米軍がポーランドに配備していた地対空ミサイル・パトリオットが、ウクライナ軍にもうワンセット供与される。パトリオットの最大射程は180km、露空軍の1.5t滑空誘導爆弾の射程は70km。搭載しているSu34戦闘爆撃機に届いてしまう(写真:柿谷哲也) 米軍がポーランドに配備していた地対空ミサイル・パトリオットが、ウクライナ軍にもうワンセット供与される。パトリオットの最大射程は180km、露空軍の1.5t滑空誘導爆弾の射程は70km。搭載しているSu34戦闘爆撃機に届いてしまう(写真:柿谷哲也)
ロシアへの反撃を試みるウクライナ。週プレNEWSでは6/6に配信した記事で、ウクライナ・ハルキウ北部での激しい戦闘を予測した(参照:崖っぷちのウクライナ軍が最後の"賭け戦"を開始!? ロシアへの攻撃が新たなフェーズに!)。すでにハルキウ戦線では、ロシア軍(以下、露軍)が多大な損害を出し、侵攻は失敗したと言われている。

その最前線にてウクライナ軍(以下、ウ軍)はいま、どんな戦いをしているのだろうか。元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)はこう話す。

「第二次世界大戦で米軍の空爆により"1トン爆弾"が落とされましたが、その際には地面に直径10mの穴が開き、通常の爆弾とは衝撃が全く違ったと祖母が話してくれたことを思い出します。さらに破壊力がある1.5トン滑空誘導爆弾であれば、15mの穴だけではなく、周囲への破片効果と衝撃波はすさまじいと推測できます。

1.5トン爆弾が直撃した場合、ウ軍の陣地構築物は大きく破壊され、コンクリートの巨大な破孔となり、退避壕に移動したウ軍歩兵たちは大きな損害を受けます。ウ軍は陣地同士の相互支援の連携、撃破地域への対戦車火器の指向が出来なくなり、その一帯の防御組織が崩壊するでしょう。

また、爆撃の衝撃でウ軍が動けなくなる時間が生まれます。当然、露軍はその機会を逃しません。ロシアの受刑者らで編成された『ストームZ』が突撃開始。装甲車上部に露兵を載せて前進します。

撃ち返しが常態となり従来型の砲兵部隊を横一線に並べて徹底的に砲弾を撃ち込むことが制約され、滑空誘導爆弾が威力を発揮します。滑空誘導爆弾の火力支援の下、ストームZは双方の火器の弾丸が飛び交う危険地帯へと前進して間合いを詰めます。そして、露軍歩兵主体に突っ込むか、そのまま露軍装甲車両の上に兵員を載せて、一気にウ軍の陣地へ突入してきます。

ウ軍はその攻撃に対して数回は持ちこたえますが、滑空誘導爆弾により兵員の損害が増え、露軍が数を頼りに押してくることを繰り返せば、ウ軍の陣地は少しずつ崩されていきます」

露軍が多大の犠牲を出す一方で、ウ軍も多くの犠牲者を出している。

この戦争では、人的資源で圧倒的に露軍が有利だ。長期戦を強いられる中で、ウ軍はひとりでも戦死傷者を防がなければ、各戦線の兵力を維持できない。そのためにはまず、1.5トン滑空誘導爆弾の爆撃を止めなくてはならないのだ。前出の記事中で、二見氏はこう言っていた。

【露軍はSu34戦闘爆撃機で、70km彼方から空飛ぶ滑空T34戦車を落としています。1.5トンのUMPK-1500滑空誘導爆弾で、ウ軍の防御陣地を攻撃している。その爆撃を大幅に低下させる必要があります。

しかし、それを撃墜可能な唯一の地対空ミサイルシステム『パトリオット』は、首都キーウなど中枢の防空が優先であり、前線での運用は数量的に難しい状態です】

しかし、6月11日の報道で、バイデン米大統領がパトリオット1基の追加供与を承認したとのことだった。これなら中枢防衛にすでに1基あるので、もう1基は最前線に出せる。ウ軍にチャンスが到来したのだ。

「露空軍による滑空誘導爆弾の投下が防げるかもしれません」(二見氏)

ロシア領空で、露空軍Su34を撃墜可能になる(写真:柿谷哲也) ロシア領空で、露空軍Su34を撃墜可能になる(写真:柿谷哲也)

ネットに出ている情報ではパトリオットの最長射程は160km。「空飛ぶ滑空T34戦車」と呼ばれる1.5t滑空誘導爆弾を投下するSu34を落とせるのか。空自那覇基地302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏に聞いた。

「パトリオット一基を追加供与すると報道にあります。これが、発射機一個ならば拠点防衛にはならない。しかし、一基が一個ユニット。レーダー、発射機数台、指揮統制車などの10数台の車両からなる部隊だとすれば、拠点防衛ができるかもしれません。

高度2万フィートを飛ぶ戦闘機を射程距離100~160kmで落とすことは可能です。しかし、空域を封鎖することは難しい。ただし一方で、Su34を飛ばせないようにする苦肉の策は取れます。

まず、露空軍のSu34のパイロットはほとんど無防備の中で撃っている。そして、パトリオットのほうが射程距離は長い。なので、ロシア領空でSu34が1、2機やられれば、露空軍パイロットは飛ばなくなります。『死んで来い』という特攻任務は空軍パイロットにはあり得ないですからね」

そうなると、最前線はどうなるのだろう?

「すると、露軍は前出の戦法が大きく制約を受けることになります」(二見氏) 

どう変化する?

「ウ軍は、塹壕やコンクリートで固めた防御陣地が崩されないので、陣地を使い効果的に防御戦闘ができます」(二見氏)

つまり、防御線で簡単に穴が開かなくなるということだ。その場合、ハルキウ戦線でウ軍はどう戦えばいいのだ? その作戦を二見元陸将補に立案していただいた。

「砲を一列に並べ、時間をかけて大量の弾量を指向する砲撃を行なうと、露軍のドローン、対大砲レーダーによって撃った瞬間に座標位置がバレます。そして、ただちに撃ち返しを受けて、大量の損害を出してしまうため、砲兵の運用は変化しています」

では、どうすればいい?

「105mm榴弾砲は、速射で1分間に16発撃てます。これを30秒で8発撃ち、陣地転換します。砲を車両に繋いで移動するまで1分半。計2分で撃って移動です。

次に120mm迫撃砲は毎分12発速射できるので、これも30秒で6発撃ち、1分で3個に分解して移動を開始します。それから81mm迫撃砲は1分間に最大20発速射、30秒では10発となります。陣地移動は120mmよりさらに速く、砲分解に10秒、移動まで20秒、計30秒です。

そして、155mm榴弾砲は装輪装甲車搭載の自走砲を使います。射撃最大速度はタイプによりますが、1分間に4~8発、30秒で2~4発。自走砲なので撃ったらすぐに移動します。GPSなどの位置情報を利用し、統合火力調整所JFSCCからの一括管理で素早い展開と砲撃位置への移動命令を行ない、到着したら30秒速射、すぐに位置移動します。この砲撃方法ならば露軍大砲レーダーに探知されず、各距離にいる各種露軍を殲滅できます」(二見氏)

最前線後方2~3kmの森には露兵が一個小隊集結している。そこには120mm迫撃砲弾を真上から撃ち込む。(写真:ウクライナ国防省) 最前線後方2~3kmの森には露兵が一個小隊集結している。そこには120mm迫撃砲弾を真上から撃ち込む。(写真:ウクライナ国防省)

露軍はこちらの位置を掴んで撃ち返しても、すでに移動している状態になる。

「まず最前線、正面のストームZを根絶していきます。

ウ軍は露空軍からの1.5トン滑空誘導爆弾の爆撃が使用できなくなるので、バンカー(掩体壕[えんたいごう])や屋根付きの塹壕が破壊されずに残っています。一方、露軍は突撃して、そこに掘っただけの塹壕です。

ここでは、米国から届いた豊富な砲弾、155m榴弾砲と105mm榴弾砲を使い、上空で爆発して散弾になる射法で綺麗にしていきます。露軍の残存兵は無人ドローンFPVを突っ込ませて、自爆することで除去します」(二見氏)

最前線近くに掘ったばかりの露軍ストームZの塹壕に、米国から大量に供与された155mm砲弾をM777榴弾砲から叩き込む。しかし、その発射点は露軍にすぐに探知され反撃をうける。どうすれば?(写真:ウクライナ国防省) 最前線近くに掘ったばかりの露軍ストームZの塹壕に、米国から大量に供与された155mm砲弾をM777榴弾砲から叩き込む。しかし、その発射点は露軍にすぐに探知され反撃をうける。どうすれば?(写真:ウクライナ国防省)
最前線の露兵とストームZが一掃される。しかし、ハルキウ戦線の背後はロシア自国領なので、露軍はすぐに再集結が可能だ。この状況を日本に置き換えるなら、たとえば、露軍が北方領土から北海道東部・標津町の辺りに上陸すればロシアと陸続きになり、すぐに次の部隊を北方領土から送り込んでくるのと同じだ。

「道東の戦いでは策源地を米軍が叩き、国内の防御戦を自衛隊が行なうようになっていました。しかし、策源地を叩く理解が進み、長距離ミサイルやドローンが開発されれば、航空攻撃とともに着上陸のために使用する港湾、航空基地、集結部隊、鉄道など兵站基地を破壊しなければ、後続部隊の上陸を許してしまいます。米国が他正面の対応をする必要がある情勢の場合、独自の日本国土防衛のための能力と運用を考えておかなければなりません」(二見氏)

ウ軍の対露軍防衛戦から、自衛隊は多々、学ぶ所があるようだ。

「露軍に兵力を集中させる時間を与えてはいけません。最前線から2~3km後方の森の中で、一個小隊30名が集まっています。そこの中央は105mm榴弾砲で撃ち、脇は82mm、120mm迫撃砲で叩きます。たとえ露兵が塹壕や掩体壕に隠れていても、FPVドローンで探します。ドローンは重さ1ポンド(約0.45kg)から3ポンドの爆薬を搭載できます。これで迫撃砲弾から逃れた露兵を探して潰します」(二見氏)

3km以内ならばFPVドローンは自由に動ける。

「まだ安心できません。その後方、最前線から10kmには露軍中隊がいます。ここで、最前線から2~3kmの露軍と、10km辺りにいる露軍を火力により分断します。いわゆる火力による国境線を作ります」(二見氏)

「火力による国境線」とは何なのだろう?

「105mm、155mm榴弾砲、120mm迫撃砲などのさまざまな砲弾を使って、横線を引くように作る火力統制投射線です。最前線と10km後方の分断だけでなく、その近くにいる露軍を孤立させます」(二見氏)

6月17日にはウクライナ北東部の街・ボウチャンスクの骨材工場で、露軍がウ軍に包囲されているとの報道があった。分断した最前線から10kmにいる露軍はどう動くのだろうか?

「ここはまず、米国製自爆突入無人機・スイッチブレード300で、アンテナを林立させている指揮車、または指揮所になっている装甲車、トラックを破壊します。すると露軍の部隊は混乱します。

その直後に、射程10kmで最大の威力を発揮する105mm榴弾砲2門から16発、120mm迫撃砲から6発、計22発の速射を叩き込んで潰します。その頃にはウ軍の砲兵部隊は陣地変換しているので、砲撃した地点にはいません」(二見氏)

最前線から10km付近には露軍中隊がいる。アンテナを林立させた指揮車は、自爆突入無人機スイッチブレードで正確に破壊し、105mm榴弾砲の速射で片付ける(写真:アメリカ陸軍) 最前線から10km付近には露軍中隊がいる。アンテナを林立させた指揮車は、自爆突入無人機スイッチブレードで正確に破壊し、105mm榴弾砲の速射で片付ける(写真:アメリカ陸軍)

その後方にも露軍は展開しているのだろうか。

「自国領ですから安心しています。最前線から40kmは露軍の砲兵、戦車部隊、通信部隊、補給部隊が展開しています。

ここは射程40kmで装甲車両も破壊可能なスイッチブレード600で指揮、通信車両、電子戦部隊から破壊します。そこに米国の供与が再開された155mm榴弾搭載の自走砲2両から、1分間で計10発撃てば十分です」(二見氏)

最前線から40km後方まで掃討すれば、露軍の集結は防げる。

「高機動ロケット砲システム『ハイマース』は、誘導をロシアに狂わされてしまい、活躍しているニュースが出てきませんでしたが、最近精度の高い攻撃ができるようになっています。射程が長く精度が高いため、その用途は多岐に渡ります。旅団・師団規模の指揮所、通信システム、対空ミサイル部隊、電子戦部隊、集結部隊、兵站部隊、弾薬・燃料集積所などの破壊に使用できます。

さらに、S300を搭載した地対空ミサイル車両も破壊しています。対空火器を破壊し、航空攻撃実施の条件を作為し、ウ空軍に空爆要請をします。ミグ29、Su27に4発ずつ搭載可能な射程110km、弾頭重量93kgのGBU39小直径滑空誘導爆弾と、ハイマースの6発の統合運用で各種火器をしっかり打ち込みます。70km以遠はウ空軍が安全に投射できる距離まで、GBU39で攻撃すればよいでしょう」(二見氏)

ハイマースは射程70~80kmにある軍事施設を正確に狙う。ハルキウを狙うミサイル発射施設、さらにS300地対空ミサイルを狙う(写真:柿谷哲也) ハイマースは射程70~80kmにある軍事施設を正確に狙う。ハルキウを狙うミサイル発射施設、さらにS300地対空ミサイルを狙う(写真:柿谷哲也)
6月18日の報道によると、前出のボウチャンスクで孤立した400人の露兵に対し、ウ空軍はミグ29とSu27から滑空精密誘導爆弾を投下している。至近投下で試し、距離を伸ばして使う可能性はある。では、100km以遠の露軍に対してはどう攻撃するのだろう?

「100kmあればどこかに集積所を設けないとなりませんから、狙う場所はいくらでも出てきます。当然、最大範囲250kmの空中発射巡航ミサイル『ストーム・シャドウ』で露軍指揮所、弾薬、燃料集積所の兵站部隊を狙います。

こうして、ウ軍砲兵隊とウ空軍の滑空誘導爆弾、ミサイル攻撃で、露国領土をウクライナ国境から200kmの範囲を耕していきます」(二見氏)

100km以遠には英仏から供与された射程250kmの空対地ミサイル、ストーム・シャドウで敵司令部、弾薬庫、燃料庫を破壊する(写真:柿谷哲也) 100km以遠には英仏から供与された射程250kmの空対地ミサイル、ストーム・シャドウで敵司令部、弾薬庫、燃料庫を破壊する(写真:柿谷哲也)
こうすれば、ウ軍最前線での戦死傷者の数を減らすことができる。

「この砲爆撃作戦案は、近い所から遠い所に順番に説明しましたが、実戦では統合火力調整所から最適な目標が設定できれば、遠近に関係なく攻撃を開始するでしょう。最初は遠く、次は近く、また遠く、そして中間地帯と、ランダムに掃討していきます」(二見氏)

最前線を守り、露軍の侵攻を阻む掃討作戦だが、これで安心なのだろうか?

「いいえ、仕上げはウクライナとの国境線のロシア領土内400mまで、地雷原を築くのが理想です。すでに露軍は一掃されて、ウ軍には安全地帯になっているので、丁寧に地雷を埋設し地雷原を構築できます。これにより地雷原手前で戦車、装甲車両を停止でき、そこをジャベリン対戦車ミサイル・FPVで片付けます」(二見氏)

射程300kmのATACMSは、ロシア本土には射撃禁止。しかし今、クリミア半島に対して全弾、叩き込まれて、露軍が駐留できない場所になっている。露軍はこの地にS500対空ミサイルを投入する(写真:アメリカ陸軍) 射程300kmのATACMSは、ロシア本土には射撃禁止。しかし今、クリミア半島に対して全弾、叩き込まれて、露軍が駐留できない場所になっている。露軍はこの地にS500対空ミサイルを投入する(写真:アメリカ陸軍)
こうして、なんとか露国本土からハルキウへの持続的な侵攻を防げるのだ。

「それで終わりではありません。北部戦線が落ち着けば、ウ軍の機動部隊を東部戦線に予備兵力として回したいです。

機動部隊の単位は、機械化旅団です。東部地域での攻勢が続いているチャシブヤール、アウディーイウカの正面です。戦場をコントロールできていないアウディーイウカへの増援の優先順位は高いです」(二見氏)

同時に、その東部戦線にゲリラ的にパトリオットとハイマースを転戦させないとならない。当然、露軍はこのふたつのシステムを全力で潰しにくる。

パトリオットは、崖っぷちウクライナ軍の細い命綱になりえるかもしれない。しかし、ウクライナには数システムしかない貴重な戦力だ。さらに米軍にも全世界に14システムしか残ってない。

もし露軍に潰され続けたら、日本が持つパトリオットを出せという要求があるかもしれない。すでに米国で足りなくなったパトリオットは、日本で生産されているからだ。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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