中国が"統一"への野心を隠さない中で、今月13日の台湾総統選に注目が集まっている。この選挙の行方は? 日本の安全保障にも大きく影響する「台湾有事」の危険性はどう変動する? ルポライター・安田峰俊氏がじっくり解説する。
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■三つどもえの戦い
今月13日に投開票が行なわれる台湾総統選(大統領選)は、現与党・民主進歩党の頼清徳候補が最有力候補だ。頼清徳は医師出身。民進党揺籃の地である台南の市長を2期務めてから、蔡英文政権下で行政院長(首相に相当)や副総統を務めた人物で、若い時期から党内で次期リーダー候補と目されてきたエースだ。
もっとも、彼の優位は盤石ではない。昨年12月中旬時点では、頼清徳は野党・中国国民党の候補者である侯友宜にやや先行していたが、両候補の支持率はいずれも30%台。投票日直前にスキャンダルが出るなどすれば、形勢がひっくり返ってもおかしくない。
理由はいくつもある。
実のところ、現在の蔡英文政権は日本でのイメージほどは、台湾では人気が高くない。蔡政権下における対中関係の緊張は経済に直撃しており、2023年の台湾のGDP成長率は2%割れの可能性が濃厚。失業率は3.43%で日本を上回り、若者の就職難も深刻だ。
もちろん、中国と距離を置くことは、国防上は重要だ。とはいえ、蔡英文政権の悩みは代替する経済浮揚策を準備できていないことにある。
蔡英文総統のメディア嫌いは有名で「説明する政治」とは程遠い。また、かつては泥くさい草の根政党だった民進党は、今やジェンダーやLGBT問題の重視を強調する都市型リベラルのエリート政党に変わっており、一般庶民からは鼻持ちならないイメージも抱かれている。
民進党は外交の面では、対米・対日関係が良好で、中国に距離を置く面でも安心感があるが、国民は外交だけでは政治家を選ばない(日本と比べると、総統選で対中関係が重視される傾向は強いが)。
加えて台湾では、ある政党の総統が2期8年の任期を全うすると、次の選挙では無党派層がバランスを取るために野党に投票しがちになる特徴もある。
頼清徳は豊富な行政経験と甘いマスクが売りだが、新鮮味はない。蔡英文とは異なり社交的なタイプとはいえ、当選すれば現在の社会問題の解決は先送りされ、台湾は良くも悪くも変わらない可能性が高い。支持率がイマイチなのはそうした理由も大きい。
ただ、だからといって野党が魅力的なわけでもない。
近年、国民党が苦しんでいるのが人材不足だ。16年の総統候補だった朱立倫や、女性の洪秀柱など有名な政治家たちの世代交代が進まず、民進党の頼清徳以上に新鮮味がない(日本でいえば、朱立倫らは旧民主党の大物議員とイメージが近い)。
そこで国民党は、20年の総統選では韓国瑜・元高雄市長、今回は前新北市長の侯友宜......と、直近の地方首長選挙で勝利したフレッシュな人物を総統候補に据えてきた。だが、任期中に市長職を投げ出させる選挙戦略の乱発に対して、市民の批判は根強い。
今回立候補した侯友宜は台湾出身の本省人で、中国大陸にルーツを持つ国民党内の外省系エリート層からの支持はイマイチ。そこで副総統候補に親中派のベテラン政治家である趙少康を選んだが、彼は無党派層のウケが悪い。しかも、正副総統候補が共に男性なのも、ジェンダー意識が高い台湾では大きなマイナスだ。
他方、第三勢力の総統候補が柯文哲・前台北市長である。彼が率いる台湾民衆党は、既存の二大政党にうんざりした無党派層や若者に人気だが、党としての芯がわかりにくく、柯文哲のほかに目立つ人物も少ない。橋下徹氏が代表だった時期の日本維新の会とやや近い、ポピュリズム的なにおいのある政党だ。
国民党や民衆党は、それぞれ蔡英文政権への批判や対中関係の改善が看板であり、無党派層の支持者を食い合っていたのが悩みどころだった。
そこで昨年11月15日、国民党の馬英九前総統の仲介で両党候補の一本化が図られるサプライズが起きた。結果、一時は頼清徳を圧倒するかとも思われたのだが――。
結局、カラーが違いすぎる両党の提携は10日も経ずに崩壊。さらに、出馬に意欲を見せていたホンハイ(シャープの親会社)創業者の郭台銘も立候補を取りやめたことで、結局は頼清徳・侯友宜・柯文哲の三つどもえの選挙戦になった。
候補者一本化のフィクサーになりかけた馬英九は、親中国共産党的とみられることが多く、今回の件の直前に側近が訪中していた。柯文哲本人が明らかにしたところでは、国民党との候補者一本化が浮上して以降、アメリカ側から中国の介入の有無を問い合わせる電話もあったとされる。
■中台関係はどうなる?
近年、日本で話題になる「台湾有事」だが、現実になる可能性は低い。総統選の結果は、中台関係にどんな影響を与えるのだろうか。候補者らのうちで当選後のリスクがそれでも比較的高いのは頼清徳だ。中国共産党は民進党を明確に敵視しており、頼清徳政権下では非友好的な関係が続く。
一方、侯友宜や柯文哲が当選した場合、中国は緩やかな取り込み作戦を選ぶだろう。武力を用いた「有事」は遠ざかるが、日本にとっては不安定要素が多い状況になる。
ただし、台湾と中国の関係は総統選だけでは決まらない。今年はアメリカ大統領選のほか、韓国、インド、ロシアなど、主要国で軒並み選挙が行なわれる「選挙イヤー」だ。
加えて、パレスチナのガザ紛争が長期化すれば、アメリカの目が東アジアから中東に向き、現在の西側諸国の中国包囲戦略が大きく転換される可能性も十分にある。
国際社会の台湾への注目度が下がれば、頼清徳が総統となった場合はハシゴを外されて孤立する。侯友宜が総統なら中国との接近が大きく進む。
いずれにせよ、台湾の前途は波乱含みだ。