内調査によれば、衆院選挙区選出の自民党議員のうち、50人以上が野党候補との支持率差10%以内です。選挙に弱いこの50人を中心に、『岸田さんでは戦えない』と退陣を求める大合唱が起きるのは確実。岸田さんは内閣総辞職に追い込まれ、前倒しの臨時総裁選となるはずです」
このケースでも、やはり麻生氏は主流3派をまとめて茂木幹事長を担ぐ公算が大だ。
■あの実力者が人気者を担いで復活?
では、対抗馬は誰なのか? 前出の鈴木氏が解説する。
「現在の自民党において、麻生さんと対抗できる唯一のキングメーカーが同じく総裁経験者の菅義偉前首相です。しかも、菅さんは無派閥で、今回の裏金疑惑と最も距離を取れている上、多くの無派閥議員をまとめている。新たに疑惑の対象となるリスクがない無派閥議員たちは、今後の人事で重職に登用されることが多くなるはずです。
岸田さんが総辞職となれば、菅さんは非主流派の二階派と組んで、無派閥の石破氏、小泉氏あたりを担いで総裁選に打って出る可能性がある。また、右派層に人気の高い無派閥の高市早苗経済安全保障担当大臣も勉強会を発足させ、十数人の議員を集めていますから、次期総理候補の有資格者といえるでしょう」
ちなみに現在、自民党の無派閥議員は70人超。その規模は安倍派に次ぐ〝隠れ第2勢力〟だ。「裏金と無縁」「クリーン」というイメージを打ち出して集結すれば、今やその力は侮れない。
ただし、勝利のためにはひとつ条件がある。
「ポイントは安倍派の動向です。岸田首相に切り捨てられたことで安倍派が主流3派とたもとを分かち、現在の『非主流派』と共に多数派を形成すれば、議員数は200を超える。そうなると主流3派はとてもかないません」(鈴木氏)
そして、もうひとつ別のシナリオがある。総裁選が前倒しになるにしろ、来年9月にフルスペックで行なわれるにしろ、その時点であまりにも自民党への逆風が強く、また党内での主導権争いが混迷し、「もう闘っている場合ではない」と判断されたケースだ。
「麻生さんと菅さんが『今は挙党一致しかない』と手を組んだとき、いったい誰が担がれるのか。その本命として急浮上するかもしれないのが、上川陽子外務大臣です。
上川さんはハーバード大学ケネディスクール出身で能力は折り紙付き。岸田派ですが派閥のイメージはなく、お金にもクリーン、キャリアも十分。しかも初の女性総理となれば、国民人気が回復する要素はあると考える可能性はあるでしょう」(鈴木氏)
もちろん、さらにそのほかのシナリオとして、どこかのタイミングで窮地に陥った岸田首相が〝イチかバチか解散〟に打って出ることもありえなくはない。
ただ、今のところ政界では「もはや岸田さんに再選はない」「解散を打っても総選挙で勝てる材料がない」という評判が支配的だ。つまり、岸田政権は最長でも来年9月までということだ。
臨時国会最終日の会見で「火の玉となって先頭に立つ」と言った岸田首相だが、実際にはいつ火だるまになってもおかしくない難局が続く。