安芸高田市の石丸伸二市長が東京都知事選(6月20日告示、7月7日投開票)に挑戦する。Xでの歯に衣着せぬ発言やYouTubeでの動画が拡散され知名度を高めた彼だが、そもそも同市でどんな政策を実施し、地元ではどんな評判なのか。
政治家としての資質を見定めるために、現地で徹底聞き込みを実施! この人、ネット人気を差し引いても実は、かなり期待できるかも?
■古参議員を喝破する動画が拡散
広島県安芸高田市出身の石丸伸二市長は、元銀行マンだ。三菱UFJ銀行の経営調査室で2年勤務した後、ニューヨーク支社では為替アナリストとして活躍した。
そのキャリアを捨て、故郷の市長選に出馬したのは2020年7月。前年の参院選に絡む大規模買収事件で、現金を受け取っていた当時の市長が辞職、その後任を決める選挙だった。
当選後、石丸市長が知名度を上げるきっかけになったのが、ツイッター(現X)だ。市長就任から約2ヵ月後の議会で、市長の答弁中に寝ている議員がいた際にはこうつぶやいた。
【いびきをかいて、ゆうに30分は居眠りをする議員が1名】
後日、全議員が集まる非公開の場に呼び出された石丸市長は、その席でのやりとりも赤裸々につぶやいている。
【敵に回すなら政策に反対するぞ、と説得?恫喝?あり】
こうして決定的となった議会との対立は市政を停滞させた。市長が「市政改革の要」と肝いりで進めた副市長人事案では、約4000人から元大手商社社員の30代の女性を選んだが、議会では「内定者の人物像がよくわからない」と反対多数で否決されるなど、さまざまな政策がたびたび議会の反発で潰された。
だが、議会や会見の多くは市の公式YouTubeチャンネルにアップされ、切り抜き動画となって拡散。市長が「恥を知れ、恥を」などと古参議員を喝破する姿がウケて、100万回以上の再生数を誇る動画を多数生み出した。
そんな"バズ市長"が安芸高田市長を辞して、都知事選に挑戦することを表明したのは、5月17日のことだった。
では、ネット人気を差し引いて見た、石丸市長の政治家としての実力はいかなるものだろうか? 安芸高田市で現地調査をしてみた。
■財政再建で手腕を発揮
人口2万6000人余りの安芸高田市は、広島県北部の山あいにある町だ。今年3月には市内に8小学校があるうちの1校が閉校。少子化が進むこの町では、財政状況も著しく悪化していた。
市長就任前の19年度の同市の経常収支比率は98.2%。市の財政課の担当者によると、
「市に入ってくるお金(収入)のうち98.2%は使い道が決まっていて、自由に使えるお金は1.8%しかないという窮屈な財政状況」だったと説明する。ちなみに23年9月に「財政非常事態宣言」を出した山梨県市川三郷町の経常収支比率は98.1.%。安芸高田市の財政状況も同レベルで悪化していた。
そこで、石丸市長が着手したのが財政再建で、不採算事業や利用者が少ない公共施設を次々と廃止した。そのひとつが、09年から継続していた結婚支援事業。
市認定の結婚コーディネーターが男女の出会いをお膳立てし、成婚、出産、定住へとつなげる事業だったが、石丸市長は「結婚至上主義は有害。行政が関われば、結婚しなければならない、子供を持たなければならないという強迫観念を助長しかねません」(市議会での答弁)とバッサリ。同事業の担当課の職員が話す。
「婚活支援は全国の自治体でやってることですから、廃止と聞いたときには驚きました。ただ、数字を冷静に見ると12年間で総事業費4551万円を投じて成婚数は59組と、費用対効果は高いとはいえません。廃止は妥当だったと、今なら思えます」
さらに石丸市長らしさが出たのは田んぼアート事業の廃止だ。色の異なる稲を実らせ田んぼに巨大な絵を描く同事業は、観光振興策として浜田一義市長時代(08~20年)の17年にスタートした。
だが、当初は田んぼアートだけだったのが、「大きな展望台を造って飲食施設も併設して、と箱モノが増えていった」(地元市議)という。この市議がこう続ける。
「当時の市長はもともと土木系出身で『自分が市長のときは好きなだけカネを使う』と言っていたような方。周囲はノーと言えず、市長の言うまま事業費は億単位に膨れ上がりました。石丸市長は利権も癒着も議会の悪習も関係なく、ムダなものはムダとバッサリ斬る。われわれにはできんことです」
別の市議は「既得権益をぶっ壊す、その破壊力は抜群」と石丸市長を評した。
■石丸市長がやったのは"スクラップ"だけ
だが、記者が市内を取材して如実に感じたことは、市民は石丸派と反石丸派で割れているということ。反対派の中でも、4年前には輝かしいキャリアを持つ新星の登場に、「この町を変えてくれそう」と期待した人が多かった。
だが議会との対立が深まるにつれ、「子供じみたけんかばかりしおって」(60代男性・農家)と不満が募り、市の事業や公共施設の廃止ラッシュに憤りを覚えるようになる。
「改革にはスクラップ&ビルドが必要じゃろ。市長がやっとるのはスクラップだけじゃ。この町を潰すだけ潰して東京に? ふざけるな!と言いたい」(70代無職・元市職員)
こうした市民感情も石丸市長にとっては逆風となる。
昨年、市の新名物をつくろうと、「あきたかた焼きプロジェクト」が始動した。これは、石丸市長が「市長就任時から温めてきた」(広報誌『あきたかた』23年11月号より)という事業で、全国から作品を公募。
昨年8月、応募総数158点の中から福岡県内の飲食店が応募したものがグランプリに選ばれ、その作品をベースにしたものを「あきたかた焼き」と市は定義した。
その後、1年もたたずして「あきたかた焼き」を提供する認証店を国内外に44店舗まで増やしたのは「市長の発信力のおかげ」と担当課職員は言うが、その半面、肝心の市内では十分な協力が得られず、「認証店が3店舗しかない」のが実情だ。
担当課職員がこう話す。
「協力要請のために市内の飲食店を回って感じたのは、『市役所の言うことは聞かんよ』と石丸市政への協力をかたくなに拒む方が少なくないこと。業務を進める上では賛否がくっきり分かれているところに難しさを感じています」
■若い世代に大人気
一方、石丸市長を支持する人が多かったのは市内の子供たちだった。
「石丸市長、星5つです!」
学校帰りにコンビニにいた男子高校生(1年)は市長に満点の評価を与えた。
「『TikTok』で石丸市長の切り抜き動画がバズってることが多いので、学校でも市長のことはよく話題になります。物おじしない市長の姿はカッチョいいけど、どこか逃げ腰な高齢の議員さんたちには『そんなものだったのか』って思ってしまいます」
石丸市長が子供ウケするのには別の背景もある。
市長はこの4年間で不採算事業を廃止するなど財政改革を進め、財政悪化を食い止めることに成功。一時的ではあるが、21年度には実質単年度収支を黒字化し、前出の経常収支比率は98.2%(19年度)から11年度以降で最低値となる88.6%(21年度)まで改善、危険水域を脱した。
財政の余力が少し生まれたところで、石丸市長は自身が「未来への投資」ととらえる子供や教育の分野に予算を振り向けた。そこで、今年度から実現させたのが小中学校の給食費の無償化だ。
市によると、「子供ひとり当たりで、小学生は年間およそ5万4000円、中学生は7万円の負担軽減」となるだけに、保護者の多くは手放しで喜んだ。
教育面では、昨年から市内すべての中学・高校生に、リクルート社が運営するICT教材『スタディサプリ』を無償提供。AIが各生徒の理解度に応じた最適な課題を配信する機能があり、市内には進学塾が少ないため、「めっちゃありがたいっす!」(前出・男子高校生)と、利用する中高生には重宝されている。
ほか、石丸市長が兵庫県芦屋市の取り組みをヒントに実行した「生徒が決める100万円事業」というのもある。
これは、登録者数が全国の自治体で最多(約26.7万人)の市の公式YouTubeの収益を原資に、市内2高校の生徒会長へ応援補助金100万円を支給。使い道は生徒次第で、次世代のリーダー育成が事業目的のひとつだった。
支給先の1校は、自販機の設置などに充てるが、もう1校の向原(むかいはら)高校は音楽フェスを企画。同校でも自販機設置案が出たが、生徒会長の岸田光樹さん(3年)は音楽フェスにこだわった。
同校の生徒数は50人弱。「僕が通っていた市内の中学校の同級生で、この高校に来たのはふたりだけ」で、岸田さんも高校の存続に危機感を持っていた。
「だから今どきの中学生にムカ高(向原高校)の楽しさが伝わる音楽イベントがやりたかった」のだという。当時の校長からは「100万円は図書館の改装に使っては?」と横やりが入ったが、音楽フェスへの思いを伝えて押し切った。
「どんな相手でも自分の意見を貫き通す市長は、素直にカッコいい。自分もそうありたいです。市長がいなくなるのは残念ですが......」
そう話す岸田さんは、安芸高田市の職員になりたいそうだ。石丸イズムは次世代へ、といったところか。
■石丸市長が市民に植えつけたもの
石丸市長はこの4年間で財政の健全化を一歩進めたが、その後も「このままでは20年後に市が潰れる」と言い続けている。昨年9月には、財政のさらなるスリム化を実現すべく、向こう10年間の公共施設の廃止スケジュールを示した。
これによると、今後3年間で公営団地や保育所などが廃止され、それ以降も集会所や市役所の支所などがなくなる。同スケジュールで示された廃止施設の数は100以上に及ぶ。
これには、「どこまで潰せば気が済むんじゃ!」と憤慨する市民もいれば、「考えた張本人が町からいなくなるんじゃ、こんな計画進まんじゃろ」と鼻で笑う市民もいる。その一方で、「石丸さんが言うんじゃけ、仕方ねぇ。この町が生き残るにはそれしかないんじゃ」と真摯に受け止める市民も少なくなかった。
彼らに共通するのは市の財政状況を把握している点だ。50代の会社員の男性がこう話す。
「今のまま何もしないと施設の維持管理費が毎年30億円かかる。安芸高田市の財政規模は120億円、その4分の1が施設を維持するためだけに毎年減り続けたら、この町は潰れる。
でもスケジュールどおりに施設を廃止にしたら、維持管理費は年10億円まで圧縮できて、市の財政には大きな助けになる。石丸さんはそう言っとった。なら、私たちも覚悟を決めるしかないです」
石丸市長を支持する市民の多くは、市長が開催する財政説明会に参加している。財政課によると、説明会の開催数は21年と22年が7回、23年は3回で、各会場の来場者数の総計は約1500人。説明会の模様はYouTubeにもアップされており、視聴回数は総計で100万回を超えている。
市内外の多くの人が聞くその説明会では、「市長自ら、専門用語を噛み砕き、わかりやすく数字を示して、市の財政が今どれだけ危機的な状況にあるか、なぜ20年後に町が潰れるのか?をとうとうと説いていた」(前出・50代会社員)という。
ベテラン市議、熊高昌三氏がこう話す。
「私は、石丸市長の最大の功績は、市の財政状況をつまびらかにする説明会を地道に開催し続けることによって、多くの市民に危機感を植えつけたことにあると思っています」
もうひとり、石丸市長と酒席を共にしたことがあるという、ある安芸高田市議がこう話す。
「議会などで強い言葉で相手を詰める石丸さんには、度が過ぎていると思うときもありましたが、一緒に飲んだりしてるときの普段の姿は、気のいいあんちゃん。石丸さんは市長を演じているんですよ、無名のこの町の知名度を高めるために。
私が思うに、石丸市長が取った戦略は弱小集団の奇襲です。こんな小さな自治体の戦い方としては、それしかなかったんだと思います」
そんな市長が挑む、日本最大の自治体・東京の首長選挙。その行く末に注目したい。