川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
2023年10月7日にイスラム組織ハマスが奇襲し、それにイスラエル軍が反撃する形で始まったイスラエル・ハマス戦争。連日、死者数が増え続けているのに、停戦交渉は滞っている。もっと積極的に停戦に向かうべきじゃない? それこそロシアのウクライナ侵攻みたいに、軍事介入じゃなくても経済制裁とかなら皆で力を合わせてできるんじゃないの!?
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イスラム教のラマダン(断食月)を迎えても戦闘が続く、イスラエル・ハマス戦争。
昨年10月7日に起きたハマス側の奇襲攻撃に対する反撃として、イスラエル軍による大規模なガザ侵攻作戦が始まってから5ヵ月余り。
すでにパレスチナ側の死者は、確認されているだけでも3万1000人を超え(3月10日時点/パレスチナ保健省発表)、現地では深刻な食糧不足で餓死者も出始めている。そんな最悪の人道上の危機の中、一刻も早い停戦を求める声が世界中で高まっている。
しかし、イスラエルのネタニヤフ首相は一貫して「ハマスを完全に殲滅するまで軍事作戦を継続する」という姿勢を崩しておらず、国連の安全保障理事会でも即時停戦を求める決議案に対して、イスラエル最大の支援国である常任理事国のアメリカが3度にわたって拒否権を発動。誰もイスラエルを止められない状況が続いている。
もちろん、この紛争の直接のきっかけがハマスによる奇襲攻撃であったのは事実だろう。また、その際、ハマス側が数百人におよぶイスラエルの民間人を殺害したり、人質として拉致したりしたのも明らかな国際法違反で、アメリカを中心に欧州諸国や日本はこうしたハマスの奇襲攻撃を強く非難し、ハマスの資金源につながる組織や人物を対象にした経済制裁を数回にわたって行なってきた。
だが、鹿児島県の種子島ほどの面積に200万人以上が暮らす世界有数の人口密集地域で、イスラエル側が建設した壁によって封鎖された、別名「天井のない監獄」とも呼ばれるガザに対し、連日、大規模な空爆と地上軍による攻撃を繰り返して3万人近い民間人の命を奪い、人道支援すらままならない状態でも攻撃の手を緩めないイスラエル側に対しても「国際法違反」「戦争犯罪」だという非難の声が上がっている。
ではなぜ、誰もイスラエルを止められないのか? 国連の安保理が機能しないなら、ウクライナ侵攻でロシアに対して行なったように「経済制裁」という形でイスラエルに対して停戦に応じるよう、圧力をかけることはできないのだろうか?
「少なくとも、アメリカがイスラエルに対して制裁を加えることはありえません。なぜなら、イスラエルの問題はアメリカにとって〝国内問題〟だからです」と語るのは、アメリカ現代政治に詳しい国際政治学者で上智大学教授の前嶋和弘氏だ。
「1948年、ユダヤ人国家として独立宣言をしたイスラエルの建国に大きな役割を果たしたのはイギリスですが、戦後、イギリスに代わり、イスラエル最大の軍事支援国として後ろ盾となってきたのは、ほかならぬアメリカです。
実は、そんなアメリカはイスラエルを超える『世界最大のユダヤ人人口』を抱える国でもあります。アメリカの人口、約3億3100万人に占めるユダヤ系の割合はわずかに2.2%程度ですが、それでも約650万人と、イスラエルに暮らすユダヤ人より多く (※統計によっては、イスラエルに次ぐ世界2位とするものもある)イスラエルとアメリカの2国だけで、世界のユダヤ系人口の実に85%以上を占めています。
そんなアメリカでは程度の差こそあれ、保守派の共和党だけでなく民主党もイスラエル支持が基本姿勢です。それは、現在のバイデン政権に関しても同様ですし、テレビニュースなどの報道機関も基本的にはイスラエル目線で、一応『ガザの人道状況も心配ですね......』とつけ足すような状態です。
それに、イスラエルには、アメリカとイスラエルの二重国籍を持つ人も多い。そのため、今回もメディアは盛んに『ハマスに殺害されたり、人質に取られたりしたアメリカ人の悲劇』というような話題を連日のように報じています。
イスラエル側が今回の軍事作戦を、アメリカがイラクやアフガニスタンでの戦争で用いた〝テロとの戦い〟という文脈でとらえている以上、イスラエルに対しては経済制裁どころか、非難すらできないというのが、おそらくアメリカの本音でしょう。
では、事実上、イスラエルと一心同体のようなアメリカに盾突いてまで、欧州や日本がイスラエルに対して経済制裁を行なえるかといえば、これも、現実問題としてはなかなか難しいんです」
こうしたアメリカの「親イスラエル」の姿勢には、国内のユダヤ系の存在だけでなく、共和党支持者などの保守派を中心に大きな政治的影響力を持つ「キリスト教福音派」の存在も大きいという。
「キリスト教福音派には『聖書に書かれていることはすべて真実だ』と信じている人が多く、進化論なども受け入れないのですが、聖書には『世界の終わりが来るとき、パレスチナの地にはユダヤの王国がある』と書かれているんです。だから、彼らもイスラエルを強く支持している。
ちなみに、民主党のバイデン政権も基本的にイスラエル支持とはいえ、一応、人道的な停戦への働きかけをしていますし、パレスチナ和平に関する国連決議やオスロ合意に基づいた『イスラエルとパレスチナの2国家共存』は堅持するという立場ですが、仮に、今年11月の大統領選で共和党のトランプが勝利すれば、おそらく、2国家共存の合意など無視して、ネタニヤフ首相とイスラエルのやりたい放題を許してしまう可能性が高いのではないかと思います」
一方、「アメリカはもちろん、それに追随する欧州諸国や日本政府も、事実上、イスラエルの戦争犯罪の共犯者にほかなりません」と指摘するのは、中東の近現代に詳しい、千葉大学の栗田禎子教授だ。
「イスラエルは、歴史的に、この地域を植民地支配していた英仏などの大国が自分たちの都合で人工的に生み出した国ですから、パレスチナ問題の本来の責任もこうした欧米の国々にあります。
それなのに、欧米諸国政府がイスラエルを本気で止めようとせず、ガザの悲劇を傍観し続けているのは、実は彼らもネタニヤフ政権と同様、パレスチナ人をあの場所から葬り去りたい......と考えているのではないかとさえ感じます。
しかも、そうした欧米諸国だけでなく、日本政府までもがUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の内部に昨年10月のハマスによる奇襲攻撃の際『ハマスの手引きをした内通者がいた疑いがある』という理由で、パレスチナ難民支援の命綱ともいえる、UNRWAへの資金拠出を停止してしまった。
これなどはまさに、イスラエルがガザに対して行なっている大規模な虐殺に加担するような行為で、日本政府は直ちに資金拠出を再開すべきです」
その上で、イスラエルによるガザへの攻撃を止め、停戦を実現するための〝欧米主導ではない〟新たな動きへの期待を語る。
「ひとつは、南アフリカがイスラエルのガザ攻撃を国際法で禁じられたジェノサイド(集団殺害)に当たるとして、ジェノサイド条約違反でオランダのハーグにある国際司法裁判所に提訴した動きです。
イスラエルや欧米諸国はガザ攻撃を自衛権の行使だと正当化していますが、国際法上、占領者が占領下の民衆を殺戮することを自衛とは言いません。今ガザで起きているのは、子供や女性を含むコミュニティ全体を根絶しようとするジェノサイドそのものです。
南アフリカは、過去に白人入植者による支配や人種差別的な隔離政策(アパルトヘイト)に苦しめられた歴史を持つ国。だからこそ、イスラエルの人種差別的な行為に対して強い抗議の声を上げたのではないでしょうか」
そしてこうした動きは少しずつだが、広がっている。
「南アフリカの提訴を受けた国際司法裁判所は、現段階でイスラエルの行為を『ジェノサイド』と認定するにはまだ至っていないものの、イスラエルに『ジェノサイドを防ぐためのあらゆる措置を取ること』を命じました。
南アフリカだけでなく、同じく『ジェノサイド』という言葉を使ってイスラエルを非難したブラジルのルラ大統領のように、グローバルサウスと呼ばれる国々からは、イスラエルに即時停戦を求める声が上がっています。
日本も歴史的に見れば、中東のアラブ諸国とも良好な関係を維持してきた面があるわけで、欧米諸国とは別の役割を果たせる可能性があるはずです」
ちなみに、イスラエルの貿易統計を見ると、輸出、輸入共に欧米諸国だけでなく、中国を中心としたアジア諸国や、中南米との取引額もそれなりに大きいようだ。ならば、欧米抜きの経済制裁でも、一定の効果があるのでは?
「確かに、欧米以外のイニシアチブによる経済制裁というのはひとつのアイデアかもしれません。これからは『欧米主導』ではなく、新興国や途上国が声を上げ、先進国やイスラエルによる国際法違反を追及することが、より公正な国際社会を実現するためにも必要だと思います」(栗田教授)
欧米諸国がやらなくても、その他の国々で協力すれば、経済制裁などの非軍事的な圧力でも無視できないほど大きくなるはず。ともかく、一刻も早い停戦を!
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。