ライブハウスの舞台下で、ハッピ姿にハチマキをした男性たちが、サイリウムを振りながらそう絶叫していたのは、広東省広州市で行われたとある地下アイドルのイベントでのこと。地雷系の衣装を着た舞台上の少女たちは、笑顔でそれに応える――。
中国では今、日本発の地下アイドル文化が急速に興隆しており、こうしたイベントが各地で無数に行われている。しかし、そこには中国特有の「暗雲」も垂れ込めてきているようだ。中国人ジャーナリストの周来友氏が解説する。
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この10年ほど、中国ではアイドル産業が急速に成長しています。2013年に結成された男性3人グループの「TFBOYS」は徐々に知名度を広げ、現在ではSNSのフォロワー数が、リーダーの王俊凱(ワン・ジュンカイ)が約8300万人、メンバーの易烊千璽(イー・ヤンチェンシー)が9000万人、同じくメンバーの王源(ワン・ユエン)が8500万人と、グループ全体で約2億6000万人を記録しています。
また、同時期に上海を拠点に結成されたSNH48(AKB48の姉妹グループ、現在は独立)も、現在に至るまで中国アイドルシーンのトップを牽引し、人気メンバーのフォロワー数は700万人を超えています。
彼らのようなトップスターたちが活躍する一方で、アイドル業界は裾野も広がりつつあります。ここ数年、冒頭のような「地偶」と呼ばれる地下アイドルの活動が活発化しているのです。
ある中国メディアは今年を「地下アイドル元年」と形容しました。中国国内で継続的に活動する地下アイドルのグループ数がここ1年で倍増し、全土で約100グループほどになったというのがその理由です。しかし、日本同様、結成や解散が頻繁に行われるために、その具体的なグループ数を把握するのは困難です。知名度の低い地下アイドルを含めれば、個人的には1000以上のグループが存在しているのではないかと思います。
ただ現在のところ、中国の地下アイドル文化の中身は、ほぼ日本からの直輸入だといって差し支えないでしょう。
彼女たちが歌う楽曲のなかには、日本の歌が日本語のままカバーされているものも少なくありません。さらに舞台衣装も、日本のアニメから影響を受けたコスプレ風が定番です。また冒頭のように、アイドルに発せられるコールは日本語であることも多いですし、熱狂的ファンが行ういわゆる「オタ芸」も、日本のものが完全コピーされたものが行われています。
さらに安い入場料でファンを動員し、チェキ撮影や握手会などのオプションで利益を上げるというビジネスモデルも、日本を真似たものです。入場料は、人気グループの場合を除き数200円~500円ほど。写真撮影はサイン入りで1600円~2000円程度、握手券は10秒で600円前後というのが相場のようです。もちろん日本同様、"推し活"として毎月10万円以上を費やす熱烈なファンもいます。
ただ、そんな中国の地下アイドルブームに水を差すような事態が起きています。それが今年、中国政府が公表した治安管理処罰法の改正案です。
地下アイドルと治安は、およそ結びつかないものに思えます。ところが問題は、改正案の中に「中華民族の感情を損なう服装や言論の禁止」という抽象的な内容も盛り込まれていることです。
この改正案はまだ可決されたわけではありません。しかし、改正案が公表されて以来、中央政府に忖度する各地の治安当局が、日本の着物や浴衣を着ていた若者を摘発するという事例が続発しています。南京市では、日本の人気アニメ『東京リベンジャーズ』のコスプレをしていた若者が通報される事態も起きました。今のように日本を模倣したままでは、地下アイドル活動も摘発の対象になる恐れが出てきています。
また、地下アイドル文化に否定的な世論も少なくありません。ネット掲示板などでも、中国ではアイドル崇拝や推し活は、「日本から侵入した悪しき文化だ」という主張も散見されます。そしてメディアのなかにも、「若者の思想形成に悪影響を与え、愛国心に悪影響をもたらす」とする論説が掲載されたことも少なくありません。
当局や世論から槍玉に挙げられるなか、脱日本を目指す動きも活発になりつつあります。地下アイドルのレパートリーには、中国語によるオリジナル曲が増えています。曲調もJ-POPのコピーではなく、中華ポップスに近いものも少なくありません。また、日本のアイドルグループというよりは、韓国アイドルのようなキレのあるダンスでファンを魅了している地下アイドルも増えています。法律や世論の荒波に揉まれることで、今後、中国独自の地下アイドル文化が醸成されていくのかもしれません。