「ヘイヘイヘ~イ!」。人を食ったような掛け声で、選挙妨害を繰り返したつばさの党幹部が逮捕された。警視庁が異例の逮捕に踏み切った裏には、憲法で保障された「表現の自由」の侵害に苦慮しながらも、メディア戦略によって組織としてメンツを保持しようとする姿が透けて見えた。
■標的に徹底的な罵声
前代未聞の選挙妨害は、衆院東京15区補選の告示日から始まった。4月16日、JR亀戸駅前で行われた候補者で作家の乙武洋匡氏の出陣式となる街頭演説には、支援する小池百合子都知事や国民民主党の玉木雄一郎代表も詰め掛けて華々しいスタートを切る、はずだった。
これらの面々が上った選挙カーを取り囲んだのが、つばさの党の黒川敦彦代表(45)や、自らも出馬した根本良輔幹事長(29)らだった。
「5股不倫乙武! 5股を説明しろ」
「カイロ大学の卒業証書出せ、小池嘘つき」
「自分の延命のためだろ、玉木」
時に電話ボックスに上りながら拡声器を使って悪罵の限りを尽くし、また、つばさの党の選挙カーがクラクションを鳴らす。眼前の脅威を黙殺するべく平静を装う乙武氏や小池知事らの演説をかき消した。
■警察署内でノートぶん投げ
ターゲットは立憲民主党や日本維新の会、参政党、日本保守党の候補者や陣営にも拡大されていく。応援に入った国会議員らに「凸」「カチコミ」と称して押し迫ったり、「カーチェイス」と開き直って相手陣営の選挙カーを連日追いかけまわした。
早速、4月18日に所轄の警察署から警告を受けた際には、つばさの党側は撮影動画をYouTubeで生配信。候補者としての選挙演説の一環であることを踏まえて「表現の自由」だと抗し、果てには黒川氏が
「次は逮捕か。ふざけるな」
と手にしていたノートを投げつけた。翌日には庁舎前で街宣を行い、警察の行為を小池知事の意を汲んだ選挙妨害とみなして弾劾し、対決姿勢を鮮明にした。
選挙戦中盤からは、黒川氏が自作した「ヘイヘイヘイ」という少年野球のヤジを連想させるような掛け声を織り交ぜたアカペラ歌謡で、対立候補を「モラハラ鬼畜サイコパス」「売国奴」「カルト」などと罵倒した。
また、選挙期間中にも関わらず、黒川氏と根本氏は6月20日告示の都知事選への出馬を表明した。こうした模様は、YouTubeやSNSで拡散されて世間の関心を集め、手をこまねく警察への批判も一部で沸き起こった。
■選挙情勢を一変
混乱に包まれた選挙戦は、28日の投開票で立憲民主党公認候補の大勝で終わり、根本氏の得票は1110票で候補者9人のうち最下位となった。この結果について、都政関係者は次のように解説する。
「つばさの党から過去の不倫問題や離婚について特別に激しい追及を食らった乙武氏は、小池氏の都民ファーストや国民民主の支援を受けたが、結党から1年足らずで組織力の乏しい日本保守党の候補よりも下の5位に沈んだ。
『5股不倫』との執拗な追及に、『前提条件が違う』と気色ばんだシーンも動画に残されて印象を悪化させた。確かに、同時進行で5人の不倫相手と関係を持ったわけではないし、もしそうなら当時の妻を含めて6股になるわけだが、問題の本質はそこではないでしょ。
一方で、攻撃を受けなかった元格闘家の須藤元気氏は2位に食い込んだ。根本氏はビリだったとはいえ、"ヘイヘイヘイ"効果は確実に現れていた」(都政関係者)
■タレント宅前街宣で警察は本気に
注目は、翌29日の警察の動向だった。
通常、警察の選挙違反捜査は選挙期間中に証拠を固めて、証拠隠滅を防ぐために投開票翌日の朝とともに摘発に入るのが常道であるので、着手があるのではないかという観測がメディアや陣営関係者の間で流れた。
しかし、結果は何事もなく、高をくくったつばさの党は5月に入ると、テレビ番組で批判的なコメントをしたタレントの田村淳や、日本保守党関係者の自宅前で抗議街宣を行い、都知事選をにらんで活動を継続させていく。この間の警察の動向について、全国紙社会部デスクが解説する。
「警視庁にとっては摘発の際に、表現の自由の侵害や政治弾圧という批判を浴びせられかねないことが障壁となっていたし、また、候補者やその陣営による選挙妨害容疑での立件の前例がなかったことから事件化には慎重でした。
幸い、動画で証拠は残っているので、拙速に進める必要はなかった。ただ、民主主義の根幹である選挙が妨害されるという重大な問題で模倣犯を生む恐れがあったことや、政治家ではない田村淳の自宅前でつばさの党が街宣を行い、活動を先鋭化していったことから、メディアの論調に細心の注意を配りながら立件へとかじを切って行きました」(全国紙社会部デスク)
■メディア引き連れガサ
事態が大きく動いたのが、5月13日。東京都千代田区にあるつばさの党の事務所や、黒川、根本氏の自宅に警視庁捜査二課の家宅捜索が入った。これに対し、つばさの党は同日夕に小池知事の自宅前で街宣を行い、その後も、桜田門の警視庁本部庁舎前で、「警視庁、小池の犬! ヘイヘイヘイ」と抗議した。
だが、この時点では、警察の着手は目の前に迫っていた。
「二課によるガサは、事前に新聞・テレビ各社が知るところとなり、カメラが待ち受ける中で行われました。二課がカメラの前で大々的にガサを売って、結局立件しないということはメンツが潰れるので絶対ない。
すでに公選法違反での逮捕を決めていて、立件に至った際に政治弾圧といった批判をかわすため、各メディアに恩を売るために情報を流したということです。そもそも、13日のガサの時点で黒川氏らを逮捕できたが、ワンクッション置いたのは、メディアや世論の動向を見極める狙いだったとみられます」(前出社会部デスク)
■人権派・朝日に配慮か
そして16日には朝日新聞が朝刊で、黒川氏ら3人の立件を検討していると特ダネを打った。これにも、警視庁の戦略があると前出社会部デスクは語る。
「逮捕が確実視される中、どこの社も取材攻勢を強めていた。そして、とりわけ人権や公権力の政治への介入にうるさい朝日をのちのち黙らせるために、敢えて立件が近いことをリークしたと警視庁担当記者は語っています」(前出社会部デスク)
そして、17日朝に黒川氏と根本氏、運動員の杉田勇人氏(39)の逮捕へと至った。今後の焦点は、黒川氏らが保釈等で都知事選までに社会に復帰し、また「ヘイヘイヘ~イ」と選挙活動を行うかどうかだが...。
「今回の逮捕は、彼らを都知事選においてシャバで選挙活動させず、『警察は生ぬるい』といった批判を候補者や社会から避ける狙いも含まれていることでしょう。補選に出馬した候補者や陣営から被害供述の調書を取ったり、動画の提供を受けているので、再逮捕で拘留を続けることでしょう。
もちろん、有罪が確定していないので黒川氏らの出馬は可能ですが、街宣を行えなければ手足をもがれたも同然です」(前出社会部デスク)
裏金問題や経歴詐称などによる政治不信が渦巻く日本社会で、あだ花となったつばさの党。彼らが獄中から翼をはためかせて都知事選に登場することは不可能な情勢であろう。