韓国の民間団体が北体制批判ビラ搭載風船を発射したのに対抗して、北朝鮮が発射しかえしたごみ風船。「風船戦争」が勃発している(写真:Yonhap News Agency/共同通信イメージズ) 韓国の民間団体が北体制批判ビラ搭載風船を発射したのに対抗して、北朝鮮が発射しかえしたごみ風船。「風船戦争」が勃発している(写真:Yonhap News Agency/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――6月20日に韓国の脱北者団体が、金正恩体制を批判するビラ風船を北朝鮮に向けて発射しました。これに対し、6月24~25日の二日間にわたって、北朝鮮から韓国に向けてゴミ風船が応射され、両国は「風船戦争」を開始しています。

しかしこの件で、北の金正恩最高指導者の妹の金与正党副部長は、韓国をちゃんと「大韓民国」と国名で呼んでいます。これはなぜですか?

佐藤 昨年の終わりに北朝鮮は、韓国を「第一の敵」と認定しています。南朝鮮との統一路線を放棄したので、事実として大韓民国が存在していることを認めて正式国名で呼んでいます。だから、北朝鮮は韓国に対して主権国家同士のルールを守ろうと呼び掛けているということです。

――北朝鮮は上手い戦い方をしているということなんですね。

佐藤 というより、北朝鮮は国際社会のゲームのルールを守っているという意味です。先に風船を送ってきたのは韓国なので、「いい加減にしろ」というメッセージです。

――風船を送ったのは韓国の民間団体ですよね。

佐藤 民間団体であろうと、例えば「コミネ軍団」が竹島に勝手に上がろうとした場合には......。

――仮に、でお願いします。コミネ軍団はないですし、そこに行こうなんて気持ちも意思もございません(笑)。

佐藤 では、「仮に」コミネ軍団が武装して、竹島奪還を目的にして上陸しようとした場合、それを日本政府は阻止しないといけません。実際に、刑法でも私戦予備罪・私戦陰謀罪(刑法93条)が存在し、他国との戦争状態になるようなことを民間人が行なえば、適用されます。

民間人の行為であろうが、実効が及ぶ領域を管理するのが主権国家の仕事ですから。それができないということは、国家として統治ができていないということです。

――なるほど。

佐藤 韓国が風船を飛ばしているのは、「韓国民の表現の自由」と「北朝鮮の人々の知る権利の保障」を訴えたいからである。それが、韓国の公式の立場です。

では逆に北が風船を送るのは、「朝鮮民主主義人民共和国人民の表現の自由」で、「韓国国民の知る権利のためになっているんだ」ということが成り立ちます。

――納得です。

佐藤 金与正がこう切り返しています。「その論理を使えば、こういうことができる」とね。北はそれに加えて、軍事風船の着地実験をしています。だから、この応酬を繰り返せば繰り返すほど、北にとっては有利となります。

――いかなる弾道ミサイルよりも風船は安い。これは怖いですね。

佐藤 そうです。レーダーにも映りにくいですし、超音速のジェット戦闘機で落とせると思いますか?

――無理です。

佐藤 そうなれば、韓国は撃墜用の複葉機を作るか、もしくはセスナか何かを自動小銃でぶつけて落とすか......。

――風船撃墜のコストに見合わないです。さらに、北が風船の中に生物化学兵器、または放射性物質を入れていたら、撃墜した瞬間終わりになります。

佐藤 そう、人のいない海上でないと落とせません。なので、大して金が掛かってない風船を阻止するのは難しいんです。

――超安価で超面倒な戦略兵器ですね。だから、北朝鮮の知略と技術は本当にすごいと思います。

佐藤 あれは、帝国陸軍が登戸研究所で作った風船爆弾の延長にありますからね。

――大日本帝国が偏西風に乗せた大型風船を米本土に送り込み、山火事を発生させるという戦略兵器でありました。

佐藤 あの兵器は、地形的に風が西から東に吹いているから、西側から東側にしか使えません。北朝鮮は韓国よりも少し西にあります。そのため、北はたくさんの風船をかなり正確に誘導して韓国に落とせます。

特に秋から冬になって偏西風が強まれば、北はどんどん距離を東に伸ばせるんです。しかし、韓国側からは風向きをよほど計算しないとならないうえに、短距離しか飛ばせません。

――北のあの誘導技術ならば、簡単に北風船が来ますね。

佐藤 来ます。北と日本との関係が悪くなれば、秋には市ヶ谷や横須賀に北の風船がバーッと降りてくるかもしれません。

――零戦、再生産ですかね。いまロシア軍は、ウクライナからの無人機を複座のプロペラ機・Yak-52で落としているんですよ。

佐藤 農業用に使っているYak-52を利用しているみたいですね。

――その複座の後部に機関銃を持った軍人が乗って、ウクライナ無人機の撃墜を試みています。

佐藤 すると複葉機ですね。第一次大戦のフォッカー三葉機は、どうでしょう。高度2800mまで上昇できて最大速度160km/h、失速速度64km/hの機体です。

――それならば北風船、迎撃可能であります。しかし、中国が米国に飛ばした気球は高度が高すぎて、撃墜できたのはF22ラプターステルス戦闘機だけでありました。これは難儀でありますよ。

佐藤 そうですね。

――ところでその北朝鮮なんですけど、半島の核兵器廃絶に怒った北がこうすると、琉球新報の佐藤さんの記事の最後にありました。

【5月27日夜のJアラートによる警報に驚いた県民も少なくないと思うが、核抑止への依存を高める北朝鮮が今後、沖縄周辺に着水する核弾頭搭載可能な弾道ミサイル実験を行う機会が増えると思う』
 
北は、これ、やってきますか?

佐藤 あり得ますよ。

――沖縄に米軍基地がたくさんあるからですか?

佐藤 これも簡単な話で、日米地位協定がありますよね。

――はい。

佐藤 そこには、朝鮮半島で武力紛争が始まった場合、日本は自動的にホワイトビーチ、普天間、嘉手納、佐世保、横須賀、座間、横田の7つの基地を提供するという条項があります。沖縄にはそのうちの3つがあるわけですから、北朝鮮は当然、警戒します。

――そういうことなんですね。だから沖縄、沖縄県民の危機感と、中央の危機感がずれているわけですね。

佐藤 全然ずれています。韓国の政界スキャンダルがあっても、日本の政治にほとんど影響を与えません。沖縄から見ると、東京で起きている自民党の裏金問題は外国の政治スキャンダルなわけですよ。

――それはまた、すごい。

佐藤 どういう論理で動いているか、内在的な論理を読めば、何事もそんなに難しくはないんですよ。

――北朝鮮は国益があると判断して、空砲の核ミサイルを撃ち込むんですよね?

佐藤 国益には2通りあります。

――え!?

佐藤 「国家益」と「国民益」です。

――それはどう違うのですか?

佐藤 大体の場合は重なっていますが、ずれていることもあります。国民はポピュリズムに流されます。それはやむを得ません。政治家にとってポピュリズムは、短期的には利用可能ですが、中長期的な国益に合致しません。

――すると、長期計画の場合は「国家益」を中心に考え、短期の時は「国民益」を考えればいいのですか?

佐藤 中長期的に国益にとって良かれと思っても、国民の権利を毀損(きそん)することがあります。それは、日中戦争や太平洋戦争なんかがそうですよね。

だから、そこは難しい。これも全て具体化、個別化した議論をしないとなりません。抽象的な議論は馴染まないんです。具体的に何の問題についてどうするのが国益なのか、具体化していかないと話が進まないと思いますよ。

――まず、何が国益なのかを具体化する。それから、「国家益」と「国民益」に分けて考える。

佐藤 そう。まずは具体化が重要です。

――そういう考え方でいけば、自ずと結論の方向は見えて来ると。

佐藤 そういうことです。

――国益というのは、国が独立して、存在し続けることですか?

佐藤 いまの西側陣営の掟では、同盟関係に入らざるを得ません。「ジュニアパートナー」は「シニアパートナー」との関係において自らの主権を制限することです。なので、その度合いをどうしていくかが問題になります。

平たく言うと、日本が生き残るというポイントのひとつになります。アングロサクソンと絶対に戦争しないことです。アングロサクソンは戦争は強いし、滅茶苦茶やりますからね。

――一度とことん負けてますからね、日本は。

佐藤 基本的に「言うことを聞かなければ東京大空襲、広島・長崎の原爆のように皆殺しだからね」ということです。

次回へ続く。次回の配信は2024年7月19日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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