佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――4月8日から14日まで岸田首相が訪米しました。このことをどうご覧になられますか?
佐藤 議会演説と日米首脳共同声明では内容が違いますよね。
――それはなぜですか?
佐藤 議会演説では、価値観と民主主義に関することを主軸に話しました。日本と米国、両方の国内世論を読みつつ演説するので、日米両国の内政を見ています。
それから、議会演説というのは一方的な行為なので、外交においてはあまり重要でありません。外交の世界は双方合意が基本ですから。なので、議会演説は、何を言ったって構わないんです。合意しているわけではないのですから。
――なるほど。
佐藤 だから、「アメリカと共にある」と発言していようとも、「地球の裏側までいくのか?」といったら絶対に行かないですよね?
――行きません。
佐藤 そういう意味では、あの議会演説は大ボラ演説です。ただ、議会演説はホラを吹いても構わないんですよ。
――演説が終わって、とにかくみんなが立ち上がって拍手。スタンディングオベーションになればいい。そして、双方の国内で「上手くいきました」と丸く収まる。
佐藤 そうです。その意味では目的に沿って、合理的にちゃんとやったということです。
――首相官邸HPにその演説は全文掲載されています(米国連邦議会上下両院合同会議における岸田内閣総理大臣演説)。読んでみると佐藤さんがおっしゃった通りです。一方で、佐藤さんは共同声明の方はきちんと評価されている。
佐藤 共同声明ではまったく民主主義や価値観に触れていません。
――外務省HPにその仮訳も掲載されていますが、確かにそれには言及していません。
佐藤 それから、秋葉剛男国家安全保障局長が言うように、日本の意図は「抑止力を付与して、権威主義国家と交渉をしていく」ことですから、今回の共同声明は非常に良いものです。
――秋葉局長がワシントンポスト(4月7日)に寄稿した内容ですね。
佐藤 そうです。イデオロギーで中国や北朝鮮、ロシアを包囲するのではなく、日本は日本として軍事力を強化する。そして、それを背景に戦争が起きないように持っていくということですから、非常に戦略的に良い外交です。
――同時に、日本国憲法を越えた一文は、ひと言もないのですよね。
佐藤 全くありません。
――すると、秋葉さんはすごい人なんですか?
佐藤 すごい人です。秋葉さんは安倍さんの時代から外務事務次官を務めていましたが、知恵があります。なので、やはりこの共同声明は秋葉氏が関わっていると思いますよ。
――以前の連載(『日英伊共同開発「F3戦闘機」を巡る壮絶なだまし合い』)に登場した谷内正太郎氏(元国家安全保障局長)は、すごい人物だったが金で地に落ちてしまった、と。「富士通フューチャースタディーズセンター」の理事長という当事者の立場でありながら、日経新聞で武器輸出の原則全面解禁を訴えていましたからね。
佐藤 そういうことです。やはり、軍事産業から金をもらっている人間が、自分の利益のためにああいうことを言ってはならないんですよ。
――秋葉さんは将来、そうなりますか?
佐藤 秋葉氏はそういうタイプではないでしょう。
――本当に違うんですか?
佐藤 私は違うと見ています。おそらく、大学の客員教授になって、若者の教育に従事するのではないでしょうか。
――なるほど。
佐藤 それから、谷内さんについては、国家の一大事だからといって日経新聞で仰々しいことを言わずに、「富士通総研の代表」や「自分の所属団体の利益代表をしている」と言えば分かりやすかったんですよ。
――あの記事は、なんだか自分が正義の味方で、素顔を晒(さら)してないバットマンみたいでした。
佐藤 それが良くないわけです。要するに自分の利益があって、利益のために主張しているのであれば、それは誰も咎(とが)めません。誰しもご飯を食べていかないといけませんから。
しかし、価値中立的な立場で大所高所から"国益のために言っている"というのが、特に軍産複合体絡みではダメです。なぜなら、兆単位の金が動くからです。軍事産業にとって3~5億円なんてチップみたいなもので、いくらでも金が動きます。
過去の日本の歴史を見たって、防衛産業の航空機納入なんて汚職のデパートのようになっていますよね。それは当たり前です。兵器なんて価格があって無いようものですから。小峯さんも詳しいように......。
――時価のようでもあり、雰囲気価格でもありますよね。
佐藤 だから、利害関係があるかどうかをはっきりさせて「私の利害もありますけどね」と言わないと、モラルとして良くありません。人間の認識は自分の利益で曲がる、あるいは自分の利益で曲がっていないとおかしいですよね。
――はい。
佐藤 だから、谷内氏がそういう自分たちの都合を隠して、国士や国益のためだと言っていることに、私は違和感を覚えているのです。
一言伝えたいですよね。「今までメディアに出ていないけど、それは違うだろ。自分のスポンサーとの関係で出ざるを得ないんだろう?」とね。
――まさにその通りです。
佐藤 やっぱり、巨額の金が動くところには、国民の監視の目をちゃんと向けておかないとなりません。
――話は戻りますけど、訪米した岸田首相は素晴らしい良い仕事をしていると思います。しかし、どこもあの訪米を大して評価していませんよね。
佐藤 記者たちのレベルが低くなっているんですよ。共同声明の文章をちゃんと読んでないので、分かっていないのでしょう。朝日新聞の解説を読んでも、米国専門の記者が「議会演説で果たして地球の裏まで行くのだろうか? こういったことを言って大丈夫なのか? 受けはよかったけど」というような内容を書いていました。議会演説は宣伝文であることを理解していないんです。
――いつも勇ましい反対意見を言っている野党と書いてあることは同じと。
佐藤 そういうことです。野党というか、産経系も同じ感じでした。「これじゃあ、足りないんじゃないか」とね。
――産経は立ち位置が、朝日と正反対の勇ましい立場にいらっしゃいますから......。
次回へ続く。次回の配信は2024年5月17日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。