フーシ派の指導者アブドルマリク・フーシ フーシ派の指導者アブドルマリク・フーシ

ほんの数ヵ月前までは国際情勢によほど詳しい人しか知らなかったであろう、アラビア半島南端のイエメンを拠点とする武装組織が、世界中で主要ニュースに取り上げられている。

イランの支援を受け、米英軍の介入にもひるまず世界経済の大動脈である海運の要所・紅海で暴れるフーシ派とは、いったいどんな存在なのか?

■フーシ派の成り立ちはいわば"一向一揆"?

米軍と英軍は1月11日以降、イエメン北西部を実効支配しているイスラム武装組織「フーシ派」の拠点(ミサイルやドローンの発射拠点、レーダー、武器庫など)を、艦艇や航空機から爆撃している。

イスラエルとパレスチナ自治区・ガザ地区のイスラム武装組織ハマスとの戦争が始まった昨年10月以降、フーシ派が「ハマスとの連帯」を掲げてイスラエルの攻撃停止を求め、紅海を通航する民間貨物船やタンカーへの攻撃を繰り返しているからだ。

このリスクを回避するため、石油大手シェルなど多くのグローバル企業が海上輸送ルートを変更。IMF(国際通貨基金)の推計によれば紅海と地中海を結ぶスエズ運河を通航する船舶は約40%減少し(1月1日~16日)、テスラやボルボは部品不足で自動車生産の一時停止を余儀なくされた。

国際海運の急所・紅海で暴れ回り、世界経済にも甚大な影響を及ぼしているフーシ派とは、いったいどんな組織か? 国際ジャーナリストの河合洋一郎氏が解説する。

「イエメン北部に居住しているイスラム教シーア派内の少数派、ザイド派の武装組織で、南北イエメン統一(1990年)の4年後に起きた内戦をきっかけに発足しました。

2004年に指導者のフセイン・バドルディン・フーシが暗殺されたことから『フーシ派』と呼ばれるようになり、現在の指導者は弟のアブドルマリク・フーシです。積極的な武装闘争を奨励し、イマーム(宗教指導者)の血統よりも戦闘指揮能力や政治力を重視し、腐敗を嫌うなどの特徴があります」

フーシ派が実効支配している首都サヌアなどの拠点地域では、住民からの支持も高いという。国際政治アナリストの菅原出(いずる)氏はこう指摘する。

「フーシ派のベースは、現指導者の父が始めた宗教・政治・軍事組織で、イスラム教スンニ派の一派・ワッハーブ派の大国である隣国サウジアラビアの圧力に抵抗するために戦ってきた。日本でいえば、戦国時代に浄土真宗の信徒が各地で起こした一向一揆にも似たような構図です。

11年の『アラブの春』ではイエメンのサレハ政権が倒れ、その後に起きたイエメン内戦は、南部のスンニ派勢力を支援するサウジアラビアと、それに対抗するフーシ派を支援するシーア派の領袖(りょうしゅう)イランの代理戦争のような展開になりました。

14年にフーシ派は首都サヌアをはじめ人口が密集している北西部を制圧し、現在まで二重政府のような内戦状態が続いています」

ただ、ごく最近はサウジとフーシ派の戦いは小康状態にあった。昨年3月、中国の仲介で、フーシ派を支援しているイランとサウジの国交正常化が合意に至ったからだ。前出の河合氏が言う。

「スンニ派の王族による独裁国家のサウジにとって、シーア派住民が多く、しかも中東では珍しい共和制国家であるイエメンがやっかいな存在であることに変わりはありません。

ただフーシ派の立場からすると、イランが手打ちをした後でサウジとことを起こせば、これまで散々世話になったイランの顔を潰してしまう。しばらくの間はサウジから手を出さない限り、フーシ側からの攻撃もないと思います」(前出・河合氏)

そんな状況下でイスラエルとハマスの戦争が始まり、イスラム世界には強烈な反イスラエル・反米感情が広がった。

フーシ派は「アッラーは最も偉大なり。アメリカに死を。イスラエルに死を。ユダヤ教徒に呪いを。イスラムに勝利を」というスローガンを掲げ、ミサイルやドローンでイスラエルや米軍艦への攻撃、さらには紅海を航行する欧米・イスラエル関連の民間船への攻撃を続けている。

■船舶攻撃の裏にはイラン、ヒズボラの支援

世界各地でドローンの取材を続けるフォトジャーナリストの柿谷哲也氏は、フーシ派による船舶攻撃の手段を次のように分析する。

「サウジの遠距離目標に対する攻撃を長年続けてきたフーシ派は、ミサイルやドローンの扱いに長(た)けている。

長距離攻撃ができる高性能なミサイルやドローンは多くがイラン製ですが、一部は自分たちでも生産しています。イランからの海上輸送ルートは米海軍が目を光らせているので、イラン軍や革命防衛隊が関わる形で、輸送機でイエメンに空輸しているでしょう。

インド洋でイランのドローン攻撃を受けた日本企業所有のタンカーの写真を見ると、爆発の威力は相当大きく、軍艦ならば損害は軽微でも、民間の商船に対する攻撃としては十分。

また、フーシ派は艤装(ぎそう)ダウ船(機器を搭載した帆船)を沿岸に多数配備していると思われます。そこから得た目標船舶の位置情報をカメラ搭載型ドローンに誘導手が入力して発射すれば、紅海を航行する船舶に命中させることは難しくありません」

1月24日現在、まだフーシ派の攻撃による民間船乗組員の死者は出ていないが、船体の損傷や戦闘員による拿捕の事例は続出。なお、11月に拿捕された日本郵船運航の大型貨物船はイエメン北部の沿岸に停泊され、地元住民たちがこぞって訪れる観光地と化している 1月24日現在、まだフーシ派の攻撃による民間船乗組員の死者は出ていないが、船体の損傷や戦闘員による拿捕の事例は続出。なお、11月に拿捕された日本郵船運航の大型貨物船はイエメン北部の沿岸に停泊され、地元住民たちがこぞって訪れる観光地と化している

また、イランは兵器の提供だけでなく、現地での技術支援にも乗り出しているようだ。

ロイター通信の報道によると、イランの革命防衛隊の指揮官や、イランの"弟分"であるレバノンの武装組織ヒズボラのメンバーがイエメンに入り、どの船がイスラエルに関係しているか(=どの船を攻撃すべきか)などの情報をフーシ派に伝えている。

同時に、フーシ派からもシリア、レバノン、イランに連絡調整員を送り込んで、各地のシーア派組織との連携を強化しているという。

さらに、フーシ派の幹部はロシア政府系メディア『イズベスチヤ』の取材に対し、「中国とロシアの船舶に関しては安全航行を保証する」と明言。イランと関係の深い国々は仲間であり、"欧米・イスラエル陣営"を狙い撃ちにするということだ(日本もこちらに含まれる)。

米政府などからの度重なる警告を無視して民間船への攻撃を継続するフーシ派に対し、米英軍は1月に入ってやむなく空爆を開始した。米海軍系シンクタンクで戦略アドバイザーを務める北村淳氏が解説する。

「フーシ派のミサイル基地に対しては、米英海軍の駆逐艦から発射される巡航ミサイル『トマホーク』と、英空軍の戦闘機タイフーンから発射される精密爆弾『ペイブウェイⅣ』による限定的な攻撃を実施しています。

一方、ドローンは事前に発進地点を特定できないので、紅海上空へ飛来してきた際に米駆逐艦は対空ミサイル『SM-2』で、英駆逐艦は機関砲で撃墜しています」

■米英軍は半端な介入で泥沼に踏み込んだ?

こうした米英軍の攻撃が効果的であればいいのだが、実際はそうでもないようだ。ひとつは"コスパ"の問題。

「米駆逐艦は14機のドローンを撃墜すると、いったんバーレーンの米海軍基地に帰投しました。対空ミサイルやトマホークミサイルの装填(そうてん)数は限定的で、洋上での補給は不可能なため、港に戻らざるをえないのです。

そのため、長期的な作戦には多くの駆逐艦が必要です。また、例えばトマホークは1発200万ドル(約3億円)と高価なため、すでに米国内では対フーシ派作戦の費用対効果が問題視されています」(北村氏)

そして、もうひとつは空爆の有効性の問題。フーシ派のミサイル発射機はほとんどが移動式で、普段は民間人が生活する地域の武器庫に隠されているため、米英軍は多くの場合、発射直前に叩くことしかできていない。

北村氏が続ける。

「通常の国家を相手にした戦争とは違い、フーシ派への攻撃においては発電所、工業地帯、政府中枢機関といった戦略目標が設定できず、単発的なピンポイント攻撃では効果が期待できません。広域を火の海にするような絨毯(じゅうたん)爆撃的な無差別攻撃でもすれば話は別ですが」

ガザ地区の民間人を巻き添えにするイスラエルの爆撃に対する国際世論の非難が高まる中、米英軍にそんなことができるはずもない。前出の菅原氏はこう指摘する。

「バイデン米大統領は『商船へのミサイル攻撃を止めるまで攻撃を続ける』と言ってしまいましたが、今のような作戦ではそれがいつ達成できるか見当もつかない。中途半端な介入をずっと続けるという最悪の状況にハマりつつあるのかもしれません。

逆に、フーシ派の側は米英軍の攻撃にひるむどころか、むしろ戦意を強めています。今の状況では、戦えば戦うほどイスラム世界での評価が高まり、新たな戦闘員のリクルートも容易になっていく。指導者アブドルマリク・フーシはこう言っています。『イスラエルやアメリカと直接戦える。この大きな祝福と名誉を神に感謝したい』

まるで甲子園初出場校が優勝候補と戦えることを喜んでいるかのような言葉だが、それほどフーシ派の士気は高いということだ。

フーシ派(左)とヒズボラ(右)の指導者が並ぶ肖像画を掲げるフーシ派支持者。組織同士の連携だけでなく、心情レベルでのシーア派との連帯感もある フーシ派(左)とヒズボラ(右)の指導者が並ぶ肖像画を掲げるフーシ派支持者。組織同士の連携だけでなく、心情レベルでのシーア派との連帯感もある

前出の河合氏は、イランを中心とする諸勢力の連携についてこう語る。

「イスラエル・ハマス戦争を巡るさまざまな動きは、イランが何十年もかけて構築してきた戦略の集大成という見方もできます。まずはペルシャ湾からイラク、シリア、地中海のレバノンへと続く"シーア派ベルト"の完成。

そこに陣取るレバノンのヒズボラ、シリアとイラクに多数存在する民兵組織。イスラエル軍と死闘を演じるハマス、それを南から牽制(けんせい)するフーシ派......。次にどんな手を繰り出してくるのか、まだ予想しきれないところもあります」

なんとも微妙な形で「対イスラム」の戦いに引きずり込まれた米英軍。とはいえ商船への攻撃が続く以上は何も手を打たないわけにもいかず、その"引き際"は思った以上に難しいのかもしれない。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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