軽量で発射装置も簡易なため、陸海空さまざまな運用が可能な無人偵察機「スキャンイーグル」 軽量で発射装置も簡易なため、陸海空さまざまな運用が可能な無人偵察機「スキャンイーグル」

ウクライナとロシアの戦争では無人機がかつてなく大きな役割を担っているが、もし台湾有事になればその流れはさらに進む。異例の言葉遣いで波紋を呼んだ米インド太平洋軍司令官の発言を基に、いったいどんな戦いが想定されるのか、陸海空のスペシャリストたちが緊急予測。どんな「地獄絵図」が生まれるのか?

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■ヒントになるのは米議会が公開した法案

米軍の6つの地域統合軍のうち東アジアを担当するインド太平洋軍のサミュエル・パパロ司令官が、米ワシントン・ポストのコラムニストによるインタビューで、台湾有事に言及した際に使った〝言葉〟が今、注目されている。

「中国軍の艦船が台湾侵攻のために台湾海峡での航行を始めた直後に、米軍の無人兵器を配備する。多数の機密装備を用いて、台湾海峡を『無人の地獄絵図』にしたい。1ヵ月の間、(中国側を)〝惨めな状況〟にすることで時間を稼ぐ」

地獄絵図? 惨めな状況? 抑制的でスマートな発信を基本とする米海軍大将にしては、異例なほど過激な物言いだ。

国際政治アナリストの菅原出氏はこう言う。

「背景にはフィリピンでの事例があると思われます。フィリピンはアメリカとの防衛協力を強化し、支援を受けて中国に対抗する姿勢を明確にしてきたにもかかわらず、最近では南シナ海における中国船のフィリピン船に対するアグレッシブな行動がエスカレートしている。

つまり、台湾についても関係強化だけでは中国の行動を抑止できないと考え、過激な発言をしているのではないでしょうか」

近年の軍事演習を見ると、中国軍は台湾をぐるりと包囲して封鎖する作戦をメインシナリオにしているようだ。これに対し、米軍はまず3海峡を封鎖して中国の軍・社会への原油供給を断ち、続いて台湾海峡を大量の無人兵器で「地獄絵図」に? 近年の軍事演習を見ると、中国軍は台湾をぐるりと包囲して封鎖する作戦をメインシナリオにしているようだ。これに対し、米軍はまず3海峡を封鎖して中国の軍・社会への原油供給を断ち、続いて台湾海峡を大量の無人兵器で「地獄絵図」に?

ただ、もちろん「地獄絵図」という言葉には根拠がある。

5月28日、米連邦下院議会は2025年度(今年10月から1年間)の国防権限法の法案全文を公開した。

そこに含まれる139兆円の予算案の中には、多種多様な無人兵器を多数保有する中国軍の量的優位を潰すために低価格の無人兵器を大量生産する新システム「レプリケーター」(自己複製子)の計画、AI搭載の新たな無人航空機や無人艇の開発、米陸軍へのドローン部隊の創設、そして、海洋を封鎖して中国への原油輸送を阻止する戦略などが盛り込まれている。

元米陸軍情報将校の飯柴智亮氏が解説する。

「中国が台湾に侵攻作戦を行なった場合、アメリカはマラッカ海峡、スンダ海峡、ロンボク海峡の3海峡を封鎖し、中国に向かうタンカーや貨物船を監視します」

その狙いは、中東地域から中国に輸送される原油の供給を止める―つまり、海軍や空軍の命綱である燃料、そして14億人の国民の生活を支えるエネルギーを盾にして、中国に侵攻中止を迫ることだ。

「海峡封鎖に当たっては、最新のAI技術を投入した無人航空機、無人水上艇、無人潜水艇が監視を行ない、軍も含めた中国側の動きを丸裸にするわけです」(飯柴氏)

米海軍が昨年末に調達を開始したボーイング社製の大型無人潜水艦「Orca(オルカ)」。ディーゼルと電気のハイブリッド推進で約1万2000㎞を自律航行できる 米海軍が昨年末に調達を開始したボーイング社製の大型無人潜水艦「Orca(オルカ)」。ディーゼルと電気のハイブリッド推進で約1万2000㎞を自律航行できる

この段階で中国政府が侵攻の中断もしくは中止を余儀なくされることが最善のシナリオだが、そうではなかった場合、いよいよ台湾海峡の「地獄絵図」化が実行に移される。

■双方が数千機の無人機を集結させる

最新無人機の動向に詳しい元航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長の杉山政樹氏(元空将補)は、空の戦いについてこう語る。

「ポイントは、パパロ司令官が決して『米軍人が最前線で戦う』とは言っていないことです。台湾海峡を封鎖するために無人機を徹底的に使う実行部隊は、実際には台湾軍が主になる。それをアメリカは支える。そういうことではないかと私は推測しています」

ちなみに、台湾はすでにアメリカから自爆型無人機「スイッチブレード300」(射程10㎞)720機、「ALTIUS600-M」(航続距離440㎞)291機を購入している。

また、海峡での戦い方としては、自爆型ではない無人機から誘導装置を取りつけた爆弾を発射し、艦艇の真横に着水させて爆発を起こし、弱点である艦底に穴を空けて撃沈する「クイックシンク」戦術を用いることも考えられる。

ウクライナの戦場でも活躍している小型のカミカゼドローン「スイッチブレード」。台湾はすでに720機を購入している ウクライナの戦場でも活躍している小型のカミカゼドローン「スイッチブレード」。台湾はすでに720機を購入している

今年4月にウクライナに供与された、航続距離440㎞(最長飛行4時間)を誇る自爆ドローン「ALTIUS 600-M」。台湾はすでに291機購入している 今年4月にウクライナに供与された、航続距離440㎞(最長飛行4時間)を誇る自爆ドローン「ALTIUS 600-M」。台湾はすでに291機購入している

「ただし問題は、台湾から中国沿岸に向けて無人航空機を飛ばす方向が台湾海峡の一正面しかないので、中国軍の防空網に必ず引っかかることです。また、中国軍は台湾の周囲をぐるりと包囲する戦略をすでに演習で見せており、台湾には距離的な縦深性(敵の攻撃が届かない場所)が存在しません。

ですから、もし侵攻を受ける事態となれば、台湾はどうせ撃墜される高価な偵察機を使うことはしない。情報はすべてスターリンク経由などで受け取る米軍の衛星などに頼り、安価な無人機を各種交えて飛ばすしかないでしょう」(杉山氏)

つまり空の「地獄絵図」とは、ありったけの無人機を短時間にどれだけ飛ばして、自爆もしくは爆弾で相手に命中させられるかの戦いだ。

「そしてもちろん、中国軍も同じことをしてきます。中国・台湾の両軍が、数千機の無人機を台湾海峡に集中させて、どこから飛んでくるのかわからないような戦い。戦争の歴史上初めての形になるでしょう」(杉山氏)

ところで、台湾の「縦深性のなさ」は日本にも大いに影響がある。

「台湾空軍のF-16戦闘機は、たとえ離陸しても飛行場がすぐにやられてしまって戻る場所がない。かといって、沖縄本島の米空軍嘉手納基地は遠く、そこまでは逃げ切れない。

決死の覚悟で逃げようとする台湾空軍F-16の退避場所として、もしかすると米軍は日本の先島諸島(宮古列島や八重山列島)の空港を想定しているかもしれません。当然、その場合は米軍の無人機発進基地としても使われるでしょう」(杉山氏)

「台湾有事は日本有事」という言葉は、決して大げさではないのだ。

■AIが指揮する海上・海中の無人機部隊

次に、海の「地獄絵図」について。前出の飯柴氏はこう推測する。

「米海軍が現在開発中の次期攻撃型原子力潜水艦(SSNX)は、複数の無人潜水艦をコントロールし、潜水艦本体からの攻撃に加え、原潜もしくは無人潜水艦から放たれる小型無人潜水艇からの攻撃が可能です。

リアルタイムで共有されるデータを基に、各無人艇が最も敵に効果的なダメージを与えられる標的、攻撃の順番などを独自に判断して攻撃していくというシステムです。パパロ司令官の言う『機密装備』とは、その技術を流用したものである可能性があります」

この飯柴氏の推測と、ウクライナ軍が黒海でロシア軍に仕掛けている攻撃をヒントに、どんな作戦になるか推定してみよう。

米海軍が開発中の、潜水艦から発射できる無人潜水艇「Snakehead(スネークヘッド)」。モジュール式で作戦内容に応じた構成が可能だ 米海軍が開発中の、潜水艦から発射できる無人潜水艇「Snakehead(スネークヘッド)」。モジュール式で作戦内容に応じた構成が可能だ

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●台湾海峡の海中に、AI搭載のスマート機雷、スマート沈底魚雷を無数に仕掛ける。

●海底付近には、無人指揮潜水艇と無人輸送潜水艇が潜む。指揮潜水艇からの命令で、輸送潜水艇はさまざまな無人兵器を出撃させる。

●出撃した無人水上艇は、海面まで浮上すると同時に、搭載していた自爆型無人機「スイッチブレード600」(射程40㎞)数機を発射。

●無人水上艇はそのまま付近の中国艦艇に向けて突撃を開始。その目標となった中国艦艇に、空からスイッチブレード600が同時自爆攻撃。狙いは艦橋、レーダー、甲板の艦対艦ミサイル。爆発炎上する中国艦艇の舷側に、無人水上艇が激突し、沈める。

●この攻撃に対応するために集結してきたほかの中国艦艇を目がけて、海中のAI沈底魚雷、AI機雷が作動する。

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こうして台湾海峡の海は、中国艦隊にとっての「地獄絵図」となる。先述の空の地獄と合わせて時間を稼ぎ、米軍の本格支援態勢が整うまでなんとか待つ――ということだ。

■あからさまな「侵攻」の形をとるとは限らない

ただし、本当にこのようなシナリオどおりに事が運ぶかどうかは疑問もある。

米海軍系シンクタンクで戦略アドバイザーを務め、今年2月には『米軍最強という幻想 アメリカは日本を守らない』(PHP研究所)を上梓した北村淳氏はこう言う。

「スマート機雷は確かに効果的ですが、敵の艦艇・船舶を認識して反応し、起動するわけですから、それらのデータ収集が最大の難関です。

また、忘れてはならないのは、中国が世界最大の機雷大国であるという事実です。中国が先手を打って台湾周辺や先島諸島周辺にスマート機雷をばらまけば、米艦艇や場合によっては海上自衛隊艦艇が吹き飛ばされかねません。

さらに、そもそもこうした態勢が本当に取れるのかという問題もあります。中国軍の侵攻部隊が発進した直後に、台湾海峡に向けて無人自律水上艇・潜水艇・航空機を数百?数千機も発進させるには、台湾の海岸線や沿岸海域、その上空に発射プラットフォームを展開させておく必要があります。

しかし、大前提として台湾は中国と目と鼻の先ですから、時間的に対応が間に合うのかはなはだ疑問です。また、もし中国が第一撃として大量の各種ミサイルを撃ち込み、台湾軍の継戦能力と台湾社会のインフラを麻痺させてから侵攻をする戦略を取れば、発射プラットフォームは壊滅してしまいます」

確かに、戦争は相手の裏をかくことが勝利の鉄則だ。中国がこちらに都合のいいように、教科書どおりの渡河作戦をバカ正直にやってくれる保証はどこにもない。

前出の菅原氏もこう言う。

「最近の中国軍の演習を見ていると、中国は台湾への着上陸侵攻ではなく、封鎖をメインに考えていますよね。しかもそれは、軍によるあからさまな脅しではなく、(日本の海上保安庁に当たる)海警局の公船を使った臨検、つまり戦闘行為ではなく『法執行』の形でジワジワ封鎖して締め上げるところから始まる可能性も指摘されています。

中国がこの種の演習を常態化させ、封鎖演習から徐々に本格的な封鎖に入っていった場合、法的な解釈が非常に難しいグレーゾーンの事態となります。それに対し、米軍が無人機部隊で攻撃を仕掛けるなんていうことが本当にできるのでしょうか?

米軍が本当に『地獄絵図』作戦をやって台湾海峡が戦争状態になった場合、海上輸送は止まり、台湾も日本も海路での輸入ができなくなります。海上法執行機関(海警局)による臨検・封鎖作戦にどのように対処できるのか、日米だけでなくほかの関係国も含め、もっと精緻に対策を考える必要があるでしょう」

航空機から投下し、艦艇の真横に着水・爆発させることで一発撃沈する「クイックシンク」戦術にも使用可能な米海軍のクイックストライク機雷 航空機から投下し、艦艇の真横に着水・爆発させることで一発撃沈する「クイックシンク」戦術にも使用可能な米海軍のクイックストライク機雷

当然、そのあたりのことは米軍もわかった上で抑止のメッセージを発信しているのだと信じたいが......。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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