衆議院3補欠選の中でも注目なのは「東京15区」(東京都江東区)だ。自民党は「政治とカネ問題」で候補者を擁立できずに不戦敗。そのため9人が出馬する大混戦となっている。そこで全候補を取材し、どんなドラマが繰り広げているのかに迫った。
* * *
■自民候補不在で、9人が乱立する選挙
柿沢未途氏(自民党離党)の議員辞職(買収などの公職選挙法違反で有罪)による衆議院補欠選挙戦が現在、東京15区で行なわれている(4月28日投開票)。
東京15区は、柿沢氏の前に自民党公認で当選した秋元司氏が企業から賄賂を受け取ったとして2020年に起訴された(現在上告中)。
同選挙区から選ばれた議員がふたり続けて政治とカネの問題で逮捕されたということもあって、自民党は今回、公認候補を擁立できなかった。
では、どんな人物が立候補しているのか。名乗りを上げたのは次の9人だ(届出順)。
・福永かつや(NHKから国民を守る党・新人・43歳)
・乙武ひろただ(無所属・ファーストの会/国民民主党/都民ファーストの会推薦・新人・48歳)
・吉川りな(参政党・新人・36歳)
・あきもと司(無所属・元職・52歳)
・金澤ゆい(日本維新の会・教育無償化を実現する会推薦・新人・33歳)
・根本りょうすけ(つばさの党・新人・29歳)
・酒井なつみ(立憲民主党・新人・37歳)
・飯山あかり(日本保守党・新人・48歳)
・須藤元気(無所属・新人・46歳)
ひとりずつ紹介していく。
まず、NHKから国民を守る党公認の福永かつや氏は、党の党首である立花孝志氏を例に挙げながら「今の日本は閉塞感があって、少し目立つ人がいるとすごく叩かれたり、社会から追い出されてしまうような風潮が続いている。
それに対して、もっといかがわしい人が活躍できる社会があってもいいのでは」と立候補の理由を語った。
しかし、選挙期間中は届出後に第一声の演説をしたものの、翌日にはエベレスト登頂にチャレンジするためネパールに行くという。今回の議席獲得は難しいものと認識しており、この補選の次には7月の東京都知事選挙へのチャレンジを示唆する発言もあった。
4月13日に行なわれた乙武ひろただ氏の街頭演説会には、小池百合子都知事らが駆けつけたことで多くの人が集まっていた。しかし、開始早々事件が起きる。
拡声器から「学歴詐称しているかもしれないのに説明責任を果たさない小池百合子に推薦してもらってそれでいいのか」「乙武、おまえ5股不倫しているそうだな」という声が大音量で聞こえてきた。声の主はつばさの党の根本りょうすけ氏だ。
乙武候補はそれに反論しつつも、公約として掲げる「インクルーシブな社会(お互いを認め支え合う社会)」の訴えにつなげた。
個別に行なったインタビューでは「小池都知事が関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典に知事として追悼文を送っておらず、マイノリティの被害、日本人の加害の歴史を消し去ろうとする動きは『インクルーシブな社会』の実現以前の問題ではないか」と質問したが、乙武氏は「それは追えていなかったのでコメントしづらい」と答えた。選挙が始まってからの意見表明に期待したい。
吉川りな氏の陣営は、乙武氏が直面したような他陣営の突撃を警戒して、基本的に街頭演説の日程をSNSなどで告知することを行なっていない。
江東区内で参政党のノボリを立ててオレンジ色のTシャツに身を包んだ人々がビラを配る様子を目にすることはあったものの、吉川氏本人がその場に居合わせる現場を見つけることはなかった。
そこで、事前に告知されていた参政党の神谷宗幣参議院議員との講演会に足を運んだが、こちらは撮影・録音禁止。講演会で吉川氏は、看護師として仕事をしてきて「製薬会社や医療機器メーカーとの癒着が見えるんです」と医療現場の状況に疑問を抱き、政治家を志したと語った。そして、「政治はビジネス(カネ儲け)じゃない」をスローガンに掲げている。
あきもと司氏は、安倍晋三内閣で環境副大臣などを務めた経歴を持つものの、IR(統合型リゾート施設)を巡る汚職事件で自民党を離れ、前回(21年)の衆院選に立候補しなかった。その選挙に無所属で出馬して当選し、直後に自民党に入党したのが柿沢未途氏だ。
今回は選挙区奪還のチャンスともいえるが、政党の支援がない上に汚職スキャンダルのイメージを払拭しなければならない非常に厳しい戦いだ。
演説では冒頭に「変な事件に巻き込まれてしまった」と話し「この国で冤罪がない国家を造り、ひとりひとりの人生を守っていく。そういうことを政治の場で実現していきたい」と司法制度改革に意欲を示した。あきもと氏は一審では懲役4年の実刑判決。二審も懲役4年の判決を受け、現在、上告中だ。
■地道な活動vs候補者への突撃
金澤ゆい氏は、前回の衆院選にこの選挙区で立候補して以来の挑戦となる。「5年間、衆議院だけを目指して運動してきました。筋の通った姿を見て評価してほしい」と語る。
緑のジャケットを着た日本維新の会の支援者の中で、ひときわ目立つ白いスーツを着こなしてビラを配っていると「ゆいちゃん!」と複数の地元住民と思われる人物に声をかけられていた。サラリーマンとして勤めてきた経験をもとに、市民感覚での経済政策を打ち出すという。
根本りょうすけ氏は「コロナワクチンを打って被害に遭われた方がたくさんいるんですが、その責任を政府や厚生労働省にしっかり取らせる。あとは創価学会。国政調査権を使って、しっかり追及していきたい」とインタビューで語った。
東京大学大学院中退の経歴を持ち、「東大ヒモナンパ師」として情報商材販売事業を展開してきたスキルを武器に、SNSでの情報発信に力を入れたいと語る。
対立する候補者の演説会場に乗り込んで自分たちの意見を直接ぶつけ、SNSで動画を発信するという。
酒井なつみ氏は、江東区議会議員に2回当選し、昨年の江東区長選は次点という実績の持ち主。演説では「国政には女性が少ないだけでなく、助産師の資格を持つ国会議員はひとりもいません。だからこそ、保険の充実、切れ目のない子育て支援、子供の権利を守って、支えて、育てていくことが私の強みであり、進めていきたい政策です」と訴えた。
政策ビラには、28歳で子宮頸がんに罹患し、闘病生活を送った経験をもとに、区議会議員として若年がん患者の在宅療養支援実現に取り組んだ経歴などが書かれている。
飯山あかり氏は、日本保守党の公認を受けている。日本保守党は、自民党がLGBT理解増進法を成立させたことなどに反発してつくられた政治団体で、初めて国政に挑戦する選挙となる。
ネットや配布しているビラには、外国人労働者の問題や教科書検定制度の見直しなど、右派的な有権者に好意的な政策が並んでいるが、飯山氏は演説で「私たち日本保守党は、名古屋の『減税日本』という政党とお友達関係にあって、そのトップである河村たかし名古屋市長は私たちの共同代表です」と話すなど、街頭での訴えは減税や社会保障負担の引き下げに力点が置かれていた。
多くの人が詰めかけた演説会だったが、百田尚樹代表が江東区に住んでいる人の挙手を求めると、1割も手が挙がらずに落胆する場面もあった。
須藤元気氏は、平日朝の駅前で挨拶をしながらビラを配る、いわゆる〝朝立ち〟を取材した。かつて監督を務めていた学生レスリング日本代表チームのウインドブレーカーを着て、爽やかな笑顔で行き交う通勤客に声をかける。
通勤客が自分以外の支援者のビラを受け取ったことがわかると、全速力でダッシュして握手を求めるなどパワフルな活動を展開していた。
積極財政と消費税の減税、インボイス制度の廃止など日本経済の立て直しを訴えながら、「自転車に乗って江東区中を握手して回っているんです。1万人が目標です!」とポケットに忍ばせた手動のカウンターを見せてくれた。また、父が経営している居酒屋さんでの住民との触れ合いも楽しいと話していた。
さまざまな思想や背景を持つ9人が立候補している衆院東京15区補欠選挙。
選ばれるのは、この中のひとりだ。