米から供与された155mmM777榴弾砲は2022年、見事に露軍を撃退した。しかし今年、2024年のウクライナ陸軍は極度の砲弾不足に陥っている。100万発来るはずが、30万発しかきてないためだ(写真:ウクライナ国防省)
2024年のウクライナ戦争は一体どうなるのか? 当連載コラムをまとめた書籍『軍事のプロが見たウクライナ戦争』に登場したプロのひとり、元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)に、「陸戦」の視座から語って頂いた。
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――陸戦の戦略眼から、現在のウクライナ戦争をどう見ていますか?
二見 ウクライナ軍(以下、ウ軍)が防戦に回り、ロシア軍(以下、露軍)が攻撃する形に変わりました。しかし、ウクライナは対露との国土防衛戦については、良く戦い抜いていると見ています。
ウ軍と露軍は戦力的には差があまりないので、どちらかが一気に押し込んで打ち負かす、という地上戦の様相にはなりません。露軍は今、受刑者部隊・ストームZを投入し、毎日1000名ずつ戦傷者を出す恐ろしい攻勢を続けています。一日一個連隊ずつ潰していまが、陸自でいえば一個師団が7000名ですから、一週間で一個師団がなくなっている状態です。北海道には四個師団しかないですから、一か月で北海道から陸自がなくなるのと同じ損害です。
米陸軍供与の歩兵戦闘車M2ブラッドレーが活躍している。だが、ウクライナ陸軍の6月の大反撃は失敗に終わった(写真:アメリカ国防省)
――凄まじいですね!!
二見 露軍は戦闘技術の高い兵隊が皆、損耗してしまいました。なので、何か仕掛けないとならない。それで仕掛けたのが、一日1000人死傷者が出るストームZの投入です。
しかし、この攻撃には支援射撃はいらないし、援護する戦車も必要ありません。すると露軍は、砲弾を節約し備蓄できるうえ、大砲の損耗も避けられます。そして、その間に後方で必死に大砲と砲弾を生産しています。
戦車も損耗せずに温存し、後方で新しく生産しています。同時に新兵養成や戦車兵、砲兵の訓練もしています。ストームZがその兵員と兵站を備蓄する時間を稼いでいるのです。
――露軍は攻め手になっていますが、まさに必死です。
二見 露軍は開戦前の兵士のうち約80%損耗し、戦車も60%以上が損耗しています。勝負は露軍がこれから毎月、何両の戦車が作れるかです。大平原のウクライナの戦場で、機甲戦力が使えなくなるのは致命的です。
そして、この戦争は長期戦になります。両軍とも上手に長期戦に持ち込めた方が戦争に勝ちます。露軍にはまだ航空戦力は残っていて優勢ですが、頼りにしていたKa52カモフ戦闘ヘリはかなり破壊されたようで、最近は出てこなくなりました。ウクライナにF16が入って来て、十二分な量の対レーダーHARMミサイルや、空対空AIM9ミサイルがあれば、露空軍を相当潰せます。
しかし、その航空戦力の維持には大量の資金が必要です。その金をずっとウクライナが確保できるか。実はウクライナの兵站は金です。だから、金の切れ目で長期戦に持ち込めなければ、ウ軍の勝ち目はなくなります。
米陸軍から世界最強の戦車・M1エイプラハムスがウクライナの最前線に到着し始めた(写真:柿谷哲也)
――すると、露軍の兵站は戦車生産能力、ウ軍の兵站は金となる。
二見 そうです。この戦争の勝敗を決めるのは、露軍は兵器生産力で、ウクライナは資金の切れ目になると、今は見ております。
ウ軍がF16を運用するための金を考えると、米国の支援が必要不可欠。だから、ウクライナはこの点について、米国、NATO諸国と話をつけないと長期戦に持ち込めません。
■戦争の行方
――報道によると、12月7日に露情報機関SVR対外情報庁のナルイシキン長官が、『ロシアとウクライナの戦争で、米国がウクライナを支援するならば、第二のベトナム戦争になる』と警告しました。この戦争が米国にとって、ベトナム戦争になると言っています。
二見 そこは全く違うと思いますね。
最前線上空の航空優勢は露空軍が握る。露空軍スホーイ25は、低空からの地上攻撃を繰り返す。ウ軍は地対空ミサイルで頑張っているが、戦争の主導権は露軍にある(写真:柿谷哲也)
――と言いますと?
二見 ウクライナ戦争は、ロシアにとってのベトナム戦争です。NATO諸国は兵器、弾薬工場を作り、支援する形ができあがっています。
これは、ウクライナへのNATO諸国の補給戦で、ロシアから見れば、ベトナム戦争で米軍が17度線に抑え込まれて、爆撃などの攻撃が不可能だったホーチミンルートになります。つまり、21世紀の「NATOホーチミンルート」ができあがっているのです。
――すると、その21世紀のホーチミンルートは、英独仏からポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアからウクライナに通じている。
二見 密林を通るのではなく、列車も道路も、さらには空輸も可能です。
戦争の主導権奪還を目指すウクライナにとって、最初にオランダの18機から開始されるF16の供与が待ち遠しい。しかし、F16の戦力維持には莫大な資金が必要となる(写真:柿谷哲也)
――露軍がNATOを攻撃したその瞬間、ウクライナ戦争はNATO vsロシアの第三次世界大戦となります。
二見 そのため、ロシアはこのNATOホーチミンルートを潰せません。同時にウクライナはロシア本土に対して、ウクライナ製以外の兵器で攻撃してはいけないと米国やNATOから言われています。
――まさに両国は利き手を使えなくしてのデスマッチ。
二見 そして、ベトナム化するのはロシアになる可能性が高いと思います。兵站の戦いは長い目で見ないとなりません。一喜一憂するのではなく、どう一歩ずつ地道に進めて、敵を崩し破壊して、自軍を有利にするか、ということです。
反撃の方法として「米国が米国・西欧製兵器でロシア本土を叩く事を許可してくれれば......」と話す二見氏。ハイマースで射程300kmが供与されれば露本土に深く、精確な攻撃が可能になる(写真:アメリカ国防省)
――そのためには、ウクライナはどんな手を使えば良いのですか?
二見 決まり手は、露国内へのウクライナ製以外の兵器を使った攻撃許可です。米国・NATOがそれを認めれば、ドイツの射程500kmのタウルスミサイルや、射程300kmのハイマースも使えます。
そして長期戦に持ち込んで、ウクライナが開発した長距離ミサイルが3年くらいで完成すれば、その後はそのミサイルをロシアに撃ち込んで、後方の兵站工場を潰していくのです。ロシア国内の工場を潰せば、シャヘドなどのドローンやミサイルによるウクライナへの攻撃を抑制できます。
どっちの継戦能力が早く潰れるかの戦いになります。さらに、パルチザンに頑張ってもらって、シベリア鉄道をあちらこちらで破壊すればいいわけです。
――もしウ軍の兵站工場である米英独仏、ポーランド、チェコなどをロシアが攻撃すれば、世界大戦になるからできない。そこだけがウクライナの唯一有利な点といえますか?
二見 そうですね。
――そうなってくると、ロシアはウクライナに対して戦術核兵器を使いませんか?
二見 そのため現在、ウクライナはNATOへの加盟の動きを早めていますよね。
空中発射巡航ミサイル・ストームシャドウは、最大性能は560kmあるが、250kmに性能が抑えられて供与された。その残弾も少ない。ウクライナがドイツに供与を求めている射程距離約500kmの空中発射型長距離巡航ミサイル・タウルスが来れば......。二見氏は「これらの長距離兵器でロシア本土を深く攻撃できれば......」と話した(写真:柿谷哲也)
――はい。
二見 全てが噛みあっているような気がしつつ、裏のシナリオは見えないので分かりませんが......。
――ウクライナがNATOに加盟すると、もしかしたら米国が加盟国にレンタルしている核爆弾B61をウクライナが入手できます。これはF16に搭載可能です。昨年6月5日にラブロフ露外相が、『F16に核兵器を搭載可能なので、ウクライナへの供与は紛争をさらにエスカレートさせる』と警告していました。
二見 それは、ウクライナから見ればロシアへの抑止力ということになります。現在の結果をみれば、米国・NATOのウクライナ支援で、あの軍事大国ロシアの軍事力をほぼ壊滅させてしまいました。
そして、ウクライナ戦争に関係している全員が人のズボンのポケットに手を入れながら、「分かってんだろうな?」とやるのが戦略です。だから、それはこれからも続くのです。