JX通信社代表・米重克洋氏(左)と選挙プランナー・松田 馨氏が、有権者数1151万人、日本一の「スーパー空中戦」を徹底解剖! JX通信社代表・米重克洋氏(左)と選挙プランナー・松田 馨氏が、有権者数1151万人、日本一の「スーパー空中戦」を徹底解剖!

初の女性都知事誕生から8年、現職も最有力対抗馬も女性同士の首都決戦が始まる。先手を打って精力的に動く蓮舫氏と、鷹揚に構える小池都知事の戦いのキモを選挙のプロが語り合う!

4年に1度の首都決戦、東京都知事選挙が近づいてきた(6月20日告示、7月7日投開票)。

史上最多の40人以上が出馬を表明しているが(6月12日時点。以下同)、現時点では本命が現職の小池百合子都知事、対抗馬の一番手が「反自民・非小池」を掲げる、立憲民主党に離党届を提出した参議院議員の蓮舫氏との見方が有力だ。

そこでこれまで300以上の選挙に携わった選挙プランナーの松田 馨氏、独自の世論調査を手がけるJX通信社代表の米重克洋氏に、プロの目線から両者の選挙戦略を分析してもらった。

■なぜ都知事選では現職が強いのか?

――まず、東京都知事選というのはどんな選挙でしょうか。

米重 有権者1100万人以上の、日本最大の直接選挙です。普通の規模の選挙なら、地域を回って支持を広げていく戦い方も考えられますが、都知事選ではもともとの知名度がないと、勝負の土俵に上がることすら難しいですね。

松田 参議院の全国比例区でもトップ当選が50万票くらいですが、都知事選は200万、300万の戦い。いわば"スーパー空中戦"です。ポスティングや新聞折り込みをやっていても、砂漠に水をまいているような気分になります(笑)。

――過去の都知事選では、現職が負けたことがありません。

米重 現職が在任中に培った認知度がいかに強力かということですね。例えば鈴木俊一元都知事(在任1979~95年、当選4回)の最後の選挙では、自民党の小沢一郎幹事長(当時)が立てた候補と戦って勝利しています。

松田 有権者に深刻な不満がないことも大きい。私は年中いろんな地域で選挙をやっていますが、現職に新人が勝ちやすい状況って「閉塞感」なんです。人口が減った、税収が減った、借金が増えた......そういう状況があると、変化の必要性を訴えやすい。

米重 その点、東京都は今も人口が増え続けていて、経済成長の果実を再分配する政治が十分に成立します。そこがほかの自治体とは違う現職都知事の強みですね。

JX通信社代表・米重克洋氏 JX通信社代表・米重克洋氏

松田 もちろん、一部では格差が拡大しているという現実はあるでしょうが、全体として生活満足度が高い。だから、23区の区長選挙も新人がなかなか勝てないんです。

――その中で現職とまともに戦える候補の条件とは?

米重 やはり現職に並ぶ知名度。これが大・大前提です。

松田 これがないと、マスコミの期待が集まらない。その点、蓮舫さんの知名度は抜群ですし、先手を打って早めに出馬表明を仕掛けたことは良かったと思います。

選挙プランナー・松田 馨氏 選挙プランナー・松田 馨氏

米重 テレビに出る露出のタイミングもうまくつくれた感じがしましたね。

松田 ただ、少なくとも小池さんが出馬表明するまでの蓮舫陣営の発信は、もともと小池さんを嫌いな人が喜ぶような話が中心でした。

都知事選は有権者が1151万人いて、仮に投票率が55%なら270万票前後は取らないと勝てない。前回の参院選東京選挙区では立憲民主党と共産党の全得票数が170万強でしたから、立憲・共産票だけでは全然足りませんが、その先の戦略がまだ見えない。

■「小池のケーキ」を削らないと勝てない

米重 JX通信社の5月18、19日の調査では、小池知事を「支持する」「支持しない」「どちらともいえない」がそれぞれ3分の1ずつくらいでしたが、「どちらともいえない」の中には、強い不満はなくて「支持する」にギリギリ入れてもいいくらいの人が多い。

この数字からも明らかに言えることは、蓮舫さんは「小池不支持層」を固めるだけでは勝てないということです。

つまり、選挙に行く人全体をケーキに見立てると、現時点では半分くらいは小池さんが食べる可能性が濃厚で、残りをほかの候補で分ける構図になってしまう。勝つためには小池さんのケーキを一部取りにいかないといけない。

松田 だからこそ、公約・政策を「小池さんと同時に出す」としたのは悪手だったと思います。確かに地方の選挙などでは、新人が発表した目玉政策を現職が丸パクリして潰しにかかるケースがありますが、このタイミングで小池さんがそれをやるはずがない。挑戦者は先に仕掛けないといけないと思うんですが。

「排除発言」での国政進出失敗、コロナ禍、東京五輪など山あり谷ありの2期8年を乗り切った小池都知事。子育て・教育分野に潤沢な財政を投資し、女性や子育て世代の支持が厚い 「排除発言」での国政進出失敗、コロナ禍、東京五輪など山あり谷ありの2期8年を乗り切った小池都知事。子育て・教育分野に潤沢な財政を投資し、女性や子育て世代の支持が厚い

――一方で、小池知事は5月29日に出馬表明をするとの報道もありましたが、結局6月12日まで引っ張りました。

米重 これからの政策をアピールするというよりも、これまでの実績を問われる現職がわざわざ先に手を挙げるメリットはないと思います。

松田 そもそも、5月29日に本当に表明しようとしていたかどうかも疑わしいですよ。都知事や総理大臣クラスの政治家になると、周囲にいろんな思惑を持つ人たちがいる。

自民党都連が小池さんを支援するかどうかの話にしても、もともと都庁の中には、小池さんより自民党都連に近い人たちがいるんです。さまざまな人がそれぞれの思惑で記者にリークをしているので、実際になってみないと何が本当かはわからないですよね。

――結局、小池さんは自民や公明の「推薦」は受けず、蓮舫さんも立憲を離党して無所属の立場で戦うようです。

米重 東京は特に無党派層が多く、政党ラベルがプラスに働かないので、政党色を薄めるのは定石ですね。

松田 それに小池さんは現職ですから、都知事選と同時に行なわれる都議補選、来年の都議選、そして当選後の議会運営のことも当然考えているでしょう。特定政党との距離感によって、次の選挙や議会との関係が難しくなることもありますから。

米重 23区の区長選も基本的にはそうですよね。先日の港区長選では新人の清家愛さんが現職を破りましたが、選挙戦の途中で共産色がつきそうになって、慌てて打ち消していた印象でした。

松田 候補者心理として、誰であれ応援してくれるのはもちろんありがたいのですが、自主的な支援がマイナスになることもあって難しいんですよね。

■ダークホースはYouTuber市長

――やはり蓮舫さんは、いかに政党ラベルを薄められるかがひとつのカギになると。

米重 「非小池」にとどまらず、積極的に自分を選んでもらう理由を提示する必要がありますよね。

松田 そこで何を打ち出すかが難しい。小池さんは最初の都知事選から一貫して女性の支持が高い。東京の有権者は女性のほうが数が多く、投票率も高いんです。

米重 しかも待機児童の減少など、子育て世代を意識した政策もものすごくやってきている。

松田 やりたい放題だった都議会の既得権にも相当メスを入れ、予算編成なども小池カラーに変わったと思いますね。ただ、8年たって都民からすると新鮮味がなくなってきた面はあります。

5月27日に都知事選出馬を表明して以降、精力的にアピールを続ける蓮舫氏。東京選挙区選出の参院議員を4期務め、今年は政治家になって20年の節目 5月27日に都知事選出馬を表明して以降、精力的にアピールを続ける蓮舫氏。東京選挙区選出の参院議員を4期務め、今年は政治家になって20年の節目

米重 それは調査でも出ています。小池都政が「続くのが望ましい」と答えた人が24%に対して、「交代したほうがいい」は42%でした。

松田 小池さんにとっては怖いデータですね。「もっといい人がいれば」というニュアンスではあるにしても。

米重 新人が争点設定するに値するテーマは何かと考えてみると、例えば最近は「物価高」への問題意識が、どこでどんな調査をしてもものすごく高いです。必ずしも都道府県政マターの話ではありませんが、とはいえ東京都レベルの財政規模ならできることはあるかもしれません。

松田 それと、私は石丸伸二さん(前安芸高田市長)にも注目しています。N国、参政党、ガーシー......過去の選挙を見ると、YouTubeで再生数がある人は集票力があるんですよ。

米重 4月の衆院東京15区補選もそうでした。日本保守党の飯山陽さんが得票率14%(4位)という結果を残しましたが、この数字は選挙前時点の調査結果とほぼ同じ。つまり選挙活動で票が増えたのではなく、もともとこれだけの人が支持していたんです。

広島県安芸高田市の前市長、石丸伸二氏も注目候補。市長退任日のYouTube生配信では多額のスパチャが投げ込まれた 広島県安芸高田市の前市長、石丸伸二氏も注目候補。市長退任日のYouTube生配信では多額のスパチャが投げ込まれた

松田 石丸さんは市議会との全面対決で人気を博したわけですが、あれが本当に市政のためになったかについては批判も多い。特に、他自治体で議会を尊重しながら必死に政策を実現している若手首長たちからの評価は低いですね。それに正直、都内での知名度はまだ全然足りません。

しかし、それにしてもYouTubeを見ている人の支持率はすごい。自分の体感でも、普段は全然政治の話をしない知人から「石丸さんってどうなの?」と聞かれることが何度もありました。

米重 接触媒体による政治意識の違いは明らかに広がっています。われわれの調査でも、政治や社会に関する情報源としてテレビを使う人と、YouTubeを使う人とでは、小池知事の支持率が如実に異なりました(テレビの人は支持が高く、YouTubeの人は支持が低い)。

松田 さらに注目なのが、"選挙の神様"と呼ばれる選挙コンサルタントのF氏が石丸陣営に入るとか。

米重 え、そうなんですか!

松田 もし蓮舫さんと競るようなら大金星ですし、そうでなくても得票率10%、あるいは70万票を超えれば大健闘です。前回都知事選に出た小野泰輔さん(日本維新の会衆院議員)と同じく、次の衆院選で当選するルートが見えてきます。

米重 もちろん当選を目指して出馬されるというのが大前提にしても、勝ちに等しい負け方というのもあります。蓮舫さんなら、小池さんにどこまで肉薄できるか。200万票を超えるとインパクトがあるでしょうか。

松田 以前から蓮舫さんには衆院くら替え説がありましたし、衆院選に向け立憲・共産票を掘り起こすという意味では、それだけの数字が出れば一定の成果といえるでしょう。

ただ、そうはいっても何が起きるかわかりません。2017年の衆院選は小池さんの「排除発言」で一気に変わりましたし、もしかしたら候補者の誰かに文春砲が炸裂するかもしれませんしね(笑)。

●JX通信社代表・米重克洋(よねしげ・かつひろ)
1988年生まれ。大学在学中の2008年に報道ベンチャーのJX通信社を創業。世論調査の自動化技術やデータサイエンスを生かした選挙予測・分析に加え、テレビ局や新聞社、政府・自治体に対してAIを活用した事件・災害速報を配信する『FASTALERT』、600万DL超のニュース速報アプリ『News Digest』も手がける。著書に『シン・情報戦略 誰にも「脳」を支配されない 情報爆発時代のサバイブ術』(KADOKAWA)がある

●選挙プランナー・松田 馨(まつだ・かおる)
1980年生まれ。株式会社ダイアログ代表。2006年以降、地方から国政まで全国300を超える選挙に携わる。現職に挑戦する無所属・新人の依頼も数多く引き受け、勝率は7割超。小池都知事率いる政治塾「希望の塾」講師を務めた経験もある。著書に『残念な政治家を選ばない技術 「選挙リテラシー」入門』(光文社新書)、『フルカラー図解 「地方選挙 必勝の手引」』(選挙の友出版)がある