佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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佐藤 最初に頭に入れておかないといけないのは、世の中と新聞や報道のズレです。日本の報道では、どう見てもおかしいことが争点になっています。それは、メディア全体がズレているからです。この連載で非常に重要なのは、入り口で"ノイズ"と"情報"を分けることです。
――どう仕分けるべきなのでしょうか?
佐藤 まず「驚くべきこと」や「これ、おかしいよね?」ということに注意するべきです。たとえば、イラン大統領が墜落死した件は、フライトレコーダーやボイスレコーダーの記録が出る前に事故だと報道されました。これは「おかしいよね?」と感じるはずです。
それからこの件に関して、岸田首相の談話がかなり早い段階で発表されました。これは「驚くべきこと」です。マスコミのズレた報道の"ノイズ"と"情報"を分別することが重要なのです。
――分かりました。あと、仁義の世界の決まりごとを、国際紛争に照らし合わせると分かりやすくなると思います。
佐藤 たとえば前出のイランのヘリ墜落事故。この件では、イスラエルがイラン大統領を殺害する動機は大いにあります。同時にイスラエルは、殺しを実行する能力も持っています。そして、最近の国際政治で要人暗殺はもうゲームに入っています。
しかし、仁義の世界では組長をやるのはご法度になっているように、国際政治では首脳まではやらない決まりになっています。若頭まではルール上は問題ないけど、組長はやりません。
――イラン革命防衛隊司令官のスレイマンは若頭だから、米国は無人機で暗殺した。しかし、イラン大統領は組長だから殺してはいけないというルール。
佐藤 そういうことです。お互いに最初から組長のタマを取るような戦争になったら、非常に面倒な事態に発展します。しかも、国際社会には暴力団対策を担う警察はいません。
――米国は「世界の警察」でしたが、もう辞めました。第四次中東戦争の頃は、超大国の米ソが暴対の役割をしていました。
佐藤 いまその警察がいない状況で、仁義なき戦いが始まったらどうなります?
――即、敵国のトップがいる首都に向けて、核ミサイルをぶち込み合う核戦争になります。
佐藤 いままさにそういう状況にあります。しかし、世界がそんな中、日本だけはなんだか一本独鈷(いっぽんどっこ・独立して組を運営している暴力団組織)みたいな状態です。米国の傘下でありながらも「カチコミに行け」とか言われないですからね。
だから、当事者にとっては深刻なものの、日本の国家や国民とは全く関係のないことで争いを行なっている、という状況なんです。
――地球上で日本だけ、違う世界に生きているということですか?
佐藤 永世中立国のスイスもそういう国です。スイスは当事者にとって深刻でも、国民にも国家にも、世界にとっても無関係な事柄でよく政争が起きる国です。それは、永世中立国で、外敵が入って来ることがないからなんですよ。
――すると、日本は"永世孤立国"になっているのではないですか?
佐藤 そう、永世孤立国ですよ。米国との同盟国なのに、ウクライナに殺傷能力のある兵器を送ってないんですから。
――だから、日本は永世孤立国として5万円だか10万円だかのパーティー券公開基準で争っているんですね。
佐藤 そういうことです。しかし、その永世孤立国・日本ですさまじい破壊兵器がこれから作動しようとしています。
――何ですか、それは?
佐藤 連座制です。この意味分かりますか?
――いえ、分かりません。
佐藤 法哲学者の安藤馨一橋大学教授の解説が分かりやすいので、まずはそれを読んでほしいですね。
――朝日新聞コラムの『政治資金規正法の改正提案「連座制」がゆがめる政治的権利』でありますね。これを読むと、有能で未来のある政治家が、法律上で暗殺可能となります。江戸時代の五人組同じ。ひとりが罪を犯したら、残りの4人も同様に罰すると。
佐藤 そう、犯罪者と個人的な関係があるから、罪の責任を取るのが連座制です。政治資金規正法の原則は、自分が行なった罪に対して責任を負うものです。しかし、連座制が導入されれば関与していない人間にも責任が問われます。これが制定されると、野党が一番被害を被る可能性があります。
――野党の得意技のひとつ、ブーメランですね。
佐藤 自民党の場合は、例えば首相候補になりえる政治家の事務所に、会計責任者を送り込みます。そして、買収とか何かやらせれば連座制でその政治家も消えます。
もちろん、政治家本人が関与していていれば責任を取るのは当たり前です。それで責任が問われないのは法制度の不備ではなく、捜査能力の問題。ただ、関与の有無に関係なく責任を取らせるのであれば、大変なことになりますよ。
――合法的な暗殺が可能になる......。
佐藤 日本共産党は「罰金では弱いから禁固刑にしろ」と言っています。
――もし立憲民主党政権になると、もれなく共産党が付いてくると前回おっしゃっていました。このまま連座制の政治資金規正法が国会で決議されれば、怖い事が連座して発生すると......。
佐藤 その代わり、その可能性が排除されなくなります。また最近、出て来る政治家にはすごい人がいます。いまYouTubeのおかげでアイドルが全員、地下アイドルみたいになっています。政治家も同じで、迷惑系ユーチューバーみたいなのが出て来ました。
つばさの党の幹部が政治活動で逮捕されましたが、あれは中核派とか革マル以来、50年ぶりの出来事です。そんなわけが分からない大変な時代になっちゃっています。
――確かに。さらに頼りのメディア報道がズレているのでしょうね。
佐藤 5月に創価学会の原田稔会長が、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇と会談しました。しかし、それに関する全国紙の報道はゼロです。本来ニュースになると思いませんか?
――はい。
佐藤 全体的になんか、変な感じがしません?
――はい。新聞・メディアがダメになったら、皆、YouTubeやSNSだけを見て世の中を判断していくから、さらにグチャグチャになる。
佐藤 だから"YouTube空間の真実"が現れます。そこにはもう事実はいらなくて、必要なのは主観的な真実だということです。事実を無視して、主観的な真実を追求するという感じですね。
――そして、その真実はYouTube上でどうにでも作れてしまう。
佐藤 そう、ポストトゥルースであり、ポストファクトの時代になっていきます。
――えげつないことになっています......。
佐藤 私がこの連載でやっているのは、「人間ドック」なんですよ。健康診断や人間ドックを受けずに大丈夫だというのは、実際は大丈夫ではありません。人間ドックでMRIやCTスキャンを撮るのと同じで、ここでは国際情勢がどうなっているかということを説明しているわけです。
――はい。
佐藤 それでちょっと胃が痛くて、胃がんかもしれない。しかし、検査して胃がんではなく、飲み過ぎですねとなる。これが中露首脳会談です。
――その程度の出来事が中露首脳会談だったと。
佐藤 そうです。逆に足が痛くて筋肉痛でしょうか?とエコーで調べると、動脈硬化でかなり進行していることが判明したとします。こういうのが政治資金規正法の問題です。
――仕組みの欠陥が分かる。
佐藤 もっと応援してカンパすれば、ウクライナが勝つんじゃないかというのは、きのこを煎じた汁を飲めば、末期がんが治るみたいな話ですよね。
――なるほど。
佐藤 だから、今の日本の論壇をみて思うのですが、これはある意味、私の存在価値にもなるんだけど、私は完全に嫌われ者グループの3つに近いと見られているんですよね。
――それはまたすごい!!
佐藤 要するにロシア、イスラエル、創価学会です。この3つのグループが「こういう理屈で動いている」ということがほとんど言えなくなっています。そして、この3つのグループは、世界情勢や日本の今後に関して、鍵を握っています。にもかかわらず、そこを皆はスルーしているのが現状です。
ロシア、イスラエルがどういう理屈で動いているか。それは、良いか悪いか、好きか嫌いかではありません。創価学会も同じです。彼/彼女らがどんな理屈で動いているかを捉えて、それが現実の力の中でどうなるかを見ないと読めないんです。
――はい。
佐藤 その「世界が大丈夫か?」という状況で、政治資金で10万円どうのこうのなどという報道を聞いていると、力が抜けていくんですよね。
――全てが今、デフレ・スタグフレーションに陥っていることですね。
佐藤 その通りです。
――毎日、本当に大変でありますね。
佐藤 そうなんです。本当に大変なんですよ。
――これ、佐藤さんからの受け売りなんですが、故・池田大作先生が勝海舟のテキストから多くを学んでますよね。
佐藤 『氷川清話』という談話録ですね。やっぱり色んな大変なことがあるので、池田大作氏は勝海舟を参照して、勉強しています。
――そこにある勝海舟の言葉、
『世に処するには、どんな難事に出会つても臆病ではいけない。さあ何程でも来い。おれの身体が、ねぢれるならば、ねぢつて見ろ、といふ了簡で、事を捌いて行く時は、難事が到来すればするほど面白味が付いて来て、物事は雑作もなく落着してしまふものだ。なんでも大胆に、無用意に、打ちかゝらなければいけない』(勝海舟)
この勝海舟の言葉こそ永世孤立国である日本において、皆、かみ砕いて理解しないとダメだということですね。
佐藤 その通りです。
次回へ続く。次回の配信は2024年6月28日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。