佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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佐藤 6月18日にイスラエル軍(以下、イ軍)はレバノン攻撃の作戦計画を承認したと発表しました。つまり、すでにイスラエルとイランの争いの位相は変わっているのです。
――ヒズボラ(イランが支援するレバノンの武装組織)に対して、レバノンに先制攻撃が入るのですか?
佐藤 ヒズボラがイスラエルに侵攻するという確定情報(インテリジェンス)があれば、イスラエルが先制攻撃に入る可能性があります。イスラエル側は「計画の承認は攻撃の開始ではない」とは言っていますがね。
――そんな場合のイ軍はやる気十二分ですね。
佐藤 だから、これはかなりヤバいのです。
――徹底的な空爆ですか?
佐藤 空爆だけでは終わりません。これは地上戦まで行くと思います。
――ヒズボラが北朝鮮と作ったトンネルをぶち壊しながら、レバノン中部まで一気に進撃ですか?
佐藤 逆に、レバノンのヒズボラがイスラエル北部に入ってくるんじゃないでしょうか。イ軍は今、ガザに張りつけになっている状況ですから、その可能性が排除されません。
――イ軍は兵力が足らない?
佐藤 レバノンに攻め入るには、全く足りていません。
――ヒズボラはトンネル網をレバノン南部とイスラエル北部国境付近に張り巡らしていますから、イ軍の布陣する後方に出て奇襲をすることも可能ですね。
佐藤 あり得ますね。イラン・イラク戦争ではイラン軍が押してはいたものの、現場はイラン兵の死体の山でした。イラク軍は毒ガスの中にも突っ込んで「殉教だ」と自爆攻撃をしてきます。ヒズボラはシーア派ですから人命軽視、自爆覚悟です。ジープ200台ぐらいで「アラーアクバル」と叫んで突っ込んできたらどうなるでしょうか。
――その戦い方では、ハマスとの戦いなど幼稚園のお遊戯ですね。
佐藤 レベルが全く違いますよ。学芸会とプロの劇団の違いぐらいあります。
――イスラエルのネタニヤフ首相がブリンケン米国務長官に対して、「同盟国なのに武器を渡さず制限するのは何なんだ?」と文句を言っていましたね。2000ポンド爆弾(米軍が使用する3番目に重たい約900kgの爆弾、地面に深さ11.5mの穴を開け、厚さ3.4mのコンクリートを貫通可能。すなわち、地下のコンクリート建造物に潜む敵に致命傷を与えられる)を渡さないらしいです。
佐藤 文句を言うのはその通りだと思いますよ。
――これは、「始めるからね」というイスラエルから米国への意思表示ですか?
佐藤 そうです。
それから、イスラムのメッカ巡礼が始まって、イラン最高指導者のハメネイ師がイラン国営のネットメディア『パルス・トゥデイ』に声明を出しています。
『慈悲を招く慈悲深きアッラーの御名において
預言者アブラハムの声が、神の命令により、世界中のすべての時代の人々をこのハッジの時期にカーバ神殿に呼び寄せる』
と、そこから始まって、
『今年、罪を嫌うことは例年にも増して重要だ。ガサの惨状は現代史においても前例がない。シオニスト政権の横暴ぶりは、イスラム教の個人、政党、政府、集団いずれにとっても許されるものではない。今年、シオニスト政権とアメリカのような支援国への嫌悪は、ハッジの期間だけでなく、イスラム諸国そして全世界の人々へと広がらなければならない。
シオニスト政権とアメリカのような支援国への嫌悪は、各国政府が言葉と行動で示し、彼らに圧力をかけなければならない。
パレスチナの抵抗、その開花であるガザ市民の忍耐に世界は称賛せざるを得なくなっている。この抵抗は全面的に支援されるべきだ。
彼らの完全かつ速やかな勝利を、そしてあなた方ハッジ巡礼者の巡礼が受け入れられることを神に乞う。イマーム・マフディーの祈りがあなた方を支えてくれる。
あなたに平安と神のご加護があるように』(『イラン最高指導者、メッカ巡礼開始にあたりメッセージ』より)
となっています」
――気合い入ってますね。
佐藤 気合い入りまくっていますよ。
――これは裏を返せば、イランはロシアに対する最大の援護射撃になる戦争を、中東で始めるということですね。
佐藤 そうです。そして、『パルス・トゥデイ』ではさらに以下のようにプーチン大統領のことも非常に評価しています。
『プーチン氏は14日の記者会見で、アメリカやその同盟国がロシアを戦略的敗北に追い込もうとしていることに触れ、「アメリカはあらゆる手を使って自らの覇権を維持することに注力しているが、それは自らを行き詰まりに追い込むだけだ」と述べました。
また、ウクライナ戦争について「この戦争はロシアとウクライナの戦争ではない。西側諸国の好戦主義がもたらしたものだ。そして、それを特定の国のせいにするNATOの外交戦略だ」と述べました。
プーチン氏はその上で、「ロシアはウクライナ問題の平和的解決を望んでいたが、我々の提案はすべて拒否された」と述べました。
また、ロシアがヨーロッパ侵攻を狙っているとする報道を否定し、「このような報道は全くの事実無根だ。それは欧州が兵器競争をするための口実である。ロシアによる欧州への脅威はなく、本当の脅威はアメリカである」としました』(『プーチン大統領「現在の世界情勢は西側の横暴の結果」』より)
こういうことをイランのメディアが報じています。
――ウクライナに行く武器のほとんどが全部、イスラエルに行きますね。
佐藤 アメリカにとってはイスラエルの方がウクライナよりもはるかに優先度が高いです。そして6月19日には『パルス・トゥデイ』に『ヒズボラ組織の無人機の上にイスラエル軍幹部』という記事が出ました。
『イスラム抵抗組織ヒズボッラーの無人偵察機がイスラエル占領地上空を飛行する様子を捉えた動画が、シオニストらに大きな衝撃を与えました。
ヒズボッラーはイスラエルの軍事的脅迫に対抗して、フドフド(=ヤツガシラ)と呼ばれる無人機1機をイスラエル北部に投入し、占領地ハイファ港の重要な軍事拠点の撮影に成功しました。
シオニスト系メディアは、この無人機に関する動画を非常に危険なものだと報じるとともに、イスラエル北部の重要な軍事拠点から公開されたこの無人機の動画について言及しました。
シオニスト筋はこの動画を、イスラエルがレバノンを攻撃した場合、その代償は小さくないというヒズボッラーからのメッセージであるとみなしています。同時に、ヒズボッラーの強さがイスラエル軍と治安部隊を驚愕させていることを認めました。
イスラエルメディアはまた、「この動画と画像の公開は非常に憂慮すべきものである」と報じるとともに、「ヒズボッラーは死傷者の動画を公開しなかったものの、その諜報能力を誇示した」としました。
このシオニスト筋は、今回の動画の公開時期についても、次のように強調しています。
この動画の公開時期は決して偶然的ではなく、アモス・ホッホシュタイン米エネルギー担当特使のイスラエル・レバノン訪問と同時期に当たっている。
これに関連して、シオニストのアナリストであるヨッシー・メルマン氏は、「ヒズボッラーの戦略立案者たちは2006年の戦争以来、過去18年間にわたり我々の領土からの情報収集に成功しており、これは驚くべき成果である」との見解を示しました』
――ヒズボラも準備万端ってことですね。
佐藤 こうした情報を日本語でイランから出してくれているんですよ。
――ご丁寧でありがたいことですが、内容はすさまじく怖いですね。これ、ヒズボラから本物の二代目カミカゼ特攻機となる有人飛行特攻自爆機は来ますかね?
佐藤 自爆はやはり地上でしょうね。人間を吹き飛ばさないとなりませんから。しかし、ヒズボラは強力です。歩兵の正規軍としてイスラエル北部に入って来る可能性が排除されません。
――もうテロリスト集団ではなく、歩兵を主体とした正規軍でありますか?
佐藤 そうです。
――すると、ヒズボラはまず10数万発のロケット弾をイスラエルに撃ち込んで、アイアンドームを機能不全にする。続いて、地下のトンネル経由で予想もしない場所から、自爆ジープで突撃する。さらに、歩兵がイスラエル軍の背後や側面に突然現れて自爆。最後は、ヒズボラ正規軍が進撃して来る。
こんな構図ですかね。これでは、ウクライナに送るはずの武器は全てイスラエルに行きますね。
佐藤 そういう事態になればアメリカとして、それ以外の選択はありませんからね。
次回へ続く。次回の配信は2024年7月12日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。