永田町は石丸伸二をどう見ているのか? 永田町は石丸伸二をどう見ているのか?

■ネット選挙の申し子

都知事選で165万票を集め、時の人となった石丸伸二前安芸高田市長(41歳)。

本人は「都民の総意が表れただけ」と素っ気ないが、その戦いぶりはこれまでの選挙戦の常識を覆すものだった。石丸選対に密着した全国紙政治部記者が目を丸くする。

「異例ずくめ。300人も集まれば上々とボランティアを募ったら、5500人が殺到してきた。しかも、やる気満々の人ばかりで、都内1万4000ヵ所ある掲示板へのポスター張りをわずか2、3日で終えた。

古びた選挙戦はやりたくないという石丸氏の意向もあり、選挙事務所にはダルマも為書きもなし。その殺風景な事務所に連日、200人以上のボランティアが詰めかける。こんな熱量の高い選挙事務所を見るのは初めてです」

街頭演説も異彩を放っていた。既存政党の公認を受けた大物候補の場合、人流の多いターミナル駅前に著名な弁士と共に選挙カーに上り、公約を長々と語る街宣が通常のスタイルだ。

「石丸候補の街宣は下町や私鉄沿線の小さな駅前が中心。しかも、応援弁士もなく、たったひとりのミニ街宣です。

演説も公約にはほぼ触れず、自己紹介や『政治再建を一緒にやろう!』と15分間ほど呼びかけたら、さっと切り上げて次の予定地へ移動する。当初はこんなしょぼい街宣で集票なんできるのかと首をかしげたものでした」

だが、石丸候補があえて薄味のミニ街宣に打って出たのは計算ずくのことだった。石丸選対関係者が解説する。

「石丸候補は新顔で無所属。組織票に期待できないので、無党派層を取りにいく必要があった。そこでミニ街宣を選んだのです。短いから1日に10ヵ所以上回れる。政治に関心がない無党派層も飽きずに最後まで聞ける。そして、こんな決まり文句で街宣を締めくくる。『この続きはSNSで――』。

聴衆の大半はスマホなどで熱心に石丸候補を撮影している。ミニ街宣で回数を稼いで聴衆を集め、石丸候補の演説シーンを切り抜き動画などとしてネットにアップすることを暗に呼びかけることで、さらに石丸伸二という名前は拡散される」

この狙いは当たり、選挙期間中の石丸候補のネットでの動画再生実績は動画数2885本、再生数約1億5400万回にも達した。

ちなみに、ライバル勢は小池百合子都知事が動画数1496本・再生数約9000万回、蓮舫候補が動画数1644本・再生数約8800万回再生(YouTubeデータ分析ツール『kamui tracker』調べ)だった。石丸候補はまさにネット選挙の申し子だ。

石丸氏の選挙対策本部長を務めた実業家の小田全宏(右)氏と事務局長の藤川晋之助氏(左)。石丸ブームのキーマンだ 石丸氏の選挙対策本部長を務めた実業家の小田全宏(右)氏と事務局長の藤川晋之助氏(左)。石丸ブームのキーマンだ

政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が言う。

「これまで地上戦50%、空中戦40%、ネット戦10%というのが選挙の常識だった。ところが、石丸さんの登場でその常識が変わった。今後はどんな選挙であれ、ネット戦が大きなウエイトを占めることになるはずです。

石丸さんの無党派層の得票率は当選した小池知事を4ポイント上回る36%。蓮舫さんに至っては16%に過ぎない。ネットを駆使して政治に関心が薄い層を演説会場どころか、投票所まで足を運ばせ、大量得票した。

こんな候補は過去にいない。ネット選挙が解禁され、今年で11年目になりますが、石丸さんは多くの政治家が試行錯誤してきたネット選挙の答えを出した最初の候補と記憶されるでしょう」

■評価は真っ二つ

見事な選挙戦が絶賛される石丸氏だが、政治家としての評価は真っ二つに分かれる。熱狂的なコア支持層が形成され、政界のニューリーダーとして多方面から期待される一方で、「キャラが怖すぎる」「公人になるべき人ではない」などと、批判の声も絶えない。

石丸批判が噴出するきっかけとなったのは選挙特番など、一連のメディア出演でのこわもてぶりだった。他の出演者からの質問を「なんという愚問」「前提のくだりがまったく正しくない」と切って捨てたり、真正面から答えずに冷笑したり。その塩対応ぶりに「想像していた人柄とずいぶん違う」と拒否感を示す人は少なくない。

元自民党衆院議員で「政治団体赤字黒字」の代表を務める安藤裕氏が言う。

「政治家が熱狂的な支持を集めるのに、ひとつのパターンがあります。大衆が日頃から悪者と思っているわかりやすい敵をぶった斬り、正義の役を演じる。その小気味よさに大衆が熱狂する。

『恥を知れ!』などの過激な物言いで安芸高田市議会を叩き、注目を集めた石丸さんはまさにこのパターンに当てはまります。小難しい政策論議を避け、わかりやすいメッセージを繰り返し、大衆を考えさせないようにするのです。

都知事選でも石丸さんは政策を語らず、政治を変えようという短いメッセージを繰り返すだけ。それだけですでにSNSで洗脳され、熱狂している大衆には十分なのです。しかし、その『考えさせず、熱狂させる』やり方は古今東西の歴史が示すように、とても危うい政治手法です」

その先に待つのは「熟議なき政治と独裁だ」と、安藤氏は警告する。

「二元代表制の地方自治では、首長と議会が意見の違いがあっても熟議し、同意できる地点を見つけないといけない。しかし石丸さんはハナから熟議を拒否し、ひたすら議会を責め続けた。残るのは分断と対立です。

石丸さんはメディア攻撃にも熱心で、中国新聞の特定の記者をつるし上げていました。こうなるとメディアも萎縮し、質問をしなくなる。この状態が続くと、やがて権力者である市長に迎合する議員やメディアが出てきて多数を占めるようになる。

その先に待つのは独裁です。絶対的な権力を手にした市長に逆らう『抵抗勢力』は、熱狂した大衆の力も借りて徹底的に弾圧されるでしょう。石丸さんの台頭はとても危険な兆候だと私は考えています」

前参議院議員でジャーナリストの有田芳生氏もこう言う。

「石丸さんを見ていると、既得権益との対決姿勢を鮮明にし、頭角を現した橋下徹元大阪市長を彷彿とさせます。ただ、橋下さんにはどこか愛嬌があった。

その点、選挙特番で元乃木坂46の山崎怜奈さんなどに見せた石丸さんの対応はただただ怖かった。嫌な人、面倒な人、危ない人という印象は免れない。あの振る舞いはどう見てもしくじり。妥協点を見いだすのが政治。対決姿勢だけでは続かない。割と早くメッキが剥(は)がれてしまうかもしれません」

その後も石丸氏は『グッドモーニング』(テレビ朝日系)の単独インタビューで山崎怜奈さんへの対応を問われ、「女子供に容赦するっていうのは優しさじゃないと思っている」「(頭)ポンポンってしてあげるのが良かった?」、さらには『そこまで言って委員会NP』(読売テレビ系)でも少子化対策として「一夫多妻制を導入するとか、遺伝子的に子供を生み出すとか、そこまでやらないと人口減少は止まらない。どう考えても無理です」と答え、さらなる炎上を引き起こした。

絶賛と批判。相反する採点が渦巻く中、多くの人々が石丸氏の評価を測りかねている。

■3つのシナリオ

とはいえ、石丸氏が政界の風雲児視される状況に変わりはない。国政挑戦への意欲を問われ、「選択肢としては考える。(衆院)広島1区。岸田首相の選挙区です」と答え、世をざわつかせるような政治家はそうはいない。

永田町も石丸氏の動向には神経をとがらせている。既成政党の支持率が低迷する中、無党派層の支持を集める石丸氏の動向が国政レベル、地方レベルにかかわらず、台風の目になりかねないからだ。

例えば、石丸氏が言及した広島1区。前回の2021年衆院選の岸田文雄首相の得票数は13万票余り。得票率は実に80%を超える。盤石の戦いといってもよい。

ただ、本気で石丸氏が挑んでくれば、首相も安閑としてはいられないかもしれない。「次の衆院選で広島1区は区割り改定となり、新たに隣接する府中町、海田町、坂町の3自治体が加わる。

ところが、直近の府中町、海田町の町長選で自民候補がけっこうな票差で連敗を喫してしまったんです。自民への逆風はすさまじい。そこに無党派層の支持を集める石丸氏が殴り込んでくれば、岸田首相といえども接戦に持ち込まれかねない」

石丸氏はどこに向かおうとしているのか? 前出の石丸選対関係者は以下のような3つのシナリオを予測する。

「ひとつは国政進出。165万票集めた石丸氏なら、参院比例区での当選は堅い。ふたつ目は都道府県の首長選挙。国会議員になってもしょせんは衆参713人のひとりに過ぎない。法案提出したくても衆院で20人、参院でも10人以上の国会議員が必要。ひとりでは何もできません。

その点、首長なら議会を解散したり、専決処分で自分の政策を通せたりするなど強い権限がある。首長選への挑戦は石丸氏の次の一手としてありえます」

だが、それよりも現実的な路線があると、石丸選対の関係者は言う。

「1番目と2番目のシナリオを融合させた3番目のシナリオが最も可能性が高い。それは東京で地域政党を立ち上げ、そこで得たパワーをバックに国政進出して力を蓄え、4年後の都知事選に再チャレンジするというシナリオです」

安芸高田市の市長を辞し、都知事選で落選した今、石丸氏はただの一匹オオカミ。新党結成には莫大なエネルギーがいるが、そんな構想を実行できるのか?

「都内で165万票を得た石丸氏が東京を拠点とする地域政党を立ち上げ、来年7月に予定される都議選候補を公募するとぶち上げれば、都議になりたいという人が数百人単位で手を挙げるでしょう。

石丸さんなら候補公募はネット、資金集めもクラファンでお手のもの。都議選の当確ラインは2万票前後で、石丸氏が都知事選での各選挙区の得票を分析し、上手に案分して候補を出せば、自民、都民ファースト並みの当選者を出せる。都議という足腰があれば、国政選挙でも十分に戦えます。

来年は衆参院選もある。比例を中心に数議席の確保は可能です。その比例名簿の1位に石丸氏を載せればいい。そうして国政、都政で一定の政治勢力を維持しつつ、4年後の都知事選に再チャレンジすれば、石丸さんは間違いなく最有力候補になる」

東京都の財政規模は一般、特別などの3会計を合わせると約16兆円で、その額はスウェーデンの国家予算に匹敵する。その執行権を握る都知事は小さな国家の大統領のようなもの。石丸氏本人もメディアに「首長に興味がある」と答えており、このシナリオはかなりの現実味がある。

「だからこそ、石丸氏の政治姿勢、国家観などを見極め、彼が国民をどこに連れていこうとしているのか、冷静な目で観察しなければなりません」(前出・鈴木氏)

石丸氏の政治家としての適性、そしてその真価が明らかになるのは、この熱狂的ブームが去った後だ。