柳瀬 徹やなせ・とおる
ライター・編集者。研究者、経営者、政治家から小説家、映画監督、俳優、プロスポーツ選手、将棋棋士まで、幅広いジャンルのインタビューを行う。企画・編集した本に『小さくて強い農業をつくる』『災害支援手帖』『生きていく絵』など。
日本には、議論が常に二極化してしまうイシューがいくつか存在する。賛成と反対を叫ぶ声の激しさがサイレントマジョリティを慄(おのの)かせ、問題の本質から遠ざけてしまう。原子力発電の是非は、その最たるものだろう。
原発について考えること、ましてやそれについて語ることは難しい――そんな思い込みに「難しいと思い込まされているだけ」と異を唱える人がいる。『なぜ日本は原発を止められないのか?』を上梓(じょうし)した青木美希さんはこう語る。
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青木 これは1995年に福井県敦賀(つるが)市の高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故が起きた際に、報道対応担当をしていた友人から聞いた話です。
友人は原子炉製造に携わるメーカーに勤めていて、文部省(現・文部科学省)の腕章をつけて説明をする立場になった。友人が説明資料を作って文部省の担当者に見せたところ、「この資料はわかりやすすぎるからダメだ。もっと難しくしてくれ」と言われたそうです。
つまり、普通の人が踏み込めない領域にするために、あえて複雑で面妖な説明がされているそうです。世に言う「原子力ムラ」とは、そういう世界なんです。
――この本は日本の原発をめぐる問題の現在を描くだけではなく、GHQの統治下で原子力研究が禁止された被爆国が、わずか四半世紀で原発の営業運転を行なうに至った歴史にも、かなりページを割かれています。
青木 「今起こっていることは、過去にあったことに似ていませんか?」と問いかけたかったんです。東京電力福島第一原発事故の前も、「原発を稼働させないと日本の電力は賄えない」「原発は最もクリーンで低コストの発電だ」と強く主張されていました。
それらは日本の原子力政策が転換するときに打ち出された「日本は資源の乏しい島国だ」「原発の発電コストは小さく、しかも世界で最も厳しい安全基準の下で運転される」といった言説と、ほとんど同じです。同じ失敗を繰り返しつつあることを示すために、原発の歴史をたどる必要があると考えました。
――安全対策は不十分で、コストも決して小さくない、と?
青木 福島第一原発の事故対応に当たった方に、がんや白血病、悪性リンパ腫で労災申請が認められた人が11人おり、ほかにも複数の発症者がいると聞いていることからも、原発の危険性は明白です。
また、今年の元日に起こった能登半島地震では、石川県羽咋(はくい)郡の北陸電力志賀(しか)原発にトラブルが続出しました。福島第一原発事故以降、志賀原発では運転停止が続いていましたが、それでもこれだけトラブルが続いたわけです。
また「未知の断層」によるともいわれる揺れがその原因だったことも明らかになってきましたが、そもそもの想定が意図的に甘くなっていると言わざるをえません。北陸電力がトラブルを原子力規制庁に報告しなかったことや、自ら情報公開しなかったことからも、原発事故前からの「ムラ」体質が変わっていないことは明らかで、安全対策も緊急時の対応も穴だらけです。
コスト面でも、脱原発を実行したドイツのように、自然エネルギーによる発電量を大きくすれば、原発よりも低コストになることがわかっています。
そもそも福島第一原発事故での廃炉作業にかかる莫大(ばくだい)な費用や、住む家や仕事を失った人たちの数を考えれば、原発によって国民が支払った代償は極めて大きい。原発が低コストというのはまったくの嘘です。
こういったことを難しく書けば、「難しいと思い込ませたい」側の戦略にハマってしまうことになります。だからこそ、できるだけわかりやすく書いたつもりです。そのぶん、専門家には読まれないだろうと覚悟はしていました。
――実際はどうでしたか?
青木 原子力政策の取材中、政府関係者がいきなりこの本をカバンから取り出して「読んでます。勉強させてもらってます」と言ってくれたことがありました。また、研究者からも「青木さんって、この本を書かれた方ですよね?」と言われることがしばしばで、「プロ」にも一定の評価をしてもらえているのはうれしかったですね。
――青木さんが所属する新聞社がこの本の刊行へストップをかかけたことも綴(つづ)られていますね。
青木 これまで取材させていただいた方には、この本の刊行を心待ちにしながら亡くなられた方も多く、会社から止められたからといって出さないわけにはいきません。
また、言論に携わる個人や団体が自ら言論統制をしてしまえば、権力の監視というジャーナリズムの責務を果たすことができません。苦肉の策でしたが、所属や肩書をプロフィールから外す形で出版しました。もちろん内容は勤務時間外に個人で取材したものです。
――昨今、マスコミによる自主的な言論統制や権力とのなれ合いはしばしば指摘されます。一方で、能登半島地震での報道を見ていると、そもそも報道機関の基礎体力が落ちているような印象も受けます。
青木 私は最近まで日本新聞労働組合連合の役員をしていたので、現場の苦しみはよく聞いています。今や、ほとんどの新聞社が人員削減や規模縮小を続けています。能登半島地震では道路の寸断で現地入りが難しかったこともありますが、そもそも被災地周辺に取材拠点がなく、記者たちが車中泊を続けていると耳にします。
この本ではマスコミの「ムラ」への寄与の大きさを批判していますが、マスコミが機能していればこそ、死者数や行方不明者数といった数字の向こう側にある現実が世間に伝わります。SNSやユーチューブではマスコミ批判が盛んにされていますが、現場の記者たちが困難に直面していることも知っていただければと思います。
福島第一原発事故で盛り上がった脱原発の機運をさらに大きくするためにも、健全なマスコミの力が必要です。
――岸田(文雄)政権は原発回帰の姿勢が鮮明ですが、脱原発は可能なのでしょうか。
青木 首相が代わらない限りは無理だと思います。逆に言えば首相が決断すればできる。霞が関で取材していると、「日本の官僚は優秀で、トップが決めたことは確実に実行する」としばしば耳にしますが、私もそれは同感です。人命を大事にする首相が生まれるように、私たちが永田町に声を送り続けるしかありません。
●青木美希(あおき・みき)
ジャーナリスト、作家。北海道札幌市出身。1997年、北海タイムス社入社。同紙の休刊に伴い、1998年9月に北海道新聞社入社、北海道警裏金問題を手がける。2010年9月、全国紙に入社。東日本大震災では翌日から現場で取材を開始。現在も個人として取材活動を続けている。福島第一原発事故の実情を描いた初の単著『地図から消される街』(講談社現代新書)は貧困ジャーナリズム大賞、日本医学ジャーナリスト協会賞特別賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞
■『なぜ日本は原発を止められないのか?』
文春新書 1210円(税込)
今年1月1日に起きた能登半島地震によって、停止中だった志賀原子力発電所ではトラブルが続いている。このように、原発を続けるということは、事故が起きる可能性を抱え続けることを意味する。福島第一原発事故で、原子力事故の影響の大きさを思い知ったにもかかわらず、原発はなぜこうも優先されるのか。日本の原子力産業の歴史を俯瞰し、「原発安全神話」に加担してきた、政・官・業・学、そしてマスコミの大罪を白日の下にさらす
ライター・編集者。研究者、経営者、政治家から小説家、映画監督、俳優、プロスポーツ選手、将棋棋士まで、幅広いジャンルのインタビューを行う。企画・編集した本に『小さくて強い農業をつくる』『災害支援手帖』『生きていく絵』など。