昨年の11月26日、ドニエプル川西岸で2機のウクライナ空軍スホーイ27が、露軍地対空ミサイルで撃墜された(写真:ウクライナ国防省)昨年の11月26日、ドニエプル川西岸で2機のウクライナ空軍スホーイ27が、露軍地対空ミサイルで撃墜された(写真:ウクライナ国防省)
2024年のウクライナ戦争の展開はいったいどうなるのか? 航空自衛隊那覇基地でF4ファントムに搭乗し、302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏に、空戦の視座から語っていただいた。杉山氏は、当連載コラムをまとめた書籍『軍事のプロが見たウクライナ戦争』にも登場したプロのひとりだ。

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――11月26日、露国防省がウクライナ空軍(以下、ウ空軍)の3機の戦闘機を地対空ミサイルで撃墜したと発表しました。ドニエプル川西岸上空でスホーイ27戦闘機を2機、東部ドニエプロペトロフスク州の上空でミグ29戦闘機1機が、 地対空ミサイルで撃墜されました。このウ空軍をどう見ますか?

杉山 最前線でウ空軍の動きがある程度、掌握されつつあるということですね。露軍がものすごい制空権を獲得できるような防空網を張った、というよりも、不意な遭遇的に前線のところで、露軍の地対空ミサイルにやられた可能性が高い。そうなると、ウ空軍側のパイロットが注意力散漫だったのかもしれません。今まで十分に注意していたところをしていなかった。

ということは、ウ空軍にはベテランパイロットと言うか、経験の深い連中がいなくなったと読み取れます。実際に今、ウ空軍の脂の乗った兵士たちはみな、F16の訓練に行っています。なので、残っているのはロートルと本当にまだヒヨっ子たちだけ。彼らが飛んで、注意力散漫で落とされた。そう見ると良いんじゃないですか。

――ウ空軍のレベルが......

杉山 確実に落ちています。

昨年11月26日、東部でウクライナ空軍ミグ29戦闘機が1機、露軍地対空ミサイルにより撃墜された。杉山氏は、「注意力散漫で落とされた、ウ空軍のレベルは確実に落ちている」と語る。そして、今のウ空軍には露軍地対空ミサイル網を爆撃で黙らす事は不可能だ(写真:ウクライナ国防省)昨年11月26日、東部でウクライナ空軍ミグ29戦闘機が1機、露軍地対空ミサイルにより撃墜された。杉山氏は、「注意力散漫で落とされた、ウ空軍のレベルは確実に落ちている」と語る。そして、今のウ空軍には露軍地対空ミサイル網を爆撃で黙らす事は不可能だ(写真:ウクライナ国防省)
――その一方で、地上軍は健闘しています。12月22日、パトリオット地対空ミサイルで、スホーイ34戦闘爆撃機を3機撃墜しました。

杉山 首都キーウ辺りにしかないパトリオットを、ゲリラ的にオデッサ辺りに持ってきていた。そこに、「そんなシステムはない」とタカをくくっていた露空軍が舐めて出て来た。そこをピンポイントで待ち伏せ攻撃したのでは、と推測しています。

――両軍とも地対空ミサイルが活躍している。

杉山 いずれにせよ、今のウ空軍には露空軍のスホーイ30、スホーイ35を空戦で落とす力はありません。

昨年の12月22日正午、ウクライナ軍はパトリオット地対空ミサイルで、露空軍スホーイ34戦闘爆撃機を3機撃墜した。スホーイ34はドニエプル川東岸のウ軍橋頭堡に対して、滑空爆弾投下が任務。これ以降、爆撃は減ったとの報道がある(写真:ウクライナ国防省)昨年の12月22日正午、ウクライナ軍はパトリオット地対空ミサイルで、露空軍スホーイ34戦闘爆撃機を3機撃墜した。スホーイ34はドニエプル川東岸のウ軍橋頭堡に対して、滑空爆弾投下が任務。これ以降、爆撃は減ったとの報道がある(写真:ウクライナ国防省)いま、全ての戦線で露空軍が航空優勢を勝ち取っている。低空からは露空軍スホーイ25が、ウクライナ地上軍に対して対地攻撃を繰り返す(写真:柿谷哲也)いま、全ての戦線で露空軍が航空優勢を勝ち取っている。低空からは露空軍スホーイ25が、ウクライナ地上軍に対して対地攻撃を繰り返す(写真:柿谷哲也)
――以前、露海軍のクリミア半島セバストポリにある司令部に、ウ空軍はスホーイ24に空中発射巡航ミサイル・ストームシャドウを搭載して、見事に司令部を破壊しました。そんな"スホーイ無双"できるパイロットがもういないのですか?

杉山 少ないということです。そして今のままであれば、カードが少な過ぎるのでウクライナは勝てないと思います。戦術局面ではある程度の成果を出せるけど、戦略的に決定的な打撃を与えるとか、露軍戦力の大部分を撃破するレベルは無理です。

■F16がウクライナに来れば......

――昨年8月下旬の報道によると、オランダとデンマークから計61機のF16のウクライナへの引き渡しが決まったとのことでした。そして12月23日には、オランダが最初に供与するF16、18機の引き渡し準備が開始されたと報道されています。露軍相手に大逆転となりませんか?

杉山 そのF16を小出しにして、ポイントだけで勝つ形ではなく、どこかに一転集中させれば露軍に対して全面的に勝てます。

F16の供与総数の機数は100機を越えているため、F16の大編隊を作れます。そして、今までウ空軍は精密誘導兵器・AGM88などを改修してミグ29からiPadを使って撃っていました。それがF16から撃てる。つまり、AGM88などの性能を100%生かせます。

そうなれば、ウクライナ南部の露軍防空網は完全に沈黙させられます。そして、F16の大戦力で対地攻撃は完全になるので、ドニエプル川を渡河する作戦もできるようになります。なので、一気に南に攻め込む事は可能でしょうね。

露空軍スホーイ35戦闘機に対して、ウ空軍戦闘機は空戦で撃墜する事は不可能(写真:柿谷哲也)露空軍スホーイ35戦闘機に対して、ウ空軍戦闘機は空戦で撃墜する事は不可能(写真:柿谷哲也)
――そして、クリミア半島を奪還し、一気にウクライナ南部のアゾフ海北側の露軍を駆逐。さらに、クリミア大橋を完全破壊!! ウクライナの勝利!!と。

杉山 そう行きたいですが、そこには大きな壁がありますね。組織戦闘力として戦わないといけない空軍戦力は、最大規模のエネルギーを注入しないと戦果は出ません。それがウ軍に出来るかクエスチョンです。

ひとつでも欠ければできません。そして、その一番大きな要素のひとつは、欧米の支援の度合いです。ロシアに対して、どこまでウクライナに勝たせるべきか、というポイントにあると思います。

――米国は、ウクライナの対ロシア全面勝利は望んでない......。

杉山 かもしれません。欧米はF16に関して、ウチに古いのが数機、あちらさんにも10数機、と作戦正面を見て、全面的な航空作戦を広げる形で全く査定してないですからね。

――確かに。

杉山 だから、F16はゲームチェンジャーにはならないため、手詰まりとなります。

待たれるのはNATO諸国から供与されるF16。いま、ウ空軍パイロットは、隣国ルーマニアなどで訓練中。12月23日の報道では、オランダが最初に供与するF16、18機の引き渡しの準備を始めたようだ(写真:柿谷哲也)待たれるのはNATO諸国から供与されるF16。いま、ウ空軍パイロットは、隣国ルーマニアなどで訓練中。12月23日の報道では、オランダが最初に供与するF16、18機の引き渡しの準備を始めたようだ(写真:柿谷哲也)
――F16は何になるんですか?

杉山 報道にも出ているように、F16の供与は「もうすぐ春が来る」といったニュアンスで象徴的に扱われています。しかし、その裏に隠されている空軍力としての組織力、F16を発着させる飛行場整備、機体整備施設、継戦能力維持のための予備部品、燃料、武器、ミサイル、爆弾などが必要です。そこの部分が一切、出てきていません。

――F16の戦闘機だけが来ても意味はない?

杉山 はい。第一次世界大戦の塹壕戦のような現状の戦いに、空軍力を小出しにして個別で戦っていては、戦況の進展や激変は起こりえません。

戦闘機乗りから言わせてもらうと、「あと2マイル行ったら、ターゲットに対してミサイルを撃つことができる」と言われても、その2マイル行くためにはものすごい決心がいる。怖かったら逃げます。今は「何でもいいから、死んで来い」という時代じゃないので。

■戦争の出口

――この戦争はどう終わらせればいいのですか?

杉山 今、ゼレンスキーが必死になって世界を回って「支援を続けてくれ」と支援疲れの各国に言っているように、まさにウクライナは崖っぷちの所にいます。

一方、ロシアは今、終戦を迎えるような戦い方をしていない。あえて終戦させないように、露軍はまさに大名のような戦い方をしています。

――大名の戦いとは?

杉山 あまり策を練らないで、とにかく兵士の数で倒すような戦い方です。

――露軍は今、一日1000人ずつ戦死傷者を出しても、攻撃を続けています。

杉山 勝つならばもっと真剣になると思いますが、露軍はそうしていません。ウクライナは真剣だけど、欧米露は短期決戦でやろうという気が本当にあるのか?という疑問はあります。

――出口はありますか?

杉山 どこかに落としどころがあるはずです。

朝鮮戦争が起きた際、北朝鮮軍が半島最南端まで行ったところで連合軍が反撃して、中国国境まで押し返しました。そうしたら中国軍が参戦して、半島の中間点である38度線まで押し返した。そこで休戦となって、今もその状態が続いています。

ウクライナ戦争も、どちらかの最終的な敗北がない限り、その形になるでしょうね。

ウクライナ国内では、F16のシミュレーター訓練が進んでいるが、その機材のレベルはフライトゲーム程度でしかない(画像:ウクライナ国防省ユーチューブチャンネルより)ウクライナ国内では、F16のシミュレーター訓練が進んでいるが、その機材のレベルはフライトゲーム程度でしかない(画像:ウクライナ国防省ユーチューブチャンネルより)
――露軍がもう一度、攻め返す。しかし、ウクライナ軍がそれを何とか耐えて、露軍の進撃を止める。その時、ウクライナかロシアのどちらかが、「一回、戦争を止めようか?」と言い出せば、まとまりますか?

杉山 ウクライナが言えばまとまると思います。例えば、両軍の間を中立地帯とするとか、ここからそれ以上は両軍ともに攻め込まない形の約束をする。

――非武装地帯の構築でありますね。

杉山 そうです。ただし、ゼレンスキーは自分の失脚を考えるので、その決断ができるのか?ということですね。

――全ては「帯に短し、たすきに長し」ですね。

杉山 戦争の終わり方は大体そうですよ。誰かが殺されるか、または、他の誰か腹を括(くく)った奴が止めない限り終わらない。第二次世界大戦で、欧州はヒトラーが死んだの機に終戦へと向かった。そして日本には核爆弾2発が落されて、陛下が御聖断を下しました。戦争の中で何かが終わらない限り、戦争は終らないものです。

――すると、ウクライナ戦争の最大の障害とは?

杉山 ロシアからすると、ゼレンスキー。だから、ロシアは必死にゼレンスキーを殺そうとするでしょう。

――元KGBのプーチン露大統領の得意技のひとつが「暗殺」です。

杉山 だから、それが今のキーポイントだと思います。

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明日は、元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)に、陸戦の視座から語っていただきます。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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