佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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日英伊の三か国で共同開発することとなった次期戦闘機F3。このF3の第三国への輸出が解禁された。しかしその輸出に関しては、3つの条件に限定されて許可されることになった。その3項目とは、
1.輸出は次期戦闘機に限る
2.輸出先は国連憲章に沿った目的以外の使用を禁じる
「防衛装備品・技術移転協定」の締約国に限定
3.「現に戦闘が行われている国」は除外される
である。実はここに至るまでに、国内外を舞台とした壮絶な"だまし合い"が繰り広げられていた。
――一体どんなだまし合いがあったのですか?
佐藤 まず国内の話です。日英伊の共同開発の話が上がった際には、自民党が「外国に出さないから」と公明党を説得することで始まりました。しかし、共同開発が決まると「やはり外国に出す」という話になりました。乗った船の行き先が違うわけですよ。
――だまし合いその①は、日本国内での自民党の話。そこからどうやって、自民党は公明党を説得したんですか?
佐藤 説得していません。
――どうなっているんですか? どこかで、誰かにだまされたんですか?
佐藤 元外務次官で国家安全保障局長を務めた谷内正太郎氏の武器輸出についての考えに関して、日本経済新聞(2月29日)はこう報じています。
『現行の三原則は対象とする国や製品を厳しく制限する。谷内氏は何を禁じるかを示す「ネガティブリスト型」を基本とする必要性を強調した。問題の有り得る対象は国家安全保障会議(NSC)のもとで検討し判断するのが適当だとの考えを示した』
要するに、「なんでもありにしろ」ということです。
――谷内氏はすごく聡明で実力のある方ですよね。
佐藤 谷内氏は現在、「富士通フューチャースタディーズセンター」の理事長です。富士通が彼のために作った研究所で、年間3000万円もらっているので、今は防衛産業から利益を得る当事者です。
――だまし合いその②は、当事者なのにそうでないフリをして、考えを提示したことだと。
佐藤 そうです。国会や閣議を通さずに国家安全保障局で決めれば何でもできるということです。
――それ、戦前の統帥権の奪取に似てませんか? 天皇陛下を担ぎ出して、御裁可をいただければ、軍部はなんでもできた。
佐藤 何も知らないうちに、なんでもできるというのはあまりよくないことですよね? しかも莫大な金が動くわけです。
――それは、ちょっと待って下さいと言いたいです。
佐藤 だから、公明党が待ったをかけ、今回の設計図で作る戦闘機を売るのは2035年度以降となりました。しかし、その頃の国際環境がどうなっているか全く分かりません。
なので、一回全部、仕切り直しです。送るか送らないかはひとつひとつ、全て閣議決定します、となったのです。さらにそこには3つの条件が付けられました。
――寸前で歯止めがかけられた。日英伊三カ国共同開発から、日本は外されますね。
佐藤 その辺りも、この三国で共同開発すると決めたのは、日米同盟が盤石だから大丈夫だっていうことですよね?
――はい。
佐藤 でも、米国以外とやるのは初めてですからね。だから、これは「やっぱり」と思うんですよ。
――やっぱりとは?
佐藤 日本としては抑止目的だから、F3は空対空能力を中心に作ることを希望しています。しかし、英国は攻撃のために作っているから、空対地能力を付与したいわけです。それで、どちらが売れるかによって設計図も変わってきます。
――空対空と空対地の両方の性能を持ったマルチロール戦闘機の方が売れますよ。
佐藤 しかし、日本は空対地をやりたくないわけです。だから、このせめぎ合いを見ただけでも、私は日本が最初からだまされていたと思いますよ。
――日本はどこにだまされているんですか?
佐藤 英国です。
――だまし合いその③は最初の英国から......。すさまじい戦いです。
佐藤 このF3の契約では、引き渡し価格が150億円ですよね。
――昨年9月の報道によると、ルーマニアがF35ステルス戦闘機32機を米国から購入したといいます。その1機当たりの価格は303億円です。それに比べれば安いです。
佐藤 だから、今は一機300億円を超えています。最終的には500億円近くになっても私は驚きません。
――爆上がりですね。
佐藤 この日英伊三カ国共同開発では日本が一番、技術と金を持っています。英国は金も何もありません。だけど、頭がいい。もし日本が中心ならば、開発本部は日本に置けばよいのに、実際は英国のロンドンになっている。だから、英国に日本はいいように使われています。
――さすが大英帝国!!
佐藤 日本にはかつて、次期支援戦闘機・FSXを国内生産する計画がありました。これは、手嶋龍一さんの『たそがれゆく日米同盟 ニッポンFSXを撃て』(新潮社)に詳しく書いてあります。
――読みました。
佐藤 その計画は失敗に終わるわけですが、ひどい話ですよ。結局、日本が国産戦闘機を作ろうとしたら、絶対に作らせてくれないんですから。
――敗戦国の掟がまだ蔓延(はびこ)っている。
佐藤 はい。そして、今回の日英伊三カ国共同計画はバイデン政権下でまとまっています。しかし、トランプが来たらどうなると思いますか? トラさんの関心は「雇用」ですよ。
――トラさんは、なんかすごいことを言いそうですね。
佐藤 多分ね、こう言います。「こんな計画があるの知らねえぞ。それで米国の雇用は、このF3でどれくらい増えるんだ?」
――「ゼロです」と正直な岸田首相はお答えになります。
佐藤 すると、トラさんは「米国で作れよ」となりますよね?
――F3の日本国産はなくなる。
佐藤 そして畳みかけるように「日英伊三カ国共同開発なんてチャラにしろ。じゃあ、米国とやろうぜ」となるでしょう。
――"アメリカグレートアゲインF3"になってしまう。すると、今回の日英伊三カ国共同開発は、米英の間で話がついていたのですか?
佐藤 ついていません。米国が弱まってできた隙間を突いて、英国がやっているだけです。
――抜け目のない大英帝国です。
佐藤 ただ、実力がありませんからね。
――だまされた日本はFSXも含めて、3回目の敗戦ですね。
佐藤 考えてみてください。もし米国が強かったら、こんな枠組みを許すと思いますか?
――米国は許さないですよ。昔、FSXを潰して、共同開発にしたんですから。
佐藤 英国が、揉み手摺(す)り手で「このところ日米同盟は軟弱です。そこでジュニア同盟同士、日英で戦闘機を作ってよろしいですか?」なんて聞いて、米国が「おお、いいよ」と言うでしょうか?
――言わないですよね。これはダブルスタンダード=二枚舌を越える、トリプルスタンダード=三枚舌です。
佐藤 2035年の国際情勢なんて分かりません。下手すれば、欧州戦争から第三次世界大戦が始まっている可能性もあります。そうしたら、ヨーロッパなんかとの戦闘機共同開発自体がチャラになりますよね。
次回へ続く。次回の配信は2024年5月3日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。