川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
侵攻開始から3年目に入っても泥沼の戦闘が続くロシア・ウクライナ戦争。たった5ヵ月で3万人以上が犠牲になったイスラエル・ハマス戦争。
テレビも、新聞も、ネットでも、戦争のニュースを目にすることが、もはや日常になっているが、なぜ誰も戦争を止められないのか? そもそも、戦争を止める方法なんて本当にあるのだろうか?
紛争解決請負人、東京外国語大学名誉教授・伊勢﨑賢治氏、元内閣官房副長官補・防衛庁防衛研究所所長の柳澤協二氏、「戦争と平和」問題の最前線を走ってきた専門家ふたりの答えとは。
――3年目を迎えたロシア・ウクライナ戦争も、連日、多くのパレスチナ人が犠牲になっているイスラエル・ハマス戦争もいっこうに終わる兆しがありません。なぜ、戦争は止められないのでしょうか?
柳澤 戦争というものは「やられたら、やり返す」の繰り返しですから、始まってしまったら簡単には止められない性質のものなんです。
そうなると基本的に「一方が勝利して相手を完全に打ち負かす」か、あるいは「双方が疲れ果てて戦争が続けられない状態になる」という2種類の終わり方しかなくて、お互いに「まだ戦える」とか「戦い続けることに意味がある」と考えている間は、基本的に戦争は終わりません。
しかも、戦争の"勝ち負け"というのも単純ではありません。例えば、ロシア・ウクライナ戦争では、多くの人がウクライナの勝利を望んでいると思いますが、実は具体的に「何をもって、ウクライナの勝利と考えるのか」は明確ではない。
もともと、ロシアとウクライナでは国力や軍事力に大きな差がありますから、現実的に考えて「ウクライナがロシアを完全に打ち負かしてモスクワまで攻め上がる」ということはありえないでしょう。
では、侵攻が始まった2022年2月時点の国境までロシア軍を追い返せばウクライナの勝利なのか? それとも、ゼレンスキー大統領が言っているように、2014年にロシアが奪い取ったクリミア半島の奪還までを実現することが勝利なのか?
それに、仮にウクライナがロシア軍を追い返して領土を奪還できても、それでウクライナの安全が保障されるわけではなく、ロシアがそれに納得できなければ、当然、戦争は続くかもしれないのです。
――逆に、小国のウクライナは欧米各国の軍事支援がなければ、ロシアと戦い続けることはできないですよね?
柳澤 確かに、欧米の軍事支援がなければ、ロシアの一方的な勝利という形で戦争が終わる可能性が高いでしょうね。
それこそ、侵攻を開始した当初のロシアが考えていたように、1週間でキエフを陥落させ、ゼレンスキーを排除し、ウクライナに親ロシアの政権を立てれば、戦争は1週間で終わったかもしれません。
しかし、それで良かったのかと言えば、そんなはずはない。このように、戦争を終わらせる条件は、どれも満たすのが難しいので、何よりも「戦争を始めない」ための努力が重要なのです。
伊勢﨑 確かに、戦争は一度始まると終わらせるのが難しいですが、僕は国際紛争の現場で実務家として働いてきた際、「戦争」は止められなくても「戦闘」を止めることを重視してきました。要するに「停戦」の実現です。
日本の身近にも例がありますよね。朝鮮半島です。1950年に始まった朝鮮戦争は今も終わっていません。今、38度線にあるのは1953年に定められた軍事境界線という名の「休戦ライン」で、その後も散発的な戦闘はありましたが70年以上も停戦が続いています。
ですから、たとえ戦争を終わらせるのが難しくても、人々の命と生活を守るため戦闘を止める方法を考える必要がある。僕が「一日も早い停戦を!」と強調しているのもそのためなのです。
柳澤 とはいえ、その停戦の実現もなかなか難しいですよ。
例えば、ガザの場合、イスラエル側の目標は「ハマスの殲滅」ですが、ハマスはガザに暮らすパレスチナ人コミュニティと密接につながっていますから、現実にはガザにあるパレスチナ人社会を完全に破壊しようとしているように見えるし、実際、3万人近い民間人の犠牲を出しても、イスラエルが戦いを止める兆しはない。
軍事力の面でも圧倒的に有利で、アメリカという後ろ盾を持つイスラエルが、こうした戦争の目的を抱き続けている限り、彼らが停戦に応じる可能性は低いでしょう。
その場合、南アフリカがイスラエルの行為をジェノサイド(集団殺害)だとして国際司法裁判所に提訴したように、国際社会がイスラエルとアメリカに停戦への圧力をかけるしかないのかもしれません。
――イスラエルの後ろ盾であるアメリカはガザでの戦争を止めたくないのでしょうか?
伊勢﨑 いや、アメリカでも軍の関係者など、戦争を知るプロたちは、なんとか止めなければならないと真剣に思っているはずです。なぜなら、彼らは20年にも及んだアフガニスタンでの戦いでタリバンに敗走した苦い経験から、ハマスとの戦いが終わりのない泥沼になることを痛いほど理解しているからです。
柳澤 それはイスラエルにも言えることで、彼らは自衛権の行使だとしてガザへの攻撃を続けているけれど、現実には、そうしてイスラエルが多くのパレスチナ人を殺戮するほど、イスラエルに対する怒りや憎しみを持つ人が増えて、それが逆にイスラエルの安全保障を脅かすことにもなりかねない......。
伊勢﨑 その一方で、イスラエルを追い詰めすぎるのも危険だと考えています。なぜなら、イスラエルは核保有国のひとつだからです。
――イスラエルが単独で核兵器を使用する可能性もあるということですか? それはアメリカが許さないのでは?
伊勢﨑 ところが、そのアメリカもアフガニスタンでは核の使用を具体的に検討していた事実があるんです。
これは、NATOの関係者から直接聞いた話ですが、泥沼化したアフガニスタンでの戦いを打開するために、米軍はアフガニスタンだけでなく、サウジアラビアのメッカやメディナへの核攻撃を含んだ、具体的な作戦計画を策定しており、その中には核の使用を正当化するために「温厚なイスラム教徒などは存在せず、危険な存在だ」と訴えるイメージ戦略まで含まれていたそうです。
――それって、太平洋戦争で広島と長崎に原爆を投下したときにアメリカが使った「ジャップ(日本人)は危険な連中だから、戦争を終わらせるためには核を使うしかない」という論法と同じですね......。
伊勢﨑 そうです。僕が何を言いたいかというと、結局、戦争が長引き泥沼化すると、プーチンやネタニヤフじゃなく、あのアメリカだって80年前に日本に原爆を落としたときとまったく同じような発想に陥ってしまう可能性がある。
だから戦争を長引かせちゃいけない。泥沼化する前に、なんとしても停戦を実現しなきゃいけないんです。
――おそらく、私たちが日本から停戦を訴えても、それが停戦の実現につながるのかといえば、実際には難しいような気もします。では、そんな日本で、毎日のように流れてくる戦争のニュースにどう向き合えばよいのでしょう?
柳澤 自分たちの声が、現実の戦争を止めることにつながっているとは思えない......という感覚は、私もわかる気がします。その上で、今起きている、悲惨な戦争に私たちがどう向き合うべきかと問われれれば、それはおそらく、私たちが「そこから学ぶこと」ではないでしょうか。
戦争について考える際は4つの段階に分けます。まずは戦争の前、つまり①「戦争が始まらないようにする」。それでも始まってしまったら、②「戦争をどう戦うのか」。その次に③「いかにして戦争に勝つか(終わらせるか)」があって、最後に④「再び戦争が起きないようにする」。
ところが、ウクライナやガザの戦争についても、ほとんどのメディアが2番目の「戦争をどう戦うのか」と3番目の「いかにして勝つか」ばかりに注目していて、「いかにして戦争を避けるか」や「戦争の後をどうするのか」という部分がきちんと議論されていないように感じます。第2次世界大戦に対する日本の姿勢も同じだと感じます。
伊勢﨑 そこで僕が強調したいのは「侵略者であるプーチンのロシアは悪者で、ウクライナは国を守るため正義の戦いをしている」というふうに戦争の一方の当事者を悪魔化して戦争に大義名分を与えてしまうことの恐ろしさです。
もちろん、ロシアのウクライナ侵攻は明らかに国際法違反ですが、ロシアにも戦争に踏み切った理由はある。その点を無視して「プーチンは悪魔だから絶対に許さない」と感情的に盛り上がっている限り、この戦争は止まりません。
これはハマスにも言えることで、イスラエルや欧米諸国は昨年10月のハマスの攻撃を「テロ」と呼ぶことで、イスラエルによるガザでの殺戮に「テロとの戦い」という大義名分を与えてしまった。
しかし、ハマスはパレスチナ人による選挙によって選ばれた立派な政体ですし、もともとイスラエルとは戦争状態にあるわけで、あれはテロではなく奇襲攻撃ととらえて考えるべきです。
柳澤 ただ、その攻撃でハマスが多くのイスラエルの民間人を殺害したり、人質に取ったりしたのは明らかな国際法違反ですし、ロシアだって「以前から内戦が続いていたウクライナ東部でのロシア系住民の保護」という大義名分があったとしても、それでキエフ陥落まで目指すのはやはりメチャクチャな話ですよね。
その上で、今、伊勢﨑さんが言われたように、仮にどちらか一方に明らかな非があるとしても、「単純な悪と正義の戦い」としてとらえるのではなく「彼らがなぜ戦争に踏み切ったのか?」という点をしっかりと検証しなければ、「戦争が起きないようにすること」や「戦争を止めたり、終わらせる方法」を考えたり、学ぶことができなくなる。
伊勢﨑 もうひとつ。「国の主権」や「領土」は当然大事ですが、それを金科玉条(きんかじょくじょう)のように絶対視してしまうと戦争を避けられない。ロシア・ウクライナ戦争におけるロシア系住民や、イスラエル国内のパレスチナ人もそうですが、多くの場合、そうした紛争地にはマイノリティが住んでいて、戦争が始まると彼らが最大の被害者になります。
ですから、戦争を避ける、そして、起きてしまった戦争を止めるためには、一度、領土や国家主権への絶対視から離れて、柔軟な解決策を探す努力が必要になります。
それを実践したのが、戦前の国際連盟で事務次官を務めた新渡戸稲造です。彼はフィンランドとスウェーデンの紛争地となっていたオーランド諸島について、双方に領土と主権での妥協を求め「フィンランドの領有権を認める代わりに公用語はスウェーデン語とし、高度な自治を認める」という有名な「新渡戸裁定」で紛争を解決しています。
柳澤 日本でも、中国との間で尖閣諸島の領有を巡る争いや、中国と台湾の有事に巻き込まれる可能性などが議論されていますが、「そのとき、いかに戦うか」という勇ましい話の前に、「なんとかして戦争を回避する方法」を真剣に、そして柔軟に考える必要があると思います。
今、私たちがウクライナやガザで目にしているように、戦争は一度始まったら簡単には止められない。それはすべての人にとって不幸なことなのですから。
●伊勢﨑賢治(いせざき・けんじ)
1957年生まれ。東京外国語大学名誉教授。大学教授の傍ら政府や国連から請われ、シエラレオネやアフガニスタンの武装解除を指揮した紛争解決請負人。著書に『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(文庫増補版、集英社文庫)など。ジャズトランペット奏者
●柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)
1946年生まれ。70年、東京大学法学部卒業後、防衛庁(当時)に入庁。防衛審議官、運用局長、人事教育局長、防衛庁長官官房長などを歴任し、2002年には防衛研究所所長に。04年から09年にかけて、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)。国際地政学研究所理事長、「自衛隊を活かす会」代表
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。