引き分けの戦友、習近平と金正恩(写真:AFP=時事) 引き分けの戦友、習近平と金正恩(写真:AFP=時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――琉球新報の佐藤さんの連載記事(日中韓首脳会談 「非核化」に激高する北朝鮮 佐藤優のウチナー評論)なんですけど、これ、ビビりました。岸田首相も参加した日中韓3国首脳会談の共同声明の中の一文に、北朝鮮が激怒したことにです。

『我々は、地域の平和と安定、朝鮮半島の非核化及び拉致問題についてそれぞれ立場を強調した。我々は、朝鮮半島問題の政治的解決のために引き続き前向きに努力することに合意する』

この中の朝鮮半島の非核化の一文に対して、北朝鮮は中国に激怒。『朝鮮半島における非核化は、力の空白を意味し、戦争の催促を意味する』と5月27日に北朝鮮外務省のスポークスマンが談話で発表しています。

中国が朝鮮半島の非核化について共同声明で言及するなんて、中国がトチ狂ったのでは?と思いました。中国はこんな共同声明になぜ署名したんですか?

佐藤 元々、日米中露韓北の六者協議で、北朝鮮の核問題に関して協議していました。中国もそこで非核化にずっと合意しており、今回の共同声明はその流れです。その先例踏襲でやったということですね。しかし、そうしたら北朝鮮が激怒しました。

――中国はそれを予測してなかったのですか?

佐藤 予測していなかったと思います。すなわち中国は、現在の北朝鮮の論理をよく理解していないことになりますね。

――この記事中にこう書いてありました。

『朝鮮半島の非核化で日本や韓国と手を握る中国を、北朝鮮は信頼することができないと思い始めている』

これはヤバいと思います。

佐藤 日本と韓国の外交力が拙(つたな)い。それに尽きます。だから、日本は北朝鮮の問題に関しても、ロシアとも話ができるようにしなければならないんですよ。ロシアが持っている北朝鮮情報を教えてもらわなくてはなりません。

――確かに。プーチン露大統領は、金総書記に祝電を送っていますもんね。さらに「不敗の戦友関係」とまで言っています。両国は戦友として戦った戦争では負けていませんから。

これからすると、中国は「信頼がなくなってきた、朝鮮戦争当時の引き分けの戦友」。この戦争は38度線で休戦条約が結ばれて現在に至っています。休戦は勝ち負けなしの引き分け。だから「引き分けの戦友」となっています。どうでしょうか?

佐藤 そういうことです。

――すると、中国は北朝鮮を持て余し始めているのでしょうか?

佐藤 というか、突然、北朝鮮がロシアにシフトしたので、当惑しているのだと思います。ただし、中朝両国は国境を接しています。そして、中国の吉林省にある延辺(えんぺん)には朝鮮人もいます。

――「延辺朝鮮族自治州」ですね。思いっきりロシアとも陸続きの国境線をお持ちです。

佐藤 すると、北が延辺地区を統合しようとしたら、えらい面倒臭いことになりますよ。

――不敗の戦友・ロシアがすぐ隣ですからね。

佐藤 そして「北は中国を信頼することはできない」という流れになりましたからね。

――北は中露を両天秤に掛けて、トランプという"おもり"の出現を待っているのでしょうか?

佐藤 そういうことになります。

――北からみれば、トランプとは与(くみ)しやすい。一方トランプからしてみれば、プーチンと懇意の北とは仲良くしたいと思います。

佐藤 金正恩にとってトランプが与しやすいかどうかはわかりませんが、二人の間には過去の対話による信頼関係があります。金正恩としてはロシア、アメリカとの関係を併せて調整できますからね。

――すると、金、プーチン、トランプの三者会談が実現する可能性はありますか?

佐藤 プーチンが進めるのは二ヵ国間の協商関係であって、マルチではありません。

――なるほど、二ヵ国関係ですもんね。だから、三者会談はないと。

佐藤 そうです。プーチンはあくまで二国間関係をベースに行動したいので、多国間合意でロシア外交の選択肢が縛られるのを嫌がりますよね。

――納得です。確認ですが、北の核兵器は韓国・日本、米国に向けられていますけど、この標的に中国・北京も加わったのですか?

佐藤 潜在的には加わっていると思います。例えば将来、中国が米国と組んで北に圧力をかけるような事態が生じた場合は、北京も射程圏内に入るはずです。

――ますます北朝鮮は外交上手でありますね。

佐藤 その通りです。グレートゲーム的な発想からすると、中国は北朝鮮の政権を打倒して、自らのコントロール下にある傀儡(かいらい)政権を作っても構わないわけです。

金正男は中国の傀儡になる可能性があったから消されたという説もあります。私はそうではなく、CIAの協力者になる可能性があったので消されたと見ています。

――なるほど。すると、北が中露を両天秤にかけている時、"おもり"の行方となるトランプはどうなんでしょう?

トランプ政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたロバート・オブライエン氏が、トランプが再選した場合、米国は中国を経済的に切り離すべきだと主張しています。やりますかね?

佐藤 そんな損することはしませんよ。それはトランプ周辺にいる人たちの希望的な観測ですね。確かに前回のトランプ政権の時に、いままでの民主党政権の中国依存を軌道修正しました。しかし、中国とのビジネスを止めるかとなったら、それは止めませんよ。

――あの巨大な経済関係は、止められないですよね。

佐藤 無理です。

――トランプが返り咲いたら、米国は価値観外交をやらなくなりますか?

佐藤 それは止めることになると思います。

――面白くなりそうです。

佐藤 米国の持っている閾値が限られていますから、最終的には同じなんです。バイデンよりトランプの方が変化のプロセスが速いだけです。ただ、それが見えない人たちはぼーっとしています。

――すると米大統領選はトランプになろうが、バイデンのままであろうが......。

佐藤 5年のスパンで見れば、あまり変わりませんね。

――トランプになったらテンポが速くなるだけですか?

佐藤 そういうことです。では、結局どっちがいいのでしょう? 私はいつまでもダラダラした状況が続くより、トランプが大統領になってはっきりしてしまったほうがいいと思いますよ。

――これだけ世界が速く動いている時に、無意味な争点によってダラダラと国内を分裂させているバイデン政権では、世の中に追いつけないわけですよね?

佐藤 その通りです。

次回へ続く。次回の配信は2024年7月26日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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