松嶋洋まつしま・よう
元国税調査官、税理士。2002年東京大学卒業。金融機関勤務を経て、東京国税局に入局。2007年に退官した後は税理士として活動。税務調査対策のコンサルタントとして、税理士向けセミナーの講師も務める。著書に『押せば意外に税務署なんと怖くない』(かんき出版)ほか多数
自民党派閥による政治資金パーティー裏金事件。東京地検特捜部は虚偽記入の金額、つまり"裏金化"した金額の立件ラインを3000万円と見定め、岸田派側の起訴を決断した。さらに、今回の裏金事件は「脱税」にあたるのではないかという指摘も続出しているが、果たして国税は動くのか? 元国税調査官の松嶋洋氏が解説する。
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私も、今回の裏金事件は「脱税」にあたる可能性が高いと考えています。
まず、政治団体の政治資金は、原則として非課税となります。このことに関して「特権」「聖域化」などと糾弾する声もありますが、法律でそう定められている以上はひとまず問題ないとしか言いようがありません。
しかし今回の問題の焦点となるのは「還流」、つまりキックバックの部分です。政治団体には、政治資金を記載した収支報告書の提出が義務付けられています。しかし、虚偽の記載により、還流が報告書に含まれていなかったといいます。
であれば今回、還流は政治資金ではなく雑収入として課税対象になります。それを故意に申告していなかったとあれば所得隠しであり、脱税行為になります。
政治家による脱税疑惑が露見し、SNSなどでは「国税庁は動かないのか」という声が噴出しています。一般人の場合、ちょっとした申告漏れでも厳しく追及されますし、何も悪いことをしていないのに税務調査を受けることもあります。それなのに政治家はお咎(とが)めなしとあれば、「特別扱いを受けている」と怒る人がいてもごもっともだと思います。
所得漏れの例では、2019年にお笑いコンビ・チュートリアルの徳井義実さんが税務調査によって約1億2000万円もの申告漏れが判明し、一時活動休止に追い込まれるほど世間から大ブーイングを受けました。
また、直近では「頂き女子りりちゃん」が勤務先の風俗店やマッチングアプリで知り合った男性からだまし取った金、約1億1000万円を申告せず、所得税約4000万円を脱税した疑いがあるとして告発されています。今回のケースと一体何が違うのでしょうか。
まずひとつ勘違いを訂正しておくと、特捜部の立憲ラインである3000万円を超えた裏金に関しては追徴対象になるということです。
国税庁の仕事は手続きに則って粛々と税を回収することです。たとえ犯罪で儲けたお金であろうと、決められた額を機械的に納めてもらえば何ら問題としない。そういう機関です。
言い方は悪いですが、彼らに"正義"はありません。正義を執行するのは警察の仕事。きっちりと棲み分けがなされているわけです。それは、政治家に対しても例外ではありません。本来は。
しかし、今回議論となっている「収支報告書の修正問題」に関しては、私は国税庁がさらなる追求に動くことはないと考えています。「収支報告書を修正しているということは、もっと多額の脱税があるはず」。そう思われる方もいるかもしれませんが、これがなかなか難しい。
悪質な不正申告をした納税者には、国税査察官(通称・マルサ)による強制調査が行われる場合があります。マルサが動くひとつの基準として古くから言われているのは、「1億円」。マルサの税務調査には多くの職員がかかわるため、1億円程度はなければマンパワーとペイしないからです。
マルサこそ動いていませんが、前述の徳井さんも1億円の資産の動きがありましたし、「頂き女子」の所得の申告漏れも1億円です。近年は日本経済の縮小もあってか、基準となる金額が下がっているとも言われていますが、それでも3000万円では少ないと思われます。
また、今回は相手が政治家であるという要素も大きいと考えられます。相手が相手ですから、脱税捜査を空振る、など絶対に許されないからです。
「具体的に罪証隠滅の恐れが認められる」として、今回の裏金事件に関与した現職の国会議員・池田佳隆容疑者が逮捕されましたが、マルサの税務調査も原則として犯罪調査であるため、捜査は徹底した「証拠主義」で行われます。
潜入、張り込み、尾行などありとあらゆる手段を使って脱税を追いますが、今回のように受け渡しが手渡しの場合、調査は特に困難です。証拠となる脱税資金の行方を追うのが難しいからです。
事業資金に流用した、はたまたキャバクラで散財した......。お金に色は尽きませんので、その行方を追うのは非常に大変です。「税務署が見れば不正はすぐにわかる」などという意見も時折目にしますが、マルサの調査能力にも限界があります。
マルサが特に重要視するのは、「溜まり」と呼ばれる脱税資金がプールされた預金口座などです。しかし、必ずしも溜まりがあるとは限りません。とはいえ、今回の事件に関与したとある政治家は「事務所の担当者が机の引き出しに入れていた」などと発言していたそう。こういう人ばかりであれば、マルサが出動しても手を焼かずに済んだかもしれません。自ら証拠を差し出しているようなものですから。
とはいえ、捜査が困難を極めることが自明の中で、とりわけ反発が予想される政治家相手に「やっぱりそれ以上の証拠は見つかりませんでした」などとは言えないわけです。連日報道もされるでしょうし、仮に脱税起訴まで行かなければ、マルサの威信に関わります。
よほど決定的な証拠が存在している場合や、田中角栄のような超大物でない限り、組織として政治家相手に大捕物をするほどのリスクは冒せない。今回の裏金事件においても、国税庁はそう判断して見送る可能性が大きいと私は考えています。
元国税調査官、税理士。2002年東京大学卒業。金融機関勤務を経て、東京国税局に入局。2007年に退官した後は税理士として活動。税務調査対策のコンサルタントとして、税理士向けセミナーの講師も務める。著書に『押せば意外に税務署なんと怖くない』(かんき出版)ほか多数