壮絶な地上戦の後、ハマスはトンネルに逃げ込み、再び違う所から現れる。イスラエル兵士は苦戦している(写真:ロイター=共同) 壮絶な地上戦の後、ハマスはトンネルに逃げ込み、再び違う所から現れる。イスラエル兵士は苦戦している(写真:ロイター=共同)
去る12月1日、イスラエル軍とハマスの休戦は終わり戦闘が再開された。8日間の休戦明けから始まったガザ地区南部の戦いで、イスラエル軍はどんな作戦を展開し、遂行するのか。そして、この争いはいつ終わりを迎えるのか、陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)に予測してもらった。

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まずガザ地区南部では、イスラエル軍(以下、イ軍)はどんな地上作戦を遂行するのだろうか?

「イ軍はまず、東西に横断する長さ8km、幅20~30mの軍用道路を北部に整備しました。ガザ地区北部にいるハマスは戦闘部隊が中心です。その部隊への補給品を枯渇させ、そこに立てこもるハマス戦闘部隊を弾切れで戦えなくするための措置です。

同時に、この軍用道路はイ軍が南部へ戦力を移動させる際の後方支援に使います。そして、イ軍はシファ病院のようなやり方で主要都市を包囲。東西北部からの攻撃で包囲環を閉めていき、南部を掃討します」(二見氏)

その主要都市とは、イスラエルがハマスの司令部機能があると推測するハンユニスだ。

「イ軍は最短距離でハンユニスに包囲網を作るため、東側から機甲部隊で打通します。そして包囲環を締めていけばいいわけです。

そして、その進撃路は二手に分かれ、ひとつはハンユニスの北側を地中海まで打通し、再び南北を分断します。ハンユニスから北へのハマスの移動を阻止します。もうひとつはハンユニスを包囲し、孤立化させます」(二見氏)

12月6日にネタニヤフ首相は、奇襲を指揮したハマス・ガザ地区責任者シンワール氏の自宅を包囲し、「見つけるのは時間の問題だ」と発言した。この8日間の休戦中にイ軍は何をしていたのだろうか。

「解放された人質から情報を聞き取り、降伏したハマス戦闘員を徹底的に尋問したはずです。補給や指揮統制の有無はもちろん、降伏者が出るのは組織的抵抗ができているのか、瓦解したのかを見極めます。組織的抵抗が無くなってしまえば崩れるのは早いですから。

同時に、南部の地下トンネルの情報を徹底的に入手したのでしょう。そして、特殊部隊は人質の位置が判明したら、その救出作戦の予行訓練を開始し、陸軍歩兵部隊は市街地戦闘の演習を繰り返していたと推定しています」(二見氏)

ガザ北部を東西に貫く軍用道路の効果はすぐに出た。

「北部のハマスは戦闘部隊中心なので、武器弾薬の補給がこの軍用道路で滞り、弾がなくなれば戦闘はできません。北部のハマス戦闘員が大量に降伏しました。

その戦闘員の体つきを見ると、身体がブヨブヨで贅肉が多い、つまり後方支援要員だったはず。そうであれば、カモシカのような精悍(せいかん)な体つきをした戦闘員はほとんど戦死したと思われます」(二見氏)

イ軍は4日、ハンユニスのパレスチナ人住民に対して、地中海沿い最南端のマワシ人道地区またはラファへの避難を通告した。マワシ人道地区とはハマスが少ない地域だ。面積8.5平方kmと東京ドーム約二個分の広さがある。

やがてイ空軍は再び、すさまじい空爆を再開。しかし、その期間は10月の空爆に比べて遥かに短かった。

「ターゲティング情報の精度が上がったので、確実に爆撃するポイントが分かっています。同時に、空中から偵察ドローンでずっと監視する形もとれるようになりました。だから、トンネルの出入り口がどこにあるかも詳細に分かって、空爆期間が短く済んだのでしょう。

さらに、爆撃現場が混乱している隙に地上軍を入れると効率がいいと、北部の戦闘でイ軍は学びました。米軍はイスラエルに対して作戦開始までに200回にわたって物量を空輸しています。そして何回もシミュレーションしています」(二見氏)

8日、イ軍特殊部隊が人質救出に失敗し、イ軍兵士ふたりが負傷。人質のイ軍兵士ひとりがハマスに殺された。

「イ軍特殊部隊の人質救出作戦は続行されます。それは大義名分であると同時に、国際世論に対するキーポイントになるからです」(二見氏)

10日の発表ではイ軍は戦死者426人、戦傷者1593人を出している。そして地上侵攻開始から105人が戦死した(12日発表)。そのうちの20人は味方の誤射が原因。これはすさまじい近接戦闘をしている証だ。

「イ軍歩兵の損害は甚大です。『人質全員を安全に連れて帰れ』と言われたら、とても難しい作戦となります。イ軍特殊部隊には、『損害はできる限り抑え、できる範囲の救出作戦を行なえ』という命令が下されていると思います」(二見氏)

ハマスはイ軍空爆で、137人いた人質のうち20人が死んだと伝えた。再び、北部と同じようなすさまじい市街地戦闘になるのだろうか。

「イスラエルは『ハマスが二度と出て来られないようにする』という決意と、イ軍兵士の『自分たちの国家を守る』という強固な意志で戦っています。南部はハマスの指揮中枢と武器工場などの後方兵站基地ですから、強い戦闘員の部隊は少ないと見ています。だから、北部より南部の方が崩れるのは早いです。

ハンユニスの市街地戦闘には、本当によく訓練されたイ軍歩兵が投入されています。ハマスの組織的抵抗が瓦解し始めているならば、局地的な立て籠もり方をします。これを見つけて銃弾で倒すか、倒せなかったら、そこに携帯ロケット砲か戦車砲をぶち込むか、空爆で建物毎、吹き飛ばします。

こういった戦い方でイ軍は兵士の損耗を防いでいます。南部のハマスはやはり、そんなに強くないですね。そのため、イ軍は短期決戦でできる限り戦闘期間を延ばさないようにやっています」(二見氏)

そうすると、包囲の輪を縮めて一網打尽にするのだろうか?

「いいえ、ガザ地区南端とエジプトは計1000本を超えるトンネルで繋がっています。そこからハマスがエジプトに逃げ出すのはやむなしとします。戦闘員以外の支援要員、陣地を作る労働者たちは皆、エジプト側に逃げます。近代戦は1名の戦闘員を最低3名ぐらいで支えています。だから、四分の三は逃げます」(二見氏)

イ軍が南部ではハマスを皆殺しにすると戦闘が多発し、市民の犠牲者が増える。なので、ハマスに投降を呼びかけ、同時にトンネルを使ってのエジプトへの脱出は見て見ぬふりをしているというのだ。イ軍なりの人道的配慮だ。

「ハンユニス北側の東西に打通する回廊ができれば、北部のイ軍機甲部隊が地中海沿いの浜辺を南下し、ハンユニスを目指します。だから、最南端の場所では圧力をかけずに北と東から攻撃し、ハマスが投降するか、地下トンネルからエジプトに逃げるように仕向けます」(二見氏)

"ところてん"のようにハマスをエジプトへ押し出すような作戦だ。

「ハンユニスの包囲が完遂すれば、あそこまで深さのあるトンネルとその施設は露出した土ではなく、コンクリートを使用して強度を出さないと生き埋めになります。よって、仕上げは海水をどんどんと入れていけばいいのです。そして、最南端のラファに部隊を進めます。その時期はおそらく1月下旬。それまでは空爆と地上戦闘をやります。

当然その前に、米国から供与された100発のバンカーバスターを使用して、エジプトのガザ地区にある1000本のトンネルを潰します。仕上げは、ガザ地区内にあるエジプトへのトンネルの入り口に海水から爆薬まで入れて、二度と使用できないようにします」(二見氏)

ガザ地区から地下トンネル経由の出入り口はなくなる。

「その後は第二段階の作戦です。ハマスがいなくなったガザ地区内を武装解除しながら、安全地帯を作っていきます。もちろんその外側は金網で、イスラエル側に侵入できないようにします。その平定に半年はかかるでしょう。ゆっくりと時間をかけて治安維持を行ない、ガザ地区内で武器の携行を禁止し、非武装地帯にします」(二見氏)

戦闘は地上の全てを潰し、地下トンネルも潰す。ハマスはしぶとい(写真:AFP=時事) 戦闘は地上の全てを潰し、地下トンネルも潰す。ハマスはしぶとい(写真:AFP=時事)
地区内に残ったハマス戦闘員は自爆テロを必ずやるのでは?

「その場合、日本ではあまり知られていませんが、爆薬探知犬を入れて爆薬を摘発します。その軍用犬はすごい能力を持っています。機械での探査を併せて行なえば、誰がどこに爆発物をもっているかはすぐにわかります。

平和な暮らしが出来る場所を設定している中で、ハマスの自爆テロでの妨害を、多くのパレスチナ市民が望むのかどうかという問題が出てきます。だから、テロは散発しますが、引きずり込まれないようにしなければなりません。

そして、ハンユニスの北側にも東西に軍用道路を造り、検問所を設営。北部では国連主導で水道・ガス・電気が完備された居住地を作ります。そこに、ハンユニスの北側検問所と、ガザ北検問所の二カ所で住民をチェックし、ハマスではない住民をどんどんと北に移動させます。北に行けばきちんと生活ができるという情報を伝え、ハマスを徹底的に排除します。ガザ地区の完璧な非武装化を進めるためです」(二見氏)

■パレスチナ人の犠牲者数の推算を試みる

12月11日現在、パレスチナ人1万8000人が死亡している。イ軍が一カ月対ハマス戦闘を遂行すれば、月9000人のパレスチナ人が犠牲となる。仮に一月下旬まで戦闘をすれば、戦闘期間は約二カ月、18000人のパレスチナ人が犠牲となり合計の死者は3万6000人を超える。

イスラエル国家安全保障顧問は、9日までに7000人以上のハマス戦闘員を殺害したと発言した。ハマス戦闘員は10月7日時点で総兵力3万人。イ軍は殲滅すると言っているので、残り2万3000人を殺害する決意だ。

一方でAFP通信によると、ハマス戦闘員ひとり殺すのに民間人がふたり死んでいる。この比率に関してイ軍報道官は「非常に良い比率だ」と述べている。すると、残り2万3000人を殺すのに4万6000人の市民が巻き添えで死んでしまうことになる。ハマス戦闘員が投降、または地下トンネルを使って逃亡すれば、この犠牲者の数は激減する。国連の言う『人道目的の即時停戦』が実現すれば、この犠牲者の数は激減するはずだ。

8日の国連安全保障理事会で15理事国のうち英国は棄権、13カ国が『人道的な即時停戦』に賛成した。ただし、米国が拒否権を行使し、イスラエルのネタニヤフ首相は「米国のとった正しい姿勢を大いに評価する」との声明を出した。

12日の国連総会では『人道目的の即時停戦』が賛成多数で採決された。しかし、この決議はあくまでも勧告で、法的拘束力は持たない。犠牲者は今も双方で増え続けている。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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