史上最多の56人が立候補し、ポスター問題などで大炎上した東京都知事選挙。実は表に出ていた部分だけでなく、裏の部分でも多くの問題や混乱が起こっていた。
そこで、都知事選を告示日前から取材していたフリーランスライターの畠山理仁(みちよし)氏と選挙ライターの宮原ジェフリーいちろう氏に、都知事選の現場取材で拾ったおもしろ話やこぼれ話を語ってもらった。
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■N国党だけじゃなかった選挙ビジネス!
――今回は56人が立候補したことで告示日から混乱していましたよね。私も都庁に取材に行ったら「候補者の方ですか?」と声をかけられました。
畠山 それは、おそらく広告代理店の人だと思います。「立候補をお考えだったら、ぜひ、うちで新聞広告やポスターを作りませんか?」と営業に来ているんです。候補者のカバン持ちをしたり、いろんな相談に乗ってくれたりするので、ひとりで来ている初めての候補者は「優しい人だな」と思って、ポスターやビラを発注しちゃうんです。
宮原 告示日の1ヵ月前から、選挙管理委員会で立候補届出書類の配布が始まるんですが、それを取りに来た人を待ち構えていて声をかけるんです。繁華街のキャッチみたいなもんですよ。しかも、選挙ポスターやビラなどは公費負担もあります。だから、業者間で取り合いになるんです。
――それって"裏の選挙ビジネス"ですよね。なんか候補者の選挙ビジネスのことを批判してられないですね。
畠山 そうです(笑)。立候補届出会場には候補者本人以外の人が来ることも多いので、「候補者の代理人かな?」と思った人には、一応、声をかけているんだと思います。
宮原 今回もひまそらあかねさんは代理人が届出に来ていました。立候補するとは思っていなくてノーマークだったので「ひまそらあかねさん受理」と聞いたときにはびっくりしましたよ。
畠山 もっとスゴかったのは、2020年の都知事選です。代理人ですらない宅配便の人(業者)に立候補届出書類を託した候補者がいました(笑)。
立候補届出書類が受理されると、街頭演説で使う標旗(ひょうき)や運動員の腕章、ビラに貼るシールなどの「選挙七つ道具」をもらうのですが、それを持ち帰ることまでをセットにして依頼したんです。だから宅配便の人は「書類を届けて七つ道具を持ち帰ってと頼まれただけ。何もわかりません」と混乱していましたね。
――今回は選挙ポスターを張る枠の数が足りなくなって、当日にクリアファイルを配ったりもしましたよね。
畠山 これは選管の大失態ですね。それでポスター枠がなかった候補者たちが怒って、アキノリ将軍未満さんは都に1円の損害賠償請求訴訟を起こすと表明しました。また、小林弘さんはポスター代などの選挙費用2000万円の裁判を起こしています。
宮原 アキノリ将軍未満さんは、選挙の無効も訴えています。クリアファイルに入れて枠外に張っても、雨風で取れたり、曲がったりして見えなくなります。やはり不公平だなとは思います。
畠山 ポスター掲示場は告示日の1ヵ月くらい前に選管のベテラン職員が「今回は何人くらいだろう」と予想して発注するんです。それで今回は今年4月にNHKから国民を守る党が「都知事選に30人出す」と発表したときに48枠に決めたようです。
実はこれには裏話があって、N国党の立花孝志党首は「届出をギリギリまで待つ。48人を超える分に関してはポスターを張らないから増設しなくていい」という話を選管としていたそうです。ところが、自分たち以外に30人以上が立候補しそうだとわかって、ギリギリまで待たずに「もう一気に届出します」となったようです。
――だから、足りなくなったんですね。あとポスタージャックも話題になりました。
宮原 16年の参院選で「支持政党なし」という政治団体が、横並びで4枚同一のポスターを張っているので、今回が初めてではないんです。
畠山 昭和初期には何枚ものポスターを組み合わせてひとつの意味のあるポスターにして「違反」とされたこともありました。今回はそれぞれ独立したポスターで、大量に枠を確保することで注目を集めようとしていましたね。
N国党のポスタージャックは今回の都知事選のための戦略ではなく、来年の参院選で国政政党になるための宣伝です。ニュースに取り上げられた時点で大成功だと思います。
ただ、24人立候補して7200万円の供託金を使ったのに、約1000ヵ所、550万円くらいの寄付しか集まらなかった。今回の選挙だけを考えると完全な赤字です。もう同じ戦略は取らないと思います。
宮原 次の選挙でも何かたくらんでいると思いますけど。
――ポスター問題といえば、ほぼ裸の女性のポスターを掲示した白塗りジョーカー議員の河合ゆうすけさんも注目されました。今回は顔を緑色にも塗っていましたよね。
宮原 あれは映画『マスク』(94年)のマネです。「今回は新しいキャラでいきます」みたいなことを言ってました。
畠山 でも、選挙期間中は白塗りの日もありましたよ。政見放送で小池百合子さんのマネをして「白塗りです」とか言っていましたから。
宮原 河合さんは元お笑い芸人なんですよね。
畠山 そうです。18年、20年の『M-1グランプリ』にエントリーして1回戦で敗退しています。
出馬表明記者会見では、過去に新聞社から「白塗りだと載せられないから化粧を取れ」と言われたことに憤っていて「女性には化粧をする権利があるのに、どうして男にはないんだ?」と言っていて、それは一理あると思いました。
本人は社会の常識に挑戦したいという思いがあり、「今、皆さんが非常識だと思っていることも、数年後には常識になるかもしれませんよ」と語っていました。
■Dr.中松は候補者からもリスペクトされている!
――選挙期間中に「これはおもしろかったな」と思ったことはありましたか?
宮原 ドクター・中松さんは「96歳という年齢なので街頭演説はしない」と言っていたんです。でも、ドクター・中松を生で見たいという声が日に日に高まって、選挙戦最後の7月5日(金)から街頭演説をやり始めました。
畠山 「もしかしたら、これが最後の演説になるかもしれない。これを逃したらもう二度と見られないかも」と思って現場の新橋駅に行ったら同じような思いの人が30人くらい集まっていました。
20分くらいの演説を終えたところで「お疲れさまでした。これが最後ですか?」と声をかけたら「明日もやろうかな」と言ってくれました。演説をしたら元気になったみたいです。
宮原 それで次の日の6日(土)に都庁のプロジェクションマッピングが見える場所に行って「どんだけくだらないものか見に来てやった。やっぱりくだらなかった」と言っていました。
でも、ドクター・中松人気は高くて、いろんな人から握手を求められていましたよ。やはり「都知事選といえばドクター・中松」と思っている人はけっこういるんじゃないでしょうか。
畠山 いるでしょうね。
宮原 実は、僕が浪人していたときにドクター・中松さんが都知事選に立候補して、ポスター張りのボランティアを募集していたんですよ。当時は暇だったのでポスター張りのボランティアをしたんですが、あれが選挙取材の原点だったかもしれません。
畠山 じゃあドクター・中松チルドレンだ!
宮原 はい。DNCです!
畠山 ドクター・中松チルドレンは今回の候補の中にもいて、N国党の南俊輔(みなみ・しゅんすけ)さんがそうです。南さんはかつてドクター・中松さんの選挙を手伝ったことがあって、中松さんから「ドクター・中松チルドレンを名乗っていい」と言われているみたいです。
宮原 でも、本人はなぜか名乗っていない。
畠山 忠臣蔵義士新党の小野寺こうきさんも、ドクター・中松さんが最初に選挙に出たときは選挙対策本部にいたと聞きました。小野寺さんの事務所に行くと、ドクター・中松さんとのツーショット写真が置いてありました。
宮原 だから、ドクター・中松さんはスゴい人なんです。今回、僕はすべての候補者にアンケートをお願いしたんですけど、その中でも都のさまざまな問題をきちんと理解して、深い回答をしていたのが中松さんでした。しかも、あれはご自身で書いていた感じの文章です。
宮原 出るんじゃないですか。
畠山 100歳ですけどね。実は14年には『週刊プレイボーイ』で引退インタビューもしたし、「遺言」まで聞いているんですよ。でも、それを撤回して出てくれると、やっぱりうれしいですね。
宮原 いないと寂しいです。
畠山 あと、気になった人でいうと、野間口翔(のまぐち・しょう)さん。彼は、都知事選に候補者がたくさん出る理由は政見放送があるからだと言っていました。政見放送をなくせば乱立を防げるという考えなので、ご自身は政見放送をやらなかったんですよ。
でも、政見放送をやらなかったことによって、その主張を世間に伝えるチャンスも失ってしまった。それにポスターを張るのに時間が取られて、街頭演説もほとんどできなかったんです。
――演説よりポスターのほうが大事なんですか?
畠山 みんな真面目なんですよ。自分のポスターが張られていないと嫌なんでしょうね。業者に頼むと1ヵ所1000円くらい取られますから。
――1ヵ所1000円!?
宮原 はい。ポスター掲示場は都内に1万4000ヵ所あるので、全部を業者に依頼して張ると1400万円かかります。
だから、ひとりで戦っている候補が「そんなお金ないですよ」というと、広告代理店は「主要なターミナル駅近くの5000ヵ所に張るプランもあります」みたいなことを言う。すると「じゃあ、それでお願いしようかな」みたいな気持ちになっちゃう。
――いいカモですね。
畠山 そういう面も多分にありますね。
――最後に"主要候補"について聞きたいのですが、まず、小池百合子さんはどうですか?
畠山 今回は演説中に「やめろコール」が出たんですが、これまではそういったコールにも負けずに演説を続けるのが小池さんでした。ところが今回は途中で演説をやめたんです。あれには驚きましたね。
宮原 小池さんのことをよく思っていない人たちの連帯が可視化された気がします。
畠山 街頭演説をする場所に小池さんを批判する人が来ると、緑色の服のスタッフが「あなたは中に入れません」みたいなことを言ってたんです。
宮原 でも、それっておかしいんですよね。誰もが入れる公道なわけですから。
畠山 演説ができなくなるほどの妨害は許されないけれど、本来は誰もが意見を表明していいのが民主主義です。
それをきちんと理解していない人たちに支えられていることが露呈したと思います。でも選挙戦後半に「それはおかしい」という声が高まると、普通に入れるようになりました。
畠山 石丸伸二さんは、安芸高田(あきたかた)市長選での選挙ポスター製作費の一部が未払いということで裁判に負けました。一方で、過払い金返還訴訟を多く手がけるアディーレ法律事務所元代表の石丸幸人(ゆきと)さんも出馬したということで、"未払いの石丸"と"過払いの石丸"と呼ばれていました。
宮原 石丸伸二さんが、ここまで票を伸ばしたのは、いろんな組織から応援が入ったのもひとつの要因でしょうね。
畠山 東京維新の会の事務局長などを務めた「選挙の神様」と呼ばれている藤川晋之助(ふじかわ・しんのすけ)さんが選対事務局長を務めていました。
宮原 選対本部長が「TOKYO自民党政経塾」塾長代行の小田全宏(おだ・ぜんこう)さんでした。
畠山 だから、石丸さんがこのまま自由でいられるのかなというのがちょっと心配です。
宮原 演説もちゃんと聞いていると「古い政治を変えて、新しく僕らで進むんだ」みたいな感じで政策のことに重点が置かれていないんですよ。
畠山 支援者は切り取られた部分の映像しか見ていない人が多い。だから、僕は今回の選挙を「切り取り民主主義の台頭」と呼んでいるんですけど、短くてインパクトがある動画だけを見て投票行動を決める人が多くなったからだと感じます。
だって、石丸さんは「政策の続きはウェブで」と演説しているんですよ。最初から政策をきちんと話すことを考えているとは思えない。
――蓮舫さんは3位でした。
畠山 蓮舫さんを支持する人は、割と政治に詳しい人が多いと感じました。だから、内輪ではすごく盛り上がる。
それはすごいことだけど、横には広がっていかなかった。支持する人もそれがわかっていたから、駅前で「7月7日は都知事選の投票日です」みたいな看板を持って選挙に注目してもらう"ひとり街宣"が活発に行なわれました。
宮原 危機感を持っていたから、そういう行動に出たんでしょうね。
畠山 もし、選挙前から「主要候補」として報道されていたら、結果が違っていた可能性があります。安野さんは石丸さんの次くらいに街頭演説を多くしていましたね。
宮原 それからポスターを張っていない場所がひと目でわかるようなマップシステムをつくって、ボランティアの人が全箇所に張っていました。
畠山 AIタウンミーティングといって、有権者から24時間意見をもらって政策をアップデートしていくこともやっていました。
何よりもすごいのは、選挙後にAIを駆使した選挙戦のやり方を広く公開して、「今後、選挙に出る人も使ってください」とシェアしようとしたことですね。
宮原 これまでの候補と全然違いますよね。今後、どういう活動をしていくのかすごく興味があります。
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24年の東京都知事選挙は終わったが、立候補者たちの活動は今後も続いていく。選挙後も彼らの動きには注目していきたい。
●畠山理仁
1973年生まれ、愛知県出身。フリーランスライター。『黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い』(集英社)で第15回開高健ノンフィクション賞受賞
●宮原ジェフリーいちろう
1983年生まれ、東京都出身。選挙ライター。著書に『沖縄〈泡沫候補〉バトルロイヤル』(ボーダーインク)。TBSラジオ・ポッドキャスト番組『セイジドウラク』に出演中