佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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7月13日、米国東部のペンシルバニア州バトラーで、ドナルド・トランプ前米大統領が暗殺犯に狙撃され右耳に被弾。右耳から血を流しながらも、拳を上げて「戦え」と連呼。惨劇の場を"トランプ劇場"に激変させた。
そして15日には、ウィスコンシン州ミルウォーキーで行なわれた共和党全国大会にて、トランプ氏が党の大統領候補に正式決定。同時にトランプ氏は副大統領候補にJ.D・バンス上院議員を指名した。
バンス副大統領候補は、貧しい白人労働者階級の悲哀を描いたベストセラー自伝『ヒルビリー・エレジー』を書いた作家。トランプは度々、ウクライナ戦争の終戦に意欲を示しているが、バンス副大統領候補も「ロシアの侵攻は支持しないが、ウクライナが勝利すると信じることはできない」と発言している。
そして、その党大会の最前列にはこのふたりの横に、マイク・ジョンソン米国下院議長が並んだ。ウクライナ向けの支援に最後の最後まで反対し、ウクライナ軍の砲弾不足を招いた人物だ。
まさに"ウクライナ戦争・終戦三銃士"である。この人選とこの先の展望について佐藤優氏に聞いた。
佐藤 副大統領候補にバンスとはうまい人選ですね。
――そうなんですか? 白人労働者階級出身で相当貧しかったということになってますが......。
佐藤 しかも、本人はカトリック教徒でありながら奥さんはインド系でヒンズー教の家庭で育ったそうです。つまり、宗教で国を分断しないという大義名分も立ちます。
――トランプは佐藤さんと同じ、プロテスタント・カルバン派ですからね。
佐藤 本当にフェイントですよね。誰もが副大統領候補は、トランプと候補者の指名争いをしていたニッキー・ヘイリーだと思っていたわけじゃないですか。
――確かに。
佐藤 それをパーンと蹴ったわけです。新聞報道では、連絡が来たのは共和党大会の20分前だったらしいです。
でもこれはいい人事ですよ。39歳と若く、いきなりトランプの後継者ができたわけです。さらにラストベルト(鉄鋼や石炭、自動車などの主要産業が衰退した米国の工業地帯)出身の白人の代表的な存在ですから。
――まさにベストチーム。
佐藤 ただしそういう意味においては、黒人と女性を排除したことになります。女性を副大統領候補にして、バランスを取らなければいけないという暗黙のルールを破り、白人男性であるバンスを選んだわけですから。
――トランプは暗殺狙撃弾をバイデン米大統領に跳ね返した。その2日後にバンス副大統領候補という第二弾を放った。水平二連ショットガンの連射のようです。その結果、21日にバイデン大統領は選挙戦からの撤退の表明を余儀なくされました。こうしてウクライナ終戦に向かっての包囲網ができあがりつつありますね。
佐藤 遅かれ早かれ、ロシア・ウクライナ戦争は停戦になりますよ。
――バイデン米大統領(であり元候補)は、バンス副大統領候補を「トランプのクローン」と揶揄しています。
佐藤 わかりやすくていいですよね。トランプの下に同じような人間が就くわけですから。
――ウクライナ停戦というか、終戦はいつ頃になりそうですか?
佐藤 来年トランプが大統領に就任してからですよ。少なくとも1月10日まではバイデンが米大統領ですからね。トランプも動けません。
――すると、来年1月11日から急展開するということですか?
佐藤 そういうことです。
――バイデンは、選挙の候補から下りましたが、次の民主党候補が大統領選で逆転する可能性はありませんか?
佐藤 トランプが暗殺された場合はあるでしょう。
――今回の暗殺未遂の実行犯は20歳で、高校の時にいじめられて射撃部にも入れなかった鉄砲好きの若者です。HGT、ホームグラウンテロリスト(国内育ちのテロリスト)ですよ。
佐藤 ノーマークだったんでしょうね。ただ、模倣犯が出てくる可能性もあります。
――ならば、トランプが撃たれる可能性があるじゃないですか。
佐藤 さすがにそれは周りが徹底的に護衛します。
――自爆テロ犯はいませんか?
佐藤 トランプに近寄れませんよ。今回も自爆などを防ぐため、不審人物の接近は阻止できていたはずです。あとは、離れた所から狙撃できないようにきちんとチェックすれば、とりあえずは安全でしょう。
――トランプが暗殺されなければ、大統領選挙での勝利は堅い。ウクライナ・終戦三銃士は、1月11日から1ヵ月以内にウクライナ戦争を終わらせられますか?
佐藤 それは難しい問題です。相手がありますから。ウクライナ戦争を終わらせるには、まずウクライナの説得が必要です。ゼレンスキーがいる限りは無理でしょう。
それから、ロシアにも話を通さなくてはなりません。なので、米国が一方的に決められることではないのです。
――なるほど。
佐藤 しかし、基本的な方向としては収束に向かいます。
――戦争終結。
佐藤 戦争は終結ではなく停戦です。今度は外交の場で「戦争」が継続されます。以前から言っているように、バイデンが再選しようとトランプが大統領に返り咲こうと、結果はどちらも一緒です。すなわち、撤退したバイデンの代わりの誰かが、再選しても同じです。米国は、これ以上戦争を続けられません。自国が干上がってしまいます。これは米国の生産力の限界から生じる問題です。
――戦争が続くとしたら?
佐藤 米国次第ですよね。
――ロシアのラブロフ外相は7月17日に「米国が兵器供与をやめれば戦争は終わる」と発言しました。
佐藤 そうです。米国が武器と支援金を止めれば終わります。ウクライナは継戦能力のない国ですから。
――すると、あとはウクライナのゼレンスキー大統領を説得して、和平交渉を受け入れさせていく方向ですか?
佐藤 それは米国の新しい大統領、次期政権の課題ですね。この戦争を続けても、ロシアを弱体化させるという米国の目標は達成できません。だから、どこかで止めないとならないです。
――2年以上経過して、ロシアを弱体化させることができないとわかった。それって、頭悪すぎませんか?
佐藤 かなり悪いですよ。
――すると、米国からウクライナへの兵器と金の流れが止まるとすると、ウクライナの戦いの流れは?
佐藤 米国の支援を失った状態で、ウクライナがいまの戦争を維持できるかどうかです。
――NATOから武器と金が供給されますよ。
佐藤 いえ、ヨーロッパにおいてもドイツの右派「ドイツのための選択肢」は「戦争を止めろ」と言っています。フランスの右派・国民連合も、防衛に必要な弾薬提供は認めていますが、「ロシア本土を攻撃するような兵器供給を止めろ」と通告しています。
――ゼレンスキー次第ですね。ドイツの武器メーカー「ラインメタル」社長の暗殺計画があると報道にありましたが?
佐藤 それは関係ありません。西側社会の会社の社長を殺して、意味がありますか?
――ないですね。
佐藤 政治の世界では無意味なことはしません。
――意味のあることはする、となるとトランプは狙撃直後に拳を上げて「戦え!!」と連呼している。
佐藤 あの映像は良かったですね。『硫黄島の星条旗』のようでした。
――トランプのバックに巨大な星条旗がはためいている。
佐藤 偶然にも真っ青な空で、ですよ。しかも、トランプはあの瞬間、血を流して拳を上げていました。
――そして、口元でトランプは「ファイト!!」と連呼している。トランプは米国のプロレス団体WWEに一時期所属していましたから。もう、プロレスのリングで鍛えられていますよ。
佐藤 そこで鍛えた反射神経ですよね。しかし、あのカメラアングルで撮れたのは偶然ですから、すごいですよ。米国にとって、ラッキーは非常に重要じゃないですか?
――ラッキーも実力のうちと言われていますから。重要ですよね。
次回へ続く。次回の配信は2024年8月2日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。