大規模災害派遣においても、米軍などとの多国間防衛においても、自衛隊の「統合作戦」の複雑性と必要性は増すばかり(写真はイメージ) 大規模災害派遣においても、米軍などとの多国間防衛においても、自衛隊の「統合作戦」の複雑性と必要性は増すばかり(写真はイメージ)

GHQ占領下で発足した警察予備隊をベースに、1954年に発足した自衛隊は、70年間ずっと"奇妙な軍事組織"だった。それが今回の組織改編でようやく解消されることになるが、具体的に何がどう変わるのか? 

未曽有の危機に挑む日本政府・自衛隊の混乱と奮闘を描いた映画『シン・ゴジラ』を教材に、元自衛隊幹部が徹底解説!

■企画部長と工場長が同一人物だった

「統合作戦司令部」の新設を盛り込んだ改正自衛隊法が、5月10日の参議院本会議で、自民・公明・立憲・維新・国民民主などの賛成多数で可決・成立した。

今年度末までに、四つ星(大将級)の統合作戦司令官をトップとする240人の司令部が発足し、陸海空自衛隊、サイバー防衛隊などの統合作戦を一元的に指揮することになる(図表1を参照)。

実はこれは、自衛隊の70年の歴史の中でも極めて大きな、本質的な組織改革となる。

民主主義国家の軍隊では通常、最高指揮官の権限を持つ政治のトップ(首相や大統領など)や担当大臣に助言・補佐を行なう「参謀」部門と、陸海空軍の作戦指揮を執る「執行」部門が分かれている。

ところが自衛隊の場合、これまではその両方の役割を、統合幕僚長(統幕長)をトップとする統合幕僚監部(統幕)、およびその統幕を含めた「四幕」(統幕と陸・海・空の各幕僚監部)が担ってきた。

米軍司令官のカウンターパートは統幕長から統合作戦司令官へ(写真は2022年の日米共同演習時の山崎統幕長と在日米軍のラップ司令官) 米軍司令官のカウンターパートは統幕長から統合作戦司令官へ(写真は2022年の日米共同演習時の山崎統幕長と在日米軍のラップ司令官)

元米陸軍大尉で情報将校の飯柴智亮氏はこう言う。

「一般の会社にたとえて言うなら、参謀総長(日本では幕僚長)は企画部長で、司令官は工場長です。企画部長が工場長を兼任するのはおかしいですよね」

これがどういうことなのか具体的に説明するには、2016年公開の映画『シン・ゴジラ』(庵野秀明脚本・総監督、樋口真嗣監督)がドンピシャだ(以下、同作のシナリオに沿って話を進めます。図表2も参照)。

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東京湾に突如出現した「巨大不明生物(=ゴジラ)」の脅威に対処すべく、東京・市谷の防衛省地下会議室で、陸海空自衛隊のトップである陸幕長、海幕長、空幕長(映画では三つ星=中将級)らが作戦会議を開いている。

しかし陸海空の各隊が所持兵器を推薦し、話がまとまらない。そこでテーブルから離れた外野席から統幕運用部長(作品内での階級不明)が、恐る恐る意見を具申する。

かつて統合幕僚学校長を務めた金沢工業大学大学院(虎ノ門キャンパス)教授の伊藤俊幸氏(元海将)が解説する。

「自衛隊の将官は一般省庁の局長級と同じく、内閣官房長官人事の『指定職』となります。統幕運用部長は『指定職1号』(自衛隊内の階級とは別の、公務員としての役職階層)で、この会議では一番下。陸海空各幕僚長は『7号』ですから、子が親に物申すようなもの。ちなみに統合幕僚長は最高位の『8号』です」

結局、運用部長の意見を統合幕僚副長(3号、映画では二つ星)が取り入れ、総理官邸で防衛大臣の横に控えている統合幕僚長に伝達した。

それを受けて、統合幕僚長は総理大臣、防衛大臣に対してゴジラ迎撃作戦案を説明する。しばらくの混乱の後、総理大臣から防衛出動命令が下され、統合幕僚長はもうひとつの任務、陸海空自衛隊の指揮を執り始める――。

■東日本大震災での「7:3」の教訓

このように、現状の組織編成では有事の際、統合幕僚長(『シン・ゴジラ』で演じていたのは國村隼)が担う役割が多すぎるのだ。

映画の中だけでなく、現実にもこうした問題は起きていた。前出の伊藤氏が言う。

「2011年3月の東日本大震災における大規模災害出動を指導した、当時の折木良一統合幕僚長が、『総理・防衛大臣の補佐が仕事の7割で、現場部隊の指揮指導には3割程度しか割けなかった』とおっしゃるのを私は直接聞きました。このことがきっかけとなり、統合幕僚長と統合作戦司令官を分ける組織改編の議論が本格化したのです。

私が統合幕僚学校長を務めた際は、こうした変化を見据えて、陸海空の学生たちを、すでに統合作戦司令部を設置していた英・豪軍で研修させました。あれから10年、彼らが議論の中核を務めたからこそ、今回の設置につながったのだと思っています」

では、組織改編後の自衛隊ではどんな役割分担が行なわれるのだろうか?

「戦後『参謀』という言葉を使わなくなり、自衛隊では『幕僚』と呼んでいますが、統合幕僚長を含めた4人の幕僚長の役割は、自衛隊の最高指揮官たる総理大臣・防衛大臣に軍事的な助言を行なう参謀の長ということになるのです。英語ではチーフ・オブ・スタッフです。

一方、部隊指揮のほうは、総理大臣の下にいる防衛大臣に直接ぶら下がる統合作戦司令官が担当することになります。その隷下には三つ星の陸上総隊司令官、自衛艦隊司令官、航空総隊司令官が所在し、彼らを通じて隷下部隊を指揮することになります」(伊藤氏)

それを踏まえて、統合作戦司令部発足後の2025年に「巨大不明生物=ゴジラ」が出現した場合の、自衛隊の対応フローを考えてみたのが図表3だ。

対ゴジラ作戦は、統合作戦司令部が陸海空の司令部と調整の上、策定する。映画のように陸海空幕僚長が本格的に参加することはなく、四つ星の統合作戦司令官が三つ星の陸海空司令官と議論をするため、極めてスムーズなやりとりになる。また、統合幕僚長はこのやりとりをモニターするだけでよく、総理大臣・防衛大臣への補佐・助言に専念できる。

ちなみに、新設される統合作戦司令部は総計240人となかなかの大所帯になる。

「総合的な意思決定は司令官が担いますが、組織の特徴としては統合幕僚監部の総務人事(J1)、情報(J2)、作戦(J3)、ロジスティックスサポート(J4)、軍政(J5)、通信(J6)、開発(J7)のうち、作戦(J3)を特に強化した形で構成されることになるでしょう」(伊藤氏)

■台湾有事などでの米軍との連携は?

また、今回の組織改編は、国内での任務以上に米軍との複雑な統合作戦でより生かされることになる。

従来の体制では、ハワイにいるインド太平洋軍司令官のカウンターパートは、日本側では「参謀」の統合幕僚長だった。しかし今後は、部隊を指揮する司令官同士の連携がよりスムーズになることが期待されるという。

「今、最も懸念されている中国の台湾侵攻を例にとりましょう。中国軍は艦隊を展開して台湾をグルリと取り囲み、封じ込める作戦に出るはずです。それを止めるために米海軍は第七艦隊を展開させ、『勝手なことをするな』と圧力をかけることになります。

日本政府はまず『重要影響事態』と事態認定するでしょうから、自衛隊の統合作戦司令官は、米海軍の兵站を支援する任務を指揮することになります。

ただし、もし中国軍が米海軍空母などを攻撃した場合、日本政府が『存立危機事態』と事態認定したならば、自衛隊には『防衛出動』が下令される。米海軍を守るために海自の自衛艦隊や空自の航空部隊が出動し、統合作戦として中国海空軍と戦うことになります」(伊藤氏)

米軍と自衛隊の共同演習は繰り返し行なわれているが、組織として自衛隊が米軍に近い編成になることで今後は連携がよりスムーズになることが期待される 米軍と自衛隊の共同演習は繰り返し行なわれているが、組織として自衛隊が米軍に近い編成になることで今後は連携がよりスムーズになることが期待される

統合幕僚長と統合作戦司令官は、侵攻が予測される頃から動き始める。

「統合幕僚長は日本政府、つまり総理大臣が事態認定するための補佐をする。また、米本土のペンタゴン(国防総省)の統合参謀本部議長と戦略的な調整も行ないます。

一方、統合作戦司令官は事態認定されることを前提に、陸海空司令官と作戦準備などを始めます。海空作戦については、航空総隊司令官と自衛艦隊司令官の作戦を統合し、またインド太平洋軍司令官とは、攻撃目標の整合やターゲティングなど戦術的な調整をすることになります」(伊藤氏)

確かに、この両者の役割を統合幕僚長がひとりで担う(ワシントンDCのペンタゴンとハワイの司令部双方との調整をしつつ、作戦指揮も執る)従来の体制は、かなり無理がありそうだ......。

■最初の仕事は米空軍の引き留め?

一方、かつて航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏は、「台湾有事より前に、統合作戦司令部にはやるべきことがある」と指摘する。

「ここ最近、アメリカ側から『在日米軍をどうにかして減らすことができないか』『自衛隊がその代わりになれないか』といった議論が相当出てきています。米空軍は貴重な航空戦力が"最初に殴られないこと"を重視するので、中国との最前線に常駐することをよしとしない考え方があるということです。

これは個人的意見ですが、この流れに一定の歯止めをかけることが、新たなカウンターパートとなる統合作戦司令部の仕事だと思うのです。

なお、この流れは今に始まったことではありません。以前も米空軍の改編に絡めて、極東地域に米空軍戦力を置かなくてもいいのではないかという議論が持ち上がったことがありました。当時、その流れに危機感を持った空自は、BMD(弾道ミサイル防衛)の日米統合運用を強調し、引き留め策を講じたのです」

つまり、中国と対峙する日本にとっては、「一緒にできることがこれだけありますよ」と米空軍に提示することで、引き留めを図ることが重要だというのだ。

「すでに沖縄・嘉手納基地のF-15戦闘機部隊は撤退を始めています。その後、青森・三沢基地のF-16戦闘機40機、EA-18G電子戦機6機をつなぎ留めるために、自衛隊の統合作戦司令部は日米の共同作戦案を提示する必要があるでしょう。

これは山口・岩国基地の米海兵隊飛行隊に所属する艦載戦闘機FA-18やF-35Bにしても同じことです。そのつなぎ留めが日本の防衛に直結するわけですから」(杉山氏)

その仕事は部隊指揮だけではないということだ。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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