野戦と市街戦で突然、地下から現れる地下戦争を露軍は開始した 野戦と市街戦で突然、地下から現れる地下戦争を露軍は開始した
ウクライナ東部戦線に関する奇妙な報道が錯綜し始めた。

7月9日のスペインメディアの報道によると、ロシア軍(以下、露軍)が、ドネツ川の運河沿いに3km以上の長さのトンネルを掘り、ドネツク州にあるウクライナ軍(以下、ウ軍)の防御陣地の背後に侵入したというのだ。

また、連日ウクライナの戦況を配信しているYouTubeチャンネル『真・防衛研究チャンネル』でも、露軍は下水道の障害物を音も立てずに手作業で除去して、ドネツク州のトレツィク方面、ニウ・ヨルクのウ軍防御陣地の裏側に突然、現れたと伝えている。

この作戦に関して、元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)はこう解説する。

「露軍は、1.5トン誘導滑空爆弾などの空爆と砲撃でウ軍防御陣地を破壊し、そこにいる兵員に損耗を与えました。その後、ストームZと呼ばれる受刑者歩兵部隊が突撃。ウ軍陣地まで肉薄し、大きな損害を出しながらも少しずつ占領地を拡げています。

この攻撃方法は単純な行動のため、訓練を積んでいない新兵でも実行できます。しかし、これが市街戦となるとこの戦法はうまく機能しません。ウ軍兵士との熟練度には大きな差があり、露軍の損害は増え、占領地の拡大が難しくなります。

そこで、塹壕(ざんごう)戦で膠着した時に使用したことのあるトンネルを通りウ軍の後方に出て、退路を遮断する作戦に出ました。対するウ軍は包囲を恐れて、後退せざるを得ない状態になります。このトンネル戦法で占領地拡大に至ったといえます」(二見氏)

地下戦争の兆候を裏付ける報道がある。

7月6日に、プーチン露大統領が北朝鮮に派兵を要求した可能性があると読売新聞が報道した。記事内には『韓国政府内では、ロシアが一方的に併合したウクライナ東部に、北朝鮮の工兵部隊を投入し、復旧作業に従事させるとの観測がある』と書かれている。

地下戦争には、北朝鮮軍の工兵が関わっている可能性がある 地下戦争には、北朝鮮軍の工兵が関わっている可能性がある
これは、トンネル戦に北朝鮮工兵が関与している可能性を示唆している。

昨年週プレNEWSにて配信された記事(イスラエル殲滅で共闘する「ハマス」&「ヒズボラ」とは一体何者なのか?)では、国際政治アナリストの菅原出氏がこう語っていた。

【ヒズボラと北朝鮮は1980年代後半からイランの仲介で関係を構築し、水面下でトンネル技術の〝密輸〟が行なわれていたようです。2000年代以降に表に出てきたものを紹介しますと、
(中略)
2007年、ヒズボラの指揮官100人が北朝鮮を訪問し、地下トンネルを使った侵攻、戦闘術、防諜術、サバイバル術を学ぶ契約を締結。
(中略)
イランやヒズボラ経由で、ハマスにも資金やトンネル技術を含めたさまざまな技術の提供がなされているはずです】

ハマスは"中東最強"と言われるイスラエル軍相手に、地下トンネルを駆使して10ヵ月以上も戦っている。

「トンネルを構築する建設工兵の訓練には時間がかかります。とすれば、北朝鮮工兵部隊にトンネルを構築させ、新兵にはトンネル戦闘術を伝授し、トンネル用戦闘部隊を作ることは想像できます。

トンネルを建設する工兵は地下にいますから、姿を見せません。また、砲爆撃や掘削中の事故で埋まった場合には証拠が残りません」(二見氏)

目立たない地下で活躍する北朝鮮の建設工兵は「ステルス工兵」とも呼べる。

「ロシアと北朝鮮は有事の相互軍事支援を策定した『包括的戦略パートナーシップ条約』を締結しています。それが、今回の支援根拠になります。

110万人の兵力を有する北朝鮮は、平時での訓練にも金がかかるので、兵士を建設業務、生産活動に従事させています。そんな多くの兵隊を持て余している時に、兵士をウクライナ支援で送り込めるのは『渡りに舟』です。

もし、10万人をロシアに送り込めれば、その10万人分を食わす食料が北朝鮮国内で必要なくなる。そして、その10万人の兵士は外貨を稼げるわけです」(二見氏)

では、露軍がトンネルを使った地下戦争を、いまこのタイミングで開始したのはなぜなのか。

「ウ軍は、米国からの武器弾薬の提供がストップし、弾薬、長距離打撃戦力、防空戦力の不足から防衛戦闘を選択せざるを得ませんでした。

しかし、現在は砲弾の供給が再開し、薄い対空戦力の強化もかなり進んでいます。そして、ウクライナは徴兵年齢を下げることで、兵員の確保が可能になった。さらにNATO諸国で訓練支援を受けた新兵が到着し始めたので、戦力が強化されています。

また、夏にはF-16の配備が始まります。そうなると、一方的な露軍優位からウ軍が有利な場面が出てくる可能性が高くなります。当然露軍としてはF-16の運用が始まる秋口までに、可能な限り東部地域での占領地を拡大する戦略を選択せざる得なくなります」(二見氏)

この地下戦争の最前線を細かく見てみると、露軍が現れたニウ・ヨルクのウ軍陣地では、地下下水道が使われている。

「都市部では下水道が網の目のように完備されています。この下水道を把握し、障害物を音もなく撤去して進めば、ウ軍防御線の側方、後方への襲撃が可能になります。

戦闘では常に、退路を遮断されないようにしなければならない。そのため、下水道を使った部隊移動により後方に回る攻撃は効きます」(二見氏)

下水道内を北のステルス工兵が、露軍ストームZ兵たちを案内し、帯同している露軍小隊長が「ここを上がって地上に出たら、散開して撃て」と命令を下す。

「これだけならば、ストームZレベルの兵士でも出来ないことはないことはありません。また、トンネル工事には多大な時間と建設資材が必要なので、F-16が来るまでの持ち時間の少ない露軍には、下水道を利用するほうが手っ取り早い。そして、ガザ地区のハマスのトンネルのように、うまく活用して地上と地下を利用した連携攻撃を行なうのです」(二見氏)

ただなぜ、トンネルを使うのはこのトレツィクなのだろうか。

「トレツィクは北にバフムト、南にアウディイウカに挟まれたその間にあります。そしてバフムトは、ロシアの民間軍事会社ワグネルと囚人兵を含む5万人を犠牲にして、露軍が占領しました。

その要衛の南、トレツィクを抜ければ、東部の要衛・コンスタンチノフカを容易に占領できます。そうなるとドネツク州の州境で、プーチン露大統領が法律で制定したロシアとウクライナの国境への道が開けます。

コンスタンチノフカからドネツク州の州境までの道が開けば、露軍にとって重要な兵站線をウ軍から防衛できるうえに、東部地域の占領地を大きく広げることができます」(二見氏)

要衛地は下水道を完備している市街地である。地下戦争を容易に展開可能だ。

「市街地を地下戦争で占領できれば、次の市街地までは野戦となり、突撃兵を何度も送り込んで進撃する従来の露軍の作戦に戻れます。

一方、北朝鮮軍が戦闘に関与していることが明らかになれば、他国軍が組織的に戦闘に参加したことになり、戦争の形が変化します。NATOの対応もかなり硬化するでしょう。また、米国製兵器の使用制限撤廃の引き金になるかもしれません」(二見氏)

露軍がそんな弱点を抱えながらも、この北のステルス工兵を投入するのにはもうひとつの意味がある。

「前述したように今後、ウ軍はF-16を多用するでしょう。すると露軍は、ウ軍陣地を最初に破壊する1.5トン滑空誘導爆弾を使えなくなります。

そこで北ステルス工兵の出番です。空から攻撃を受けたら、今度は地下から行く戦法です。

まず、北ステルス工兵に突撃トンネルを作らせます。短いトンネルを掘り、ウ軍の背後に突然、露軍を送り込むのです。さらに、占領地の陣地構築と退避壕をトンネルにより連接して、F-16の空爆にも強い防御陣地を構築します。

その後は、F-16の度重なる空襲があっても、地下を利用したトンネル戦で、地上から地下から占領地を拡大していきます。そして、今後3~4年にわたり、長期的にウ軍と戦闘を行なえる態勢を固めていきます」(二見氏)

北のステルス工兵は役に立つということか。

「NATOは対ウクライナ支援を今後10年間続けると宣言しました。これは、ロシアに対してフックを放った状況です。

露軍の継戦能力はあと3~4年がいいところです。ロシアがそこまでに停戦に持ち込めれば、露軍は戦力回復が可能です。

そして10年後に、再びウクライナを取りに行けばいいのです。ロシアは、目的を達成するまで、国際的な取り決めに関係なく攻撃の機会を狙うでしょう。北方領土も戦争が終結した後に占領されました」(二見氏)

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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