佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――最近、イランのラジオ兼ウエブサイト「Pars Today」で、『なぜ日本政府は米・イスラエルを恐れるのか? 偉大でも圧力にさらされる国民』との論評が出ました。佐藤さんもコラムで触れていましたが、イランはなぜ、日本に対する態度を変えたのですか?
佐藤 米国が弱ってきたので、イランは今まで言いたかったことを言い始めたんですよ。
米国との関係からも、日本とはつながっておかないといけない局面がありました。そのため、どんなことがあっても"友達"という形をとっていましたが、今までのゲームにルール変更が起きたわけです。
「やられたらやり返す」が相互主義の外交の基本ですが、イラン国内では今までは、イスラエルにやられたことに関して反撃は出来ませんでした。なぜならば、イスラエルと米国が強いからです。しかし、昨今では反撃出来るようになりましたよね?
――そりゃもう、イランはイスラエルに無人機・巡航ミサイル、弾頭ミサイル計300発以上を滅多撃ちでございます。
佐藤 それに合わせて、これまでは米国に対する配慮から言わなかったことを、日本にも言うようになったのです。
――イスラエルには無人機と各種ミサイルが、日本には言論が飛来したわけですね。
佐藤 だから、全ての物語を貫くポイントは、米国が弱くなっているということなんですよ。
――なるほど。
佐藤 そして、今回のイランとイスラエルの話は大した話ではありません。お互いに「軍事目標主義」で、ゲームのルールを確立しているからです。要するに両国がやっているのは、堅気には迷惑を掛けず、組員の中だけでやる暴力団同士の抗争です。
――なるほど! 「ええか、チャカを弾(はじ)いても、組員と組事務所以外の一般の堅気の方々に当てたらアカンで」という喧嘩をしているんですね。
佐藤 その世界でやっている"仁義ある戦い"なので、民間人を巻き添えにせず、決められた範囲でやっています。
――「仁義なき戦い」ではないと。
佐藤 そうです。堅気の方々には影響がありません。だから、大した話じゃないということです。大戦争というのは堅気の人たちも巻き込むことですからね。その辺りの理解が日本のメディアは本当に弱いんですよ。
――ゲームのルールに従って、ゲームをやっているだけと。
佐藤 その通りです。そして、今まで歪んでいたゲームが本来のゲームに戻ったのは、米国が弱くなったことが背景となります。
――ということは、暴力団抗争の回路で考えると、極東、東アジアにおいても、シマの線引き、すなわち縄張りの縄の張ってある範囲が変わるのですか?
佐藤 変わります。もう米国だけでは極東、東アジアを抑えることが出来ません。インド太平洋というのは、かつての大東亜共栄圏と重なりますよね?
――はい。大日本帝国が最も強かった頃に作ろうとした縄張りであります。
佐藤 だから、シン大東亜共栄圏は米国と日本でやっていく、そういう話になり始めています。指揮権に関して、共通の部分を増やしていくことになります。メディアではこれに対して「対米従属が深まっている」という指摘がありますが、それは大きな間違いです。
――いつもの新聞の決め台詞ではないのですか?
佐藤 違います。今までは指揮権に日本は関わっていませんでした。「教えた通りにやれ」と、言われたことを実行するだけだったわけです。しかしそこに対して、今度は参画できるわけですよ。だから、日米同盟の構図としては、日本が「ジュニアパートナー」になります。これは仏伊独も皆そうです。
そして、ジュニアパートナーというのは、主権の一部をシニアパートナーに譲り渡す役目です。それが、周囲の条件では国益の極大化になります。だから、譲り渡す部分は変化するのですが、今回は譲り渡している部分が減り、日本に反撃能力がある状態になるわけです。
例えば、トマホークなど色んなモノを持つことになりますが、つまりそれは、日本が自分の判断で攻撃能力を行使できるようになったことを意味します。今まではその権限がなかったわけですから、日本の主権は増えていますよね。
――はい、増えてます。
佐藤 なぜ、日本のメディアはそういうことが読めていないのか、これも不思議ですよね。
――確かに。国力が弱くなると色々なことが変わってきます。
佐藤 例えば北朝鮮なんて、全く米国との関係で嘘つかないじゃないですか。
――それはないでしょう。北は全てが欺瞞と嘘に塗(まみ)れています。
佐藤 それは違います。嘘をつかないというのは、弱くなったのではなく、強くなったからです。
――北が強く?
佐藤 トランプと「やらない」と約束したICBM(長距離弾道ミサイル)と核の実験はしていませんよね?
――あっ、確かに。ミサイル「火星18号」をロフテッド軌道(垂直に近い角度で打ち上げて同角度で落下する)で打ち上げてますが、あれは実際に米国東海岸まで届くかどうかの実験にはなりませんからね。
佐藤 そうそう。だから、撃っているのは全て、米国まで届かない中距離弾道ミサイルと巡航ミサイルです。それから、核実験をしないというトランプとの約束も守っています。
――それは、北がどんどん強くなっている証(あかし)なんですか?
佐藤 そうです。北は強くなっているから、そうしている。米国ときちんとした形でゲームをやりたいから、北は約束を破らないのです。
――すると、もしトランプが米大統領に返り咲いたら、極東訪問は北朝鮮、韓国、最後に日本、の順番になるかもしれないですね。
佐藤 そうかもしれませんね。だから、全ては「米国組」という広域暴力団の縄張りが狭まってることで起きている連鎖なんです。
――ものすごい繋がり方をしている鎖であります。
佐藤 しかし、それを日本の新聞は読めていません。
――それはなぜですか?
佐藤 論理的な思考が出来ていないからです。ステレオタイプから抜け出せてないんじゃないですかね。
次回へ続く。次回の配信は2024年5月24日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。