川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
今年11月に控えた米大統領選挙。ここまでの予備選挙の様子を見るにバイデンvsトランプになりそうだが、熱狂的な支持者のいるトランプに対し、消去法で選ばれている印象のバイデンを熱心に応援する"強火担(つよびたん)"っているの? 「反トランプ」じゃなく推す理由って?
今年11月の米大統領選挙に向けた予備選挙では、現状、民主党では現職バイデン大統領が、共和党では4年ぶりの返り咲きを目指すトランプが圧倒的な強さを見せている。しかし、強烈な個性で常に注目を集め、熱狂的な支持者を抱えるトランプに比べ、バイデンはどうにも存在感が薄いというのが正直なところ......。
現在81歳と高齢で、最近は深刻な記憶力の低下も指摘されるなど、いろいろと不安要素もあるバイデンだが「トランプ復活は困るから」という消極的な理由ではなく、熱烈にバイデンを応援している強火担(推しを熱い熱量で応援するファンの意。主にアイドルやキャラクターに使われる)はいるのだろうか?
「正直、バイデン支持者の多くが『反トランプ』だというのは事実です」と語るのは、アメリカ大統領選挙に詳しい明治大学政治経済学部の海野素央(うんの・もとお)教授だ。
「アメリカの経済紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』が昨年11月に行なった世論調査によると『トランプに投票する』と答えた人の中で、その理由として積極的な『トランプ支持』を挙げた人は40%で、『反バイデン』が32%。
一方、『バイデンに投票する』と答えた人の理由で最も多かったのは『反トランプ』で51%と過半数を占め、積極的な『バイデン支持』を挙げた人はわずか21%でした」
やはり、消去法でバイデンという感じなのか......。
「ただし、見方を変えれば、『バイデンに投票する』人の中に21%の『バイデンファン』が存在するということも意味しているわけです」
では、熱心なバイデン支持者はどこにいるの?
「まず挙げられるのは中間層の労働者や労働組合」だと海野教授は語る。
「バイデンが頻繁に演説で使うフレーズに『このアメリカという国を築いたのはウォールストリートではなく、中間層の市民や労働組合なのだ!』というのがあります。
不動産業を営む大富豪の息子であるトランプとは対照的に、バイデンはペンシルベニア州の自動車セールスマンの息子という、決して豊かではない労働者家庭の出身で、そこから政治家になり、上院議員を36年間も務めたわけですが、そうした彼の政治活動を常に支えてきたのが労組の支持でした。
そんなバイデンの中間層・労働者重視は、大統領就任後の政策にもハッキリと表れており、これまで彼が通した300を超える法案の中には、全国の橋やトンネル、水道管などの整備を行なう1兆2000億ドル規模のインフラ投資法など、労働者の雇用創出につながるものが多い。
そのため、すでに組合員40万人を擁する全米自動車労連(UAW)がバイデン支持を表明していますし、全米最大の労組で組合員数1250万人のアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)もバイデン支持を打ち出しています」
こうした労組と共に、バイデンを支持する母体がもうひとつある。退役軍人たちだ。
「バイデンが実現させた政策のひとつに、イラクやアフガニスタンへの派兵から帰還後、なんらかの理由で健康を害してしまった退役軍人への補償強化があります。
これまで、患った病気と派遣の因果関係が明らかではないとして補償の対象外とされていた兵士にも、一定の補償を可能にしたことで、退役軍人やその家族の支持を集めているのです。
実はバイデン自身も息子のボー・バイデンをイラク従軍後の2015年に脳腫瘍で亡くしていて、同じような境遇の方々に対する彼の共感力が政策の実現を後押ししたといわれています。自らの経験に根差して感情移入できる人間味が、支持者にとっては魅力なのだと思います」
とはいえ、高齢や記憶力の低下は支持者にとっても心配の種だ。そんなバイデンよりも期待が集まるような若手の民主党の大統領候補はいなかったのだろうか?
「民主党の若手候補には正直、勝ち目がありません。それはバイデン陣営の政治資金調達能力が突出しているからです。
昨年10月からの3ヵ月でバイデン陣営が9700万ドル(約143億円)を集めたのに対して、トランプ陣営が昨夏の3ヵ月で集めたのは4550万ドル(約67億円)くらいで、バイデンの約半分。実は民主党の全国委員会も事実上、党を挙げてバイデン陣営の資金集めを支援しているのです」
アメリカ在住の作家、冷泉(れいぜい)彰彦氏も「どうしてもトランプに負けるわけにはいかない民主党陣営は、薄氷を踏む思いで"バイデン一択"に集中する以外に選択肢がないのだろう」と指摘する。
「バイデンはオバマやクリントンと同様、民主党の中道派。しかし、最近はパレスチナのガザを巡る問題で『イスラエル寄りすぎる』と党内の左派から批判もされています。
それでも、バイデンは左派が要求した法案は幅広く通していて、民主党内の分断を避けながら、やんわりとまとめるバランサーとして優れている。何より、4年前の選挙でトランプに勝ったという事実は誰も無視できないのです」
トランプにとっては、一度負けた相手。そのため「バイデンはトランプを一切恐れていない」(前出・海野教授)のも彼の大きな魅力だ。しかも、支持母体の労働者や退役軍人という票田は、トランプ支持者ともかぶっている。トランプにとっては誰よりも戦いづらい相手なのだ。
しかし、裏を返せばバイデンの支持層もトランプになびく可能性がある。そんな中、「絶対にバイデンに投票する」人はいるのか?
「バイデン自身は、今回の大統領選を『民主主義のアメリカvs専制主義のトランプ』の戦いだと強調しています。再びトランプ政権になれば、アメリカの民主主義はボロボロになりかねない。
それを阻止したい人たち、例えば、共和党の保守派が進めようとしている人工妊娠中絶の禁止を阻止したい女性たちは、今回の大統領選では必ずバイデンに投票する強力なバイデン推し勢力なのです」(前出・海野教授)
強烈なキャラクターで愛される政治家もいれば、地味でも打ち出してきた政策で支持される政治家もいる。今年11月、アメリカに選ばれるのはどっち?
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。