銃撃事件の5日後、共和党大会最終日には90分の大演説。冒頭こそ物静かな雰囲気だったが、途中からは攻撃的ないつものトランプに戻った 銃撃事件の5日後、共和党大会最終日には90分の大演説。冒頭こそ物静かな雰囲気だったが、途中からは攻撃的ないつものトランプに戻った

現職として挑んだ4年前の大統領選での敗退、その後の醜態、そして数々の裁判......。一度は「終わった」と思われたあの暴れん坊が、数々の強運も味方にして再び主役の座に躍り出た。

11月5日に再選されれば4年ぶりのトランプ政権発足となるが、2期目はいったい何をしようとしているのか?

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■銃撃からの生還で共和党内は盤石に

現職の民主党・バイデン大統領がたびたび言葉に詰まるなど不安を露呈した6月27日(現地時間、以下同)の第1回大統領候補テレビ討論会からの3週間、追い風はことごとく共和党候補のトランプ前大統領に吹いた。

前回大統領選の結果を覆そうとした事件、不倫口止め料事件、機密文書持ち出し事件の裁判が次々とトランプに有利な経過をたどり、そして衝撃の暗殺未遂からの復活、共和党全国大会の大成功。一時は〝ほぼトラ〟〝確トラ〟といった言葉も飛び交った。

アメリカ政治、外交・安全保障に詳しい明海大学教授の小谷哲男氏が解説する。

「もともと共和党の中でトランプ氏の岩盤支持層は3割ほどといわれており、5割前後が伝統的な共和党支持者、残り1、2割は〝ネバー・トランプ(トランプだけはイヤ)〟な人たちです。しかし、銃撃を受けた直後、流血しながら拳を突き上げた姿は、多くの共和党員・共和党支持者に強い印象を与えました。

まだ具体的なデータは出ていませんが、感覚的には5割の伝統的共和党員のうち1、2割がトランプの岩盤支持層に流れ、ネバー・トランプ派からも一部、トランプに投票しようという人が出てもおかしくないという印象です」

7月13日の集会で銃撃を受けた直後、星条旗をバックに流血しながら拳を突き上げる。この写真のインパクトは絶大だった 7月13日の集会で銃撃を受けた直後、星条旗をバックに流血しながら拳を突き上げる。この写真のインパクトは絶大だった

共和党内の結束はもはや盤石。バイデン大統領が撤退し、相手がハリス副大統領になることで大統領選の行方は読みづらくなったが、少なくとも11月5日の投票日まで、選挙戦がトランプを軸に展開していくことは間違いなさそうだ。

第1期トランプ政権では、TPP(環太平洋連携協定)脱退、気候変動に関するパリ協定からの離脱、北朝鮮・金正恩総書記との3回の首脳会談、中国との経済戦争といったトピックがあった。もし大統領に返り咲いた場合、2期目はいったい何をするのか?

健康不安でつまずいた現職のバイデン大統領は選挙戦から撤退し、ハリス副大統領が民主党候補としてトランプと対峙することに 健康不安でつまずいた現職のバイデン大統領は選挙戦から撤退し、ハリス副大統領が民主党候補としてトランプと対峙することに

■ウクライナ支援は「条件つき」に?

まずは外交・安全保障分野。バイデン政権から最も大きく路線が変更されそうなのが、ウクライナ支援だ。

「トランプ氏の外交アドバイザーのうち最も保守的なグループは、武器支援にふたつ条件をつけるべきだと主張しています。ひとつはロシアとの和平交渉入りを受け入れること、もうひとつはウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加入しないことです。

特に問題となるのが和平交渉です。単純化して言うと、ウクライナへの武器支援はアメリカが一国で半分、ヨーロッパ全体で残り半分を担ってきました。そのためアメリカが引いてしまえばウクライナは戦闘を継続できず、一部の領土を事実上諦める形での交渉を余儀なくされる可能性があります」

一方、ガザ地区でハマス掃討作戦を展開するイスラエルへの支援は、バイデン政権よりも強化されそうだという。

「中東における唯一の同盟国イスラエルの安全を最優先に考えるのはバイデン政権も同じですが、大きく違うのがパレスチナ政策です。

バイデン政権はガザ市民の保護、人道支援に関してイスラエルに注文をつけ、武器供与を一部止めたこともありましたが、トランプ政権になればそういった〝制約〟はつけず、絶対的に支援を強化することになるでしょう」

1期目では、化学兵器を使用したシリアにミサイル攻撃を行なったり、無人機による空爆でイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したりと、中東地域での軍事行動も決断したトランプ。しかし、一方で大規模な軍事作戦には慎重との見方もある。

「1期目で見えたのは、『軍事的圧力を交渉につなげる』というパターンです。例えば北朝鮮に対しても、空母3隻で牽制したり、『炎と怒り』という言葉を使ったりして強硬姿勢を示しつつ、その後急激に対話モードに入りました。

ただし、北朝鮮はここ4、5年で核ミサイル能力を飛躍的に高めており、いまさらそれを放棄することは考えづらい。もし交渉するなら核保有国として認めた上での軍備管理の話にならざるをえませんが、トランプ氏がそれを良しとする可能性は低いでしょう。

対イランについても、トランプ氏の周辺には『イランをこの世から消すべきだ』と本気で考えている人がいますが、本人は慎重な判断をするのではないかと思います。

ただ、今回の選挙戦でイランがトランプ氏の暗殺を計画していたという話が米情報機関筋から出てきており、そのことがトランプ氏を刺激する可能性は否定できません」

では、日本にとって最も気になる台湾・中国についてはどうか?

「アメリカが関与を強めて守るのか、台湾自身の防衛努力を求めていくのか、側近の間でも意見が分かれているようですが、中国との戦争を覚悟してまで積極的に守る方向に行くかどうかは疑問です。

ただ、トランプ氏の〝予測不可能性〟は独特ですので、中国からすると対バイデン政権よりも計算が複雑になることは間違いありません」

■トランプとうまくやる「3つの条件」

次に、トランプ自身が得意分野であると自任する通商・経済分野について。日米・米中関係を中心に通商、経済安全保障政策の分析を専門とするオウルズコンサルティンググループ・シニアフェローの菅原淳一氏が解説する。

「通商分野に関しては、関税で自国産業を保護する、脱炭素関連の施策や規制は廃止する、中国から戦略的に自立するなど、自身の信念に基づいた政策を掲げています。

1期目でもまるでスタンプラリーのように公約を忠実に実行しようとしましたし、2期目では彼にモノを言えるスタッフが1期目以上に少ないでしょうから、たとえ他国に悪影響を与えようとも、法案が議会を通れば公約をどんどん推し進めていくと予測します」

関税については、同盟国も含む全輸入品に一律10%以上、さらに中国からの輸入品には60%以上を課すと表明している。

「公約には『関税はディール(交渉)のためのパワーである』と書いてあります。はっきり言えば、高関税で脅しながら二国間交渉で〝個別撃破〟し、アメリカにとって有利な条件を勝ち取っていくということです。

また中国に関しては、バイデン政権がメスによる外科手術なら、トランプ政権はハンマーでたたきつぶすという比喩がよく使われます。

公約集には電子機器や鉄鋼などの中国からの輸入を4年間でゼロにするとまで明記されており、完全にデカップリング(分断)へと向かうでしょう。当然、その手法では自国への返り血も大きいですし、日本も含め各国への悪影響も避けられません」

ところで、高関税や減税、各種の規制撤廃は、経済の原則からいえばいずれもインフレ要因となる。一方でトランプは「インフレは抑制する」とも豪語しているが、この矛盾はどう解決するのか?

「彼の頭の中では矛盾していないのでしょうが、政策全体を見るとどこかで破綻が生じる可能性は高い。そこで怖いのが、金利と為替です。

彼が公約を忠実に実行した結果、物価が上がっていけば、『FRB(米連邦準備制度理事会=中央銀行)が無能だからだ』などといって中銀の独立性を脅かしかねず、マーケットに負の影響を与えます。

あるいは、もし輸出が伸びなければ『相手国が不当な為替操作をしている』と言い出すことも考えられます。中国元以外で狙われる可能性が高いのは、日本円とベトナムのドンでしょう。先日行なわれたインタビューでも日本円は名指しで非難されており、このあたりの圧力は警戒する必要があります」

では、もし2期目が発足した場合、トランプ政権と日本がうまくやっていくには?

「日本とアメリカの貿易投資関係はゼロサムではなくウィンウィンであり、日本がアメリカで多くの雇用も生み出していることを、わかりやすくトランプ氏に理解してもらうこと。そして誤解を恐れずに言えば、それができる〝第2の安倍晋三元首相〟をどうつくり上げるかというところだと思います」

この点について、前出の小谷氏はこう説明する。

「これはトランプ氏の側近から実際に聞いた話ですが、トランプ氏とうまく付き合うには3つ条件があるそうです。

まず忍耐力。彼の発言にいちいち目くじらを立てていたらやっていけません。安倍元首相も、日米同盟は片務的だと何度言われても、繰り返し丁寧に説明してようやくわかってもらえたそうです。

次に国内の権力基盤。自国で権力を振るえないような人を相手にしても仕方ないですから、トランプ氏はそこを見て対応を変えてくるそうです。

そして、もうひとつはゴルフ。しかも中途半端ではバカにされるだけで、彼と一緒に回れるだけの技術があった上で、うまくやることが必要だということでした」

現職の岸田文雄首相も含め、今の状況では誰が首相になっても権力基盤の条件を満たすことはできなそう......。