ドローン運用の訓練をするウクライナ兵。偵察のみならず爆撃、特攻自爆などさまざまな用途に無人機が投入されているドローン運用の訓練をするウクライナ兵。偵察のみならず爆撃、特攻自爆などさまざまな用途に無人機が投入されている

戦術は常に戦場で進化する。昨年2月以来、ウクライナの戦場では無人機が重要な役割を担い、また両軍がさまざまな使い方を模索してきた。現在確認されている最新戦術と、その先に見えてきた"次の一手"を、専門家の分析で探ってみよう。

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■ドローン戦術の進化で戦闘の枠組みが変化

昨年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まってから1年10ヵ月。各戦場で大小さまざまな無人航空機が使われ、その戦術も進化を続けている。本記事では低高度を飛ぶ小型無人機を「ドローン」、中型機・大型機を「無人機」と呼んで区別することにする。

まず注目されたのは、序盤戦でウクライナ軍(以下、ウ軍)が見せた戦術。ロシア軍(以下、露軍)戦車部隊の位置情報を偵察ドローンからスターリンク経由で歩兵に送り、待ち伏せして「ジャベリン」などの対戦車ミサイルを撃ち込む作戦がハマったことで、首都キーウに迫っていた露軍は大幅な後退を余儀なくされた。

ウ軍はさらに、撤退する露軍部隊をドローンで追跡し、「155㎜ M777榴弾砲」を叩き込んで大打撃を与えた。

しかしその後は露軍もドローンの使用を活発化させ、自爆型無人機による都市攻撃、インフラ攻撃も続いている。

そして今、ウ軍がドニプロ川を渡河(とか)して露軍占領地域を奪還しようとしている南部へルソンの前線では、ドローンを巡る「電子戦」が激化している。『Forbes JAPAN』の11月27日配信記事「ロシア軍、ドローン電波妨害装置を車両に取り付け ウクライナから学ぶ」から一部を引用する。

〈ウクライナ軍は、ロシア軍のジャマー(電波妨害装置)を標的にしながらポータブルのジャマーを設置し、渡河作戦の目標地点であるクリンキ集落の上空にロシア軍のドローン(無人機)が安全に飛べないゾーンを作り、部分的な制空権を確立した〉

周囲360度を広くカバーできる車載型の電波探知機能付き妨害装置(UAE企業製)。クルマのエンジンで発電機を回すことで大量の電力使用が可能。妨害電波の範囲は3㎞程度が主流だ周囲360度を広くカバーできる車載型の電波探知機能付き妨害装置(UAE企業製)。クルマのエンジンで発電機を回すことで大量の電力使用が可能。妨害電波の範囲は3㎞程度が主流だ

これはつまり、ドローンが飛行する高度域での「局地的低空・低速航空優勢」を獲得したということだ。元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見 龍氏(元陸将補)はこう語る。

「ドローンが歩兵や小隊に1㎞から最大数十㎞の広域戦闘能力を持たせたことで、戦闘の枠組みが変わりました。ジャミング(電波妨害)戦に打ち勝ち、自軍のドローンを飛ばし、偵察、爆撃、自爆の能力を発揮できた側が勝つ可能性が大きくなっています」

以下、ウ軍の渡河作戦の内容を、専門家の知見を基に推測してみよう。

電波による探知を阻害するステルス形状を備えた大型無人機(UAE企業製)。このサイズになるとかなりの高高度を飛行し、航続距離も長いため、戦域レベルではなく「戦略的」な運用も可能になる電波による探知を阻害するステルス形状を備えた大型無人機(UAE企業製)。このサイズになるとかなりの高高度を飛行し、航続距離も長いため、戦域レベルではなく「戦略的」な運用も可能になる

①敵の電波周波数を特定

深夜1時、ドニプロ川右岸でバックパック型の電子装置を背負ったウ軍電子戦特殊部隊「Aチーム」の隊員たちが匍匐(ほふく)前進を開始。

「これは敵のドローンが利用する電波を探知する装置です。バックパック型は8つの周波数帯をスキャンして探知するものが主流で、探知距離は2㎞前後。サイズの小さなハンディ型は3~4の周波数帯を探知します」(フォトジャーナリスト・柿谷哲也氏)

探知兵を敵ドローンの攻撃から守るのは、妨害電波を発射する対ドローン電子銃を持った狙撃兵数人。射程は2㎞ほどで、重さ1㎏程度のハンディ型と、6~10㎏程度のライフル型がある。

歩兵が背負うバックパック型の電波探知装置(中国企業製)。2~3㎞圏内にわたり複数の周波数帯の電波をスキャンし、敵ドローンの周波数を特定する歩兵が背負うバックパック型の電波探知装置(中国企業製)。2~3㎞圏内にわたり複数の周波数帯の電波をスキャンし、敵ドローンの周波数を特定する

②敵の電子戦装置を破壊

周囲に露軍ドローンがいないことが確認されると、「Bチーム」の面々が、重さ30㎏ほどのペリカンケースを背負って河岸近くに隠れた。

次の瞬間、露軍占領下の左岸から爆発音が響く。NATO(北大西洋条約機構)からの提供情報に基づき、露軍の電波妨害装置を搭載した大型車両群を、右岸に配備されたウ軍のM777榴弾砲や「ハイマース」が破壊したのだ。

③ジャミング網の確立

Bチームの隊員数人が耐衝撃ハードケースを開け、電源を入れる。対ドローン用電波妨害装置だ。

「この装置は、ドローンの航法や制御などに使用される電波を発している携帯電話やWi-Fi機器、アンテナなどの方位や位置を特定。その電波に、強い出力で妨害電波をかぶせるわけです」(柿谷氏)

ウ軍のジャミング網が完成し、イギリスで訓練を受けた渡河専門部隊がゴムボートで左岸へ上陸。すぐにドローン探知とジャミングを開始し、周囲の安全を確保すると、いよいよ各種ドローンを運用する電子戦特殊部隊「Cチーム」も左岸への渡河を完了させる。

据え置き型の電波探知機能付き妨害装置(ウクライナ企業製)。敵ドローンの制御・航法に使われている電波を探知し、強力な妨害電波をかぶせる据え置き型の電波探知機能付き妨害装置(ウクライナ企業製)。敵ドローンの制御・航法に使われている電波を探知し、強力な妨害電波をかぶせる

④自爆ドローン攻撃

Cチームは森の中に設置した発着場から偵察ドローンを飛ばし、露軍の戦車や装甲車両を発見。そこに自爆ドローンを投入して破壊する。

異変を察知した露軍は、GPS信号などを使って目標に突っ込む自律型ドローンを飛ばし、左岸に上陸したウ軍部隊への攻撃を試みる。

こうした自律型ドローンには電波妨害が効かないため、右岸に展開するウ軍の地対空レーダーが目を光らせて探知。侵入方向や高度、位置を通知された左岸の上陸部隊が、電子補正式光学照準器付きの小銃で撃墜する。

妨害電波を発射するハンディ型の対ドローン電子銃(オーストラリア企業製)。電波射程は2㎞程度妨害電波を発射するハンディ型の対ドローン電子銃(オーストラリア企業製)。電波射程は2㎞程度

据え置き型の電波妨害装置。指向性のハンディ型と違って扇状(45~120度)に広く妨害電波を出し続ける。複数並べれば全周カバーも可能だ据え置き型の電波妨害装置。指向性のハンディ型と違って扇状(45~120度)に広く妨害電波を出し続ける。複数並べれば全周カバーも可能だ

⑤大規模電子戦の準備

ただし、長時間にわたり渡河部隊の安全を確保するには、より大きなドーム状の電波遮断エリアを構築する必要がある。その役を担う大型装置と大量の発電機を積んだウ軍の水陸両用戦闘車が、次々と左岸へ到着した。

「大電力が確保できれば、できることは飛躍的に増えます。例えば、車載型や据え置き型の大型ジャミング装置は半径10㎞ほどの全方位を広域帯で探知できる。また、相手の航法情報に欺瞞情報を送るスプーフィング装置を使えば、一定の範囲にいる無人機を乗っ取ったり、安全地帯に墜落させることができます。

さらに、欺瞞用のGPS信号を送るナビゲーション欺瞞装置は、電波妨害が効かない自律型ドローンに対しても有効です」(柿谷氏)

こうして、ウ軍上陸地点の橋頭堡(きょうとうほ)は〝電子戦要塞〟となり、露軍のドローンを無力化しながら戦いを進めたのではないかと考えられる。

■自爆型ステルス無人機がロシアの〝戦略兵器〟に

こうした戦術の進化を受け、各国の無人機メーカーはさまざまな新機器を開発している。世界各地で無人機の展示会を取材している前出の柿谷氏はこう語る。

「各メーカーは対ジャミング性能の強化を急いでいます。ソフトウエアのアップデートで対応する場合もあれば、欺瞞用信号を遮蔽(しゃへい)したり、ジャミングを受けていることをオペレーターに知らせたりできる装置をドローンに搭載するケースもあります。

また、民生型ドローンでもGPS、GLONASS、ガリレオなど異なる複数の衛星測位システムを使える進化型が登場しています。この分野では、世界シェアトップの中国・DJI社が最強です。

さらに、別の中国企業が開発中の攻撃型無人機の展示模型には、有人戦闘機にも使われている強力な電子戦用ポッドが搭載されていました」

では、ウクライナの戦場における無人兵器の運用は来年以降、どうなっていくのか。元航空自衛隊302飛行隊隊長の杉山政樹氏(元空将補)はこう予測する。

「小型のドローンに限っていえば、分隊、小隊レベルの戦闘におけるドローンの操縦手の数、使い方など、いずれも引き続きウクライナ軍のほうが数段上であることは間違いありません。

ただし、より大規模な部隊の渡河作戦のような局面では、大型無人機を投入した〝戦略的〟な運用になる。ここでは総合力でロシアに分があるでしょう」

レーダー探知を防ぐ炭素素材を使用し、ステルス形状を備えたクアッドコプター型爆撃ドローン。機体下部に投下用の爆弾を搭載しているレーダー探知を防ぐ炭素素材を使用し、ステルス形状を備えたクアッドコプター型爆撃ドローン。機体下部に投下用の爆弾を搭載している

首都キーウの上空でロシア軍の自爆型無人機に迎撃ミサイルが命中した瞬間の写真。もし無人機がステルス性能を備えていれば、迎撃は難しい首都キーウの上空でロシア軍の自爆型無人機に迎撃ミサイルが命中した瞬間の写真。もし無人機がステルス性能を備えていれば、迎撃は難しい

また、ロシアは自爆型無人機による都市攻撃やインフラ攻撃を繰り返している。そして最近は、レーダー電波を遮断する炭素素材を使用し、機体を黒く塗装して、迎撃ミサイルによる撃墜を難しくするための〝ステルス化〟を進めているようだ。

「ロシアとイランが北朝鮮に原材料を提供すれば、いくら落とされても痛くない相当安価な自爆型無人機を大量生産できる。

最も怖いのは、今年10月7日にハマスが5000発のロケット弾でイスラエルの防空網を打ち破った〝飽和攻撃〟戦術と、自爆型ステルス無人機のハイブリッド作戦です。つまり、安価な数千機の中に100機単位のロシア製自爆型ステルス機を交ぜ、一気に攻撃を行なうわけです。

こうなると、ウクライナ側は一部を迎撃できず、確実にダメージを受ける。しかも、安価な自爆機の迎撃にも、1発数億円のミサイルを使用しなければならない。費用対効果の面でも、ウクライナの首をじわじわ絞めるような攻撃になります」(杉山氏)

1年前も、冬に入るとロシアは都市攻撃・インフラ攻撃を本格化させた。この冬、ウクライナに正念場が訪れるのか――。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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