佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT OpenSourceINTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――3月17日、ロシアで大統領選挙が行なわれ、プーチン大統領が5期目に立候補をします。もし2036年まで任期が延長となると、2030年には指導者としてスターリンの統治期間と並び、翌年はスターリン越えです。プーチンはそれを目指すんでしょうか?
佐藤 プーチンはこの戦争が終わるまで責任を持つと思います。その後はやはり、次にポストを譲りたいと思っているのではないでしょうか。
――プーチンはスターリン越えを狙ってはいないのですか?
佐藤 狙うというより、結果として越えてしまうことはあると思います。プーチンが独裁者でいることが、ロシアの軍産複合体、地方のエリート、石油、ガス産業のエリートに都合のいいシステムですから。
――すると、スターリンの独裁とプーチンの独裁はスタイルが違うのですか?
佐藤 違います。スターリンは世界革命を目標としていましたし、当時は共産主義というイデオロギーがありました。しかし、プーチンには共産主義のようなイデオロギーはありません。プーチンのシステムはロシア国家生き残りのためのものです。だからプーチンがいなくても、そのシステムは同じで、変わらないのです。
――すると、ロシア国民にとって、プーチンは非常に優れた指導者であるということですか?
佐藤 そういうことです。だから、逆にプーチンから誰かに変われば、ロシアが民主化するというのは幻想です。
――ロシアであることは変わらないからですか?
佐藤 変わりません。だから、誰が大統領になってもプーチンのようになるということです。
――すると、3月17日の選挙はどうなるんですか?
佐藤 プーチンが再選されないシナリオはあり得ません。どうしてかと言うと、ロシアの選挙は古代ギリシャの「オストロキスモス(陶片追放)」と同じなんです。
――「陶片追放」とはなんですか?
佐藤 例えば、悪い指導者、非常に悪い指導者、そしてとんでもない指導者がいるとします。本来はそのとんでもない指導者を落とす、つまり追放することで独裁者の出現を防ぐ制度です。
ロシアの場合は、非常に悪い大統領候補と、とんでもない大統領候補を落とします。消極的選択のための選挙ですから、代表を繰り出してくるという発想がロシア人にはありません。候補者は空から降ってくるものなのです。
その中で、ソ連時代は排除が出来ませんでした。たったひとりしか候補者がいなかったからです。それが今では、「これだけは嫌だ」という候補者を排除できるようになりました。ただし、残った人物が良い政治家であるかどうかは別だという話です。
――つまり、ロシアには旧ソ連時代からロシア的民主主義が根付いているということですか?
佐藤 そういうことです。
もうひとつは、安定か、大混乱かという選択が、ロシアでは常に争点になっているのです。
「プーチンのような強権的な支配のもとで、安定している状態。もしくは、エリツィン時代のように国内でテロが発生し、マフィアが跋扈(ばっこ)する大混乱。どっちがいいですか?」ということです。
――それは安定している方がいいですよ。
佐藤 だから安定化=プーチンが選ばれるわけです。これは、日本にもいえることですよね。
――はい。
佐藤 岸田自民政権のまま安定するのがいいか、政権交代して大混乱が起こるのがいいのか、国民の皆さんはどちらを選びますか?
――安定がよい、となりそうですよね......。
――さて、年も明けて2024年、ウクライナ戦争はどうなりますかね?
佐藤 ウクライナが勝てる可能性は、最初から小指の先ほどもあったのでしょうか。
――その指先に希望を抱いていましたが、ロシア軍は一日1000人死傷しても、次から次へと突撃して来ます。
佐藤 ウクライナの犠牲者はもっと多いでしょう。いずれにせよ、ウクライナが勝つ可能性は全くありません。さらに、ウクライナ軍は"弾切れ"を起こしていますよね?
――報道によると、米国やNATOから供与される予定だった100万発の弾のうち、現状30万発分しか届いていません。ということは、戦場で3日に2日は砲撃できない。乱暴な計算ですが、ロシア軍を一日1000人戦死傷させても、残り2日は2000人が無傷で攻めてきます。
佐藤 勝てるはずがないですよね。なので、今のうちにウクライナに手を打ってもらわないと、ロシアとしては首都キエフや黒海など、全部占領しなければ、となってしまいます。
――ロシア軍の仕事が増える?
佐藤 そうです。その後の統治も大変です。
――すると......
佐藤 この辺りで停戦になるのが一番良いかと思います。
――プーチンの「今の領土を保全したい所で停戦したい」という発言が報道されていましたが、結構マジなんですか?
佐藤 最初からそうです。プーチンはそもそも勝敗ラインを明示していません。だから、今、停戦したたとしても、もう勝ったから止めた、と言えるわけです。
一方でゼレンスキーは、勝敗ラインをロシアをクリミアから追い出すまでと明示しています。だから、勝敗ラインなんて本来は明示したらいけないんです。制約のない、フリーハンドの状態でいないといけないのです。
――明示したことで責任を負うことになる。さらに「勝敗ラインに達してないから勝ってはいない」と、大衆に分かりやすくなってしまう。
佐藤 そうです。勝敗ラインを明示したら、そこまでいかないとならないわけですから。
――ゼレンスキーは、戦(いくさ)下手ですね。
佐藤 そうですね。それに加えて、政治センスもよくありません。
――「クリミアと、最初にロシア軍が侵攻した地域まで取り戻す」というのは、戦争が下手な証拠ですか?
佐藤 とってはいけない手でした。「侵略者を追い出す」とか抽象的に言えば良かったんです。具体的な数値目標や、どこをどこまでやったらいいと発言した時点で、それを達成できて当り前になってしまいますからね。そして、達成できなければ全然ダメということです。
――プーチンは「ナチズムを追い出す」など抽象的なこと言っているだけで、どこまで獲るかなどには一度も言及していない。
佐藤 そうです。だから、住民を守るためとか、四州併合に関してもその四州の領域はどこかといったようなことを全て曖昧にしています。それは、わざとそうしているんです。
――誰かが助言しているのですか?
佐藤 プーチンが自分で組み立てています。
――プーチンはその辺が肌感覚でわかっている?
佐藤 はい、わかっています。
この戦争は実際は西側連合との戦いで、ウクライナは傀儡(かいらい)ですから、ロシアにとってはアメリカを中心とする西側連合に勝利する意味は大きいです。
――その勝利の波及効果はなんですか?
佐藤 たとえば、グローバルサウスがロシアを選ぶか、アメリカを選ぶか、という場合、もう、はっきりしているじゃないですか。皆、アメリカに人権干渉されるのが嫌ですからね。
――ゆえにロシアを選ぶ、ということですか。
佐藤 グローバルサウスはそういう選択をします。
次回へ続く。次回の配信は2024年1月19日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。