佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――「もしトラ」とは、もしもトランプが米国大統領に返り咲いたら、であります。プーとは確実に露大統領になるプーチン。この"トラプーの世界"になったら、情勢はどうなるのでしょうか?
佐藤 「もしトラ」が現実になると、短期的に国際情勢は安定します。なぜなら、トランプはバイデンのように、民主主義の価値観を振り回して世界のあっちこっち首を突っ込むようなことはしないからです。
おそらく、トランプは自分の支持基盤と自分の価値観の関係で、イスラエルだけを重点的に支援し、後は全部引くつもりでしょう。
ウクライナ戦争はは翌日にでも止めます。そして、もうひとつ手を引くべき案件として、台湾も入ってると思います。
――台湾まで......。
佐藤 台湾が自治を守りたいのであれば、豊富な資金を使え、という論理です。
――それは米軍に手伝って欲しいのなら、払うものを払えと?
佐藤 そういうことです。その意味でいえばトランプは日本に対して、防衛費の倍額どころか今の4倍は貢げ、と言ってくるでしょう。「嫌ならばアメリカは引くぞ」ということです。
――20兆円支払わないとダメだと。これ、アメリカは「世界の警察」から「世界の傭兵」になるということですか?
佐藤 その通りです。だから、これまでの正義という価値観ではなく、ビジネスになるわけです。
ただし、アメリカが傭兵になるのはあくまで短期です。したがって、国際情勢は短期的に安定しますが、中長期的にはアメリカが作った空白をどう埋めるかが課題になるでしょう。私はこれをとりあえず『グローバルサウスの逆襲』とみています。
――それは何ですか?
佐藤 これはここ10~20年の話ではなくて、500年前の話。かつてグローバルサウスを西洋が植民地化しましたが、それに逆行する流れが出てくるということです。そして、その中で起こるのは、「それぞれの国の文化を尊重しましょう」という価値観です。
特に争点となるのは、LGBTQ+です。これは「普遍的な価値観とは言えない」と主張してくるでしょう。基本的な家族が非常に重要であり、そこには男と女しかいないんだということです。
つまり、その間にあるLGBTQ+は伝統的家族制に反するとして認めません。個人の性の自己自認を中心とせず、家族というところからスタートして、家族という中間団体が基本単位になるということです。
そうした行き過ぎた個人主義の是正をする価値観の国同士が、ネットワークを作っていきます。トランプの思想に近いですよね。なので、そのような保守ネットワークを作るはずです。そして、そのネットワークをしっかり構築できるのは、おそらくプーチンだけです。
――そして、世界はトラプーの世界になっていく...。
佐藤 ロシアがそのネットワークのハブのようになってくると思いますね。
――トラさんとプーさんはお友達ですもんね。
佐藤 だから、そこはちゃんと棲み分けるわけです。
――どう、棲み分けるのですか?
佐藤 まず、「ウクライナはアメリカに関係ない、だから手を出さない。その代わり、ロシアがイランにテコ入れして、イスラエルを潰したら許さないぞ」ということです。あるいは、ニカラグア、ベネズエラに手を突っ込んだりしたら、これも許しません。そういう棲み分けです。
――とてもわかりやすいじゃないですか。
佐藤 そう、わかりやすいんですよ。だから、トランプの方が世界は安定します。
――トランプがイスラエルをそこまで支持するのは、やはり金融の話ですか?
佐藤 それは違います。信念の問題です。トランプは、プレスビテリアン(長老派)です。つまりトランプ本人が、イスラエルを守らないといけないと本気で思っているためです。
――そりゃまたすごい。
佐藤 アメリカの歴代大統領でこの長老派はウッドロー・ウィルソンとアイゼンハワー、そしてトランプだけです。
――すごいメンツ!!
佐藤 彼らは神様に選ばれた特別な使命があると思っているから、すごいことをやります。ウィルソンは国際連盟を作ったり、アイゼンハワーは第2次世界大戦で「史上最大の作戦」と呼ばれた「ノルマンディー上陸作戦」を指揮しました。
――トラさんは何をするのですか?
佐藤 トランプは以前、大統領だった際に、まず米国大使館をエルサレムに移動しましたよね。
――はい。
佐藤 それから、ゴラン高原をイスラエルの領土と認めました。これも今まで誰もやらなかったことです。そして、トランプが間に立つことによって、アラブ首長国連邦、モロッコ、スーダン、さらにバーレーンと外交関係を樹立させました。
――それらの国は、全てイスラエルにとっては重要な国ばかり...。
佐藤 だから、トランプにとってイスラエルがいかに大切かということです。
――たしかに。ではトラさんは、北朝鮮を手懐(てなず)けられますかね?
佐藤 金正恩体制を認めて、それを外から倒すことはしないと保障すれば、北はアメリカが怖くなくなります。民主主義や基本的人権といった普遍的価値を言わなくなると、北にとってアメリカは脅威ではないのです。
ただし、永遠にトランプ政権は続きません。いずれまたバイデンやクリントンが出てきて、北を潰すような動きが出てきます。その時に備えて、北は核兵器とミサイルは手放さないでしょう。
しかし、能力と意志で考えれば、トランプが政権を握るアメリカに北を倒す意志はありません。北を壊す能力はあっても脅威ではなくなるので、米朝関係は改善します。
――納得です。
佐藤 ちなみに、岸田さんは去年の9月19日の国連演説で価値観外交と決別しています。『世界は、気候変動、感染症、法の支配への挑戦など、複雑で複合的な課題に直面しています。各国の協力が、かつてなく重要となっている今、イデオロギーや価値観で国際社会が分断されていては、これらの課題に対応できません。』(首相官邸ホームページより引用 kantei.go.jp)と発言しているのです。
これは価値観外交はやらないという意味です。そして、この演説に「民主主義」という言葉がひとつもないのは意図的です。
――こんなに偉大な深海魚の岸田首相は、なぜ評価が低いのでしようか?
佐藤 素人には外交はわかりませんからね。
――ではまあ、トラプーの時代は短期的にはよさそうだということですね。
佐藤 良い時代にはなりますが、ひとつ心配しないといけないのは、基軸通貨としてGドルを維持できるかどうかですね。
石油取引に使うペトロダラーがどうなるかが、非常に大きな影響を与えます。サウジアラビアが中国とロシアの石油取引において、自国通貨での取引を始めました。
そのため、石油決済で使っていたドルがだぶついてしまいます。しかし、ドルが基軸通貨の地位から抜け落ちると、皆、資産を失うことになります。
――それは皆、損をするから嫌だと...。
佐藤 そういう事情があります。
それから、アジアで留意するべきはインドネシアです。今、人口はおよそ2億8000万人ですが、合計特殊出生率が2.19(2020年)なので、2050年に3億2400万人になります。
――インドネシアは自国から外の領域に出よう考えているのですか?
佐藤 そういう考えを持っています。去年から輸出用に使っていた天然ガスプラントを輸入用に使っています。産業の爆発が起きているのです。
――すると、インドネシアが外に出ようとしているならば、南シナ海、マラッカ海峡、インド洋で中国とぶつかりませんか?
佐藤 そうです。だから、中国は格安で兵器を渡しています。そして、そのメンテナンスで儲けるという算段です。兵器を中国仕様にして、さらにメンテナンスも中国となると、インドネシアは中国と戦争はできると思いますか?
――できません。
佐藤 そしてそれは、日本にとって都合が悪い状況です。だから今、日本は防衛装備移転三原則の運用を緩めようとしているということです。日本政府はそれなりの戦略を持っています。
アメリカは価値観とか理屈をつけて、東南アジアにはきちんとした兵器を流していません。その隙間を埋めているのは中国なんです。
――ヤバいですね。
佐藤 だから、インドネシアの兵器装備品を日本仕様にする。するとメンテナンスは日本となります。
――それならインドネシアは日本と戦争できなくなる。
佐藤 地政学的には海洋国家は海洋国家とぶつかりますからね。インドネシアが巨大化したら、日本とぶつかることも現実に考えられます。
――それは何としてでも避けなければなりません。
佐藤 日本の移民は、これからの人口増加を考えると、インドネシア、フィリピン、マレーシアとなります。だから、対インドネシア戦略を今のうちに立てておかないと手遅れになるわけです。グローバルサウスの逆襲を考える場合、日本はインドネシアをまず視野に入れなければ対応できなくなります。
――対日外交の橋渡し役をしてきたデヴィ夫人作戦part2でありますか?
佐藤 あのような形で解決できたのは、当時のインドネシアだからです。今は無理ですよ。
――ちゃんと考えて行動しないと。
佐藤 そういうことです。
次回へ続く。次回の配信は2024年2月16日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。