「もしトラ」(もしもトランプが米大統領に再選されたら)に備えて、麻生元首相がトランプに会いに行った[トランプ氏陣営提供](写真:時事) 「もしトラ」(もしもトランプが米大統領に再選されたら)に備えて、麻生元首相がトランプに会いに行った[トランプ氏陣営提供](写真:時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

――このところのトランプの動きがすごいです。トランプ自身で聖書の特別版を販売しているとのことです。これは普通の聖書と同じものなのですか?

佐藤 これがその実物です。B5判くらいで全417ページ、表紙には星条旗が描かれています。

――報道によると、合衆国憲法と、独立宣言が追加された特別版で価格59.99ドル。そして、英語が欽定訳聖書のもの(※)。これ、今の米国人は読めるのですか? 

※国王の命令によって翻訳された聖書のこと。多くは1611年刊行の英訳聖書を指す

佐藤 ビルグリム・ファーザーズ(※)が読んでいた、1611年版の訳書ですね。 

※1620年にイギリスからアメリカに移民した102人のピューリタンたち

――「you」が、「thou(ザウ)」になっているんですよね?

佐藤 そうです。「Our Father who art in heaven」(天にましますわれらの神よ)とか、現代英語とは違います。

――自分が大学一年の時に、慶応大のシェイクスピア劇研で『オセロ』を古代英語で上演したのですが、その時は数か月、16世紀の英国を旅している雰囲気でした(笑)。

佐藤 でも、あの頃の英語は文字と発音が対応していますよね。

――確かに。

佐藤 やっぱりトランプはたいしたものです。その辺りで支持層を拡大させようと考えているんですからね。

――どうやって古代英語で支持を拡大するのですか?

佐藤 LGBTQの人々や、家庭的な価値の崩壊が少し行き過ぎではないかと思っている米国の白人中産階級の人たちですよ。「米国はもっと家族をベースにして成り立った国である」というキリスト教的な価値観を問うているのだと思います。そして、今の「なんでもあり」のような状況はちょっと違う、と思っている人たちの支持を得られますよね。

――それは、米国の郊外に住んでいる白人たちに突き刺さるのですか?

佐藤 そう、そこを狙っているわけです。トランプはその辺りが比較的弱いと言われていますからね。

――やはりトランプは、そういう所に天才的な勘がはたらく。

佐藤 そう思います。

――そんなトランプに、麻生元首相がNYまで会いに行きました。結局会えました!

佐藤 トランプから見て明らかに価値がある人ならば、会います。トランプ氏の友人だった安倍晋三氏の友人と称する麻生さんと人脈を作ることが、プラスだと判断したのでしょう。

――なるほど。トランプは今、NYの裁判所に週4日行かないとならない立場ですからね。でも、麻生元首相はなんとか会えた。

佐藤 はい。

■9兆円のウクライナ予算

――4月12日、フロリダにある別荘「マー・ア・ラゴ」に滞在中のトランプを、米国下院議長マイク・ジョンソン(共和党)が訪問しました。そこで、ジョンソン下院議長が反対していたウクライナ支援予算約9兆円を認めたんですが、これはどう見ていらっしゃいますか?

佐藤 要するに内政的に認めないといけないからです。CIA長官もウクライナは年内に負けると言っています。ウクライナは負けますが、下院議長としては自分のせいで負けたことにしたくありません。そしてまたトランプ自身も、負けた理由になるのは嫌ですよね。それだけの話です。「ふーん、やりたいことやったら」ということです。

――ひとつの国の敗戦が「ふーん」くらいのレベルなんですか?

佐藤 そうです。トランプにとっては「こっちにウンコを擦り付けないで」という話ですから。

――なんだか、小学生レベルの話でありますが......。でもこれで、ウクライナは勝てますか?

佐藤 焼け石に水ですよ。そもそも、構図は変っていません。最初から言っているように、この戦争で米国はウクライナに勝たせる気はないわけです。

――出発点がそこですからね。

佐藤 ウクライナが勝つには、クリミア半島を落さないとなりません。しかし、ロシアはそこを落せば「核を使う」と言っています。

――最初からロシアはそう言っていますからね。

佐藤 つまり、核戦争を覚悟しないといけないわけです。しかしその覚悟が米国には出来ていません。すると、クリミアのセバストポリ軍港すらも攻められません。ましてや、モスクワ、サンクトペテルブルグにダメージを与えることは不可能です。

だから私は、最初からウクライナは勝てないと言っているのです。米国の目標は、ウクライナを使ってロシアを弱体化させることですからね。

――なるほど。

佐藤 その勝てない戦争にどこまで付き合うか? その間にもウクライナ人がどんどん死んでいってしまうわけですよ。朝日新聞はロシアの戦死者を5万人と報じていましたよね?

――はい、5万人です。

佐藤 しかし、ゼレンスキーは2月にその数を13万人と発表しています。どっちが正しいかは分かりません。積算根拠がないためです。特にゼレンスキーの言っていることにはまったく確証がありませんから。

――すると、トランプの言ったかもしれない「ふーん」というくらいの態度が正しいのですね。

佐藤 それは正しいです。トランプはこの戦争をやめるつもりですから。

――やめようとしているトランプが、負ける理由のひとつで悪者にはされたくない。

佐藤 そうです。だから9兆円の支援予算についても「どうぞ御随意に。俺が今、政権に就いているわけじゃないので」となるわけです。

――だから、「ふーん」なんですね。

佐藤 その通りです。

次回へ続く。次回の配信は2024年5月10日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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