吉崎エイジーニョよしざき・えいじーにょ
1974年生まれ、福岡県北九州市出身。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)朝鮮語科卒業。時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く執筆。著書に『甦る教室 学級崩壊立て直し請負人』(共著、新潮文庫)、『メッシと滅私「個」か「組織」か?』(集英社新書)など。
4月10日に投開票が行なわれた韓国総選挙。圧勝した野党の代表は、現職大統領の対日政策を「日本のパシリ」などと強く非難し、今回の選挙を「韓日戦」と表現。なぜ執拗に日本バッシングが行なわれたのか? そこには、韓国独自の政治手法が潜んでいた!
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「今回の選挙は新・韓日戦です! 韓国国内の親日勢力に審判を下すため、命をかけて戦います!」
4月10日に行なわれた韓国総選挙。圧勝した「共に民主党」の李在明代表は選挙運動中にこう訴えた。
「韓国の国内選挙なのに、なんで日本との対決?」という疑問が浮かぶが、代表自らがそんな物騒な発言を繰り出す革新系政党に対して、韓国国民は全300議席のうち、175議席(同系政党を含む)を与えた。前回までは156議席(同)だったので、大躍進といえる。
今回の総選挙は日本との対話路線を歩む尹錫悦大統領の中間評価でもあったのだが、結果は惨敗。革新系の国会と保守系の大統領の「ねじれ」構造もより強まった。
「共に民主党」といえば、2017~22年の文在寅政権時代を支えた党だ。2019年には苛烈な日本バッシングが起きたことを覚えている読者も多いだろう。実際に、今回の選挙期間中、「共に民主党」の公式サイトには日本、そして日本に友好的な敵陣営に対する厳しい言葉が続いた。
「尹錫悦政権の対日屈従外交が、日本の歴史歪曲を助長している」
「日本の中学校の教科書には『日帝植民地時代の被害補償は韓国政府の役目』だとか『強制連行の合法性』を強調するなどの表現も新たに追加されたという」
「厚顔無恥な歴史歪曲を行なう日本政府を強く糾弾する。ますます深刻になる日本の歴史歪曲の横暴が、尹錫悦政権が語っていた未来志向的な関係だろうか?」
加えて、李氏は4月2日にソウルの激戦区・銅雀での演説でこんな内容を口にした。
「親日派に国を渡せない。今回の選挙は韓日戦なんです」
これは、同選挙区の大物対立候補が、04年にソウルの日本大使館で行なわれた自衛隊関連のイベントに参加した点を非難したものだ。
なぜ「共に民主党」はここまで日本バッシングを続けるのか。背景には、尹政権を何がなんでも叩く理由を作りたい、という事情がある。現地大手紙元デスクが言う。
「『親日派』として政敵を非難することを、韓国では『親日フレーム』といいます」
「親日派」は、韓国では歴史的に強い意味がある。同元デスクが続ける。
「さまざまな定義がありますが、韓国で多く言われるのは『日本統治時代、日本の味方をして朝鮮半島の人々に対し暴力や略奪を行ない、社会的成功を得た層』という意味です」
だが、この話は1945年で終わるものではない。
「この層の子孫は、日本からの解放後も保守派として既得権益などの甘い汁を吸ったとされ、韓国の革新系の目の敵となっています。自分たちが抑圧されてきたのは、日本と結託した層が社会にはびこってきたからだ、と」
「共に民主党」のこの手法は、今回に始まったものではない。2019年の「NO JAPAN運動」のときもそうだったし、23年5月の日韓首脳会談時にも痛烈な発言を繰り出していた。
対立する尹錫悦大統領の「過去の問題で未来を閉ざすばかりではいけない」という発言を「日本が望むものはすべて差し出す『パシリ外交』」と斬り捨てた。
さらに昨年8月は福島第一原発の「処理水」の海洋放出についても「日本の核汚染水放出は第二の太平洋戦争として記録されるだろう」と厳しく非難した。
一方、「共に民主党」のこういった手法について疑問を呈する声もある。「親日フレームはもはや韓国のミレニアル~Z世代にとっては古くさく、まったく響かない」とは以前から言われている。これをより厳しく批判するのは、保守政党「国民の力」所属で、ソウル市冠岳区議会副議長を務めるミン・ヨンジン氏だ。
「そもそも日本統治時代の『親日派』は、当時の朝鮮半島の人口のわずか1%ほどだったといわれています。それも初代保守系政権の李承晩大統領時代にすでに『反民族行為特別調査委員会』が設立されるなど、親日派への取り締まりが行なわれていた。
現在の『親日フレーム』は単に相手を批判する手法のひとつ。今回の選挙結果に大きな影響を与えたとはみていません」
確かに、今回は政党の政策よりも尹大統領の評価が大きな争点となった。また、外交より国内問題への関心が高く、事前の世論調査では物価高や大学医学部の定員増決定の是非なども関心事とされた。
日本では今回の選挙について「野党圧勝、尹錫悦大統領弾劾で日韓関係も危機に」という予測もあったが......。
「仮に無理やり国会で尹大統領を訴追しても、憲法裁判所が否決すれば訴追した側が甚大なダメージを受けます。04年の盧武鉉大統領訴追案提出時は、実際にそうなりました」(日韓両国で活動する朴寅東弁護士)
結局、韓国での日本バッシングの多くは「相手陣営を批判するためのもの」であり、そのベクトルが日本に直接向くのは日本側に大きな動きがあったときだ。2019年の「ホワイト国除外」「NO JAPAN運動」がそうだった。
一方、今回の選挙で確実になったのは、李在明代表の立場が党内でより強固になったこと。現地メディア『ノーカットニュース』はこう評する。
「自らに近い候補ばかりを擁立し、『私党化』とも指摘された李在明代表による党の掌握が強まる結果となった」
李氏は2027年の大統領選挙への出馬が確実視されている。自らの支持基盤拡大のため、今後も親日フレームを使い続ける可能性は大いにある。彼が当選すれば、日韓暗黒時代の再来も予想される。状況を注視していきたい。
1974年生まれ、福岡県北九州市出身。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)朝鮮語科卒業。時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く執筆。著書に『甦る教室 学級崩壊立て直し請負人』(共著、新潮文庫)、『メッシと滅私「個」か「組織」か?』(集英社新書)など。