中国からの軍事的圧力は日増しに高まるばかり中国からの軍事的圧力は日増しに高まるばかり
2024年1月13日に行われる台湾総統選は、与党・民進党の副総統である頼清徳氏、最大野党・国民党で新北市長の侯友宜氏、中間派である民衆党で前台北市長の柯文哲候補氏の3氏で争われる。

最新の各紙世論調査では、頼氏が支持率35%程度でリードするものの、侯氏も30%程度まで追い上げており、し烈な争いが繰り広げられている。最大の争点は「中国との向き合い方」だ。民進党が対中強硬路線をとる一方で、国民党は親中的な態度を示している。

■台湾人の約5割が戦争準備

そうしたなか、興味深い調査結果が発表された。台湾の経済誌『遠見』とシンクタンク「遠見民意研究調査」が共同で行った「2023両岸(台湾と中国)和平調査」だ。それによると、「両国関係の緊張の原因」については20.6%が「与党が中国を挑発している」と答えた一方で、47.1%が「中国が台湾統一を諦めていない」ことに要因があるとし、半数近くが中国側に原因があると考えている。

「5年以内に戦争が発生する可能性があるか」という質問に対しては、9.8%が「とても可能性がある」、13.7%が「少し可能性がある」と答えている。一方で44.7%が「あまり可能性はない」、19.9%が「まったく可能性がない」と答え、6割以上が楽観的な回答をしている。

台湾で毎年行われている空襲避難訓練の解散を知らせるポスター。訓練に協力しなかったり、警察や軍の指示に従わなかった場合は、高額な罰金が課される台湾で毎年行われている空襲避難訓練の解散を知らせるポスター。訓練に協力しなかったり、警察や軍の指示に従わなかった場合は、高額な罰金が課される
ところが「戦争に対する準備をしているか」という質問に対しては、5割近くが何らかの準備をしていると答えた。最も多いのは「食料の備蓄」で23.3%。20.8%が「避難場所を探した」、9.2%が「移住を検討」、9.1%が「米ドルを多く貯蓄」、9%が「ゴールドを多く貯蓄」、5.1%が「資金を国外に移動」と答えた。戦争が起きてほしくないと思いつつも備えは必要だという、台湾人の複雑な心理が見てとれる。

台湾では今年、『戦争化の平民生存マニュアル(戰爭下的平民生存手冊)』が出版され話題となった。著者は、空軍司令部で少佐や情報参謀官を歴任した邱世卿氏。飲料や食料などの備蓄は自然災害への備えと同じだが、地下に逃げたり軍事施設から1km以上離れるといった避難方法や、敵のドローンに遭遇した時の対応方法など、戦時下ならではのアドバイスも同書には多く盛り込まれている。

■中国がTikTokを通じて選挙に介入?

調査結果に戻ると、「開戦したら自分や家族が戦場に行くことを望むか否か」という質問には、54.1%が「望まない」または「それほど望まない」と回答したが、世代によって温度差があった。60~69歳では、「望む」が44.9%で「望まない」が43.9%と、両者が拮抗しているが、20~29歳では28%が「望む」、69%が「望まない」と回答。世代が下がるにしたがって「望まない」の割合が増えているのだ。これには、中国の介入が影響しているのかもしれない。米調査会社「Graphika」がサイバー空間でその動きを確認した。

同社のレポートによると、YouTubeとTikTokで「鼓動台灣(台湾を煽る)」というアカウントが国民党を支持し、民進党を批判する動画の投稿を繰り返している。特に後者の割合が大きく、民進党の汚職や卵不足を非難する内容などを投稿。それをFacebookなどを利用して拡散させているのだ。TikTokは2022年12月、YouTubeは同年8月から投稿が開始され、Facebookでは12月4日時点で、台湾在住者を装った800以上の偽アカウントの関与が確認されたという。それらの投稿には、検索結果が上位に表示されるよう、「民進党」や「国民党」などのタグづけがされている。

まもなく投開票が行われる総統選挙では、どのような民意が示されるのかまもなく投開票が行われる総統選挙では、どのような民意が示されるのか
鼓動台灣のアカウントは、YouTubeではすでに削除されているが、中国企業が運営するTikTok上のアカウントは現在も稼働している。中国政府が直接関与しているかは定かではない。しかし台湾でも、若者を中心にTikTokのユーザーが増えている状況を鑑みると、一連の投稿が彼ら、彼女らの思考に影響を与えている可能性は否定できない。

民進党が米国との蜜月関係を築いているにもかかわらず、台湾人の対米感情はよくない。それにも中国の介入が影響している可能性がある。前出の調査結果では、「戦争が起きたら米国は出兵すると思うか」という質問に対し、23.8%が「しないかもしれない」と答え、23.8%が「絶対しない」と答え、「必ずする」(18.5%)、「するかもしれない」(23.6%)と答えた人よりも多かった。

また、「米国は本気で台湾を守りたいのか、それとも中国を押さえつけるために利用しているだけなのか」という質問に対しては、67.5%もの人が「台湾を利用しているだけ」と答えている。「台湾を守りたい」と答えたのは15.6%だけで、米国への信頼の低さが浮き彫りになっている。

選挙が近づくにつれて、中国の関与がますます強まる可能性もある。若者の票が結果を左右するとも言われる総統選で、果たして民進党は勝ち抜くことができるのか。それが明らかになる日は、刻一刻と近づいている。

大橋史彦

大橋史彦

1977年生まれ。法政大学卒業後、編集プロダクションに勤務。2006年に中国に渡り、上海などで日本人向けフリーペーパーの編集に携わる。16年に帰国後は、ウェブメディアやビジネス誌での執筆、週刊誌での編集・執筆を行なっている

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