キャリア、頭の良さ、演説力......。何を取っても完全無欠なヴァンスが副大統領になったら? キャリア、頭の良さ、演説力......。何を取っても完全無欠なヴァンスが副大統領になったら?

■トランプ支持者をも簡単に操る演説力

共和党の正式な候補者となり、本当にこのままの勢いで当選してしまいそうなトランプ。そんな彼が副大統領候補に指名したのが、J・D・ヴァンス上院議員(39歳)だ。これまで日本ではあまり聞かなかった名前だが、どんな人なのだろうか?

「結果的にヴァンスはトランプ陣営にとってベストの選択だったと思います。なぜなら、彼は多くの点で、『トランプにないもの』を備えた人物だからです」

そう語るのは、アメリカ在住の作家でジャーナリストの冷泉彰彦氏だ。

「まずは『知性』です(笑)。ヴァンスはトランプと違っておバカじゃありません。それどころかかなり頭が切れるし、きちんとした教養もある。

裕福な家庭に生まれ育ったトランプとは対照的にラストベルト(重工業・製造業が衰退したアメリカ中西部~大西洋岸中部の地域)を象徴するようなオハイオ州の地方都市に生まれ、離婚と再婚を繰り返す薬物中毒の母親の下で悲惨な子供時代を経験しました。

どん底生活から抜け出そうと、高校卒業後に海兵隊に入隊してイラクへの派兵も経験。除隊後に奨学金を得て大学に進学し、名門のイェール大学のロースクールで法学の博士号を取得後、ベンチャーキャピタリストとして成功する。

そんなアメリカンドリームを地で行く彼の生い立ちを描いた自叙伝『ヒルビリー・エレジー』が2016年に出版されるとベストセラーに。

折しも、その年の大統領選挙でトランプが勝利すると、この本が『トランプを熱狂的に支持する貧しい白人層の心情が理解できる一冊』として大きな話題を集め、著者のヴァンスも一躍、全米で注目される存在となりました」

トランプの息子ふたりがヴァンスの魅力にホレ込み、父親に強く推したといわれている トランプの息子ふたりがヴァンスの魅力にホレ込み、父親に強く推したといわれている

こう見ると、アメリカ人の大好きなスペックがてんこ盛りだ。だが、そんな苦労人&知性派のヴァンスがなぜ、トランプを支持し、さらには副大統領候補に?

「実はヴァンスも当初はトランプに対して批判的だったといわれています。しかし、自叙伝が『トランプ支持層の気持ちを代弁している』と評価されたことで、自分が"トランピズム"を利用できる立場にいることに気づいたのでしょう。

ちなみにトランピズムといっても、その中身は空っぽで、そもそも『主義』と呼べるまともな思想などありません(笑)。

あれはアメリカの保守層が長年にわたって抱えてきた不満や怨念、イライラや危うい差別感情などをグチャグチャに混ぜた一種の"毒のカクテル"みたいなもので、議事堂に乱入したりした熱狂的な"トランプ信者"たちは、そのカクテルで酔っぱらい、大騒ぎしている連中なわけです。

ところが、ヴァンスは頭がいいので、そんなめちゃくちゃなトランピズムを自分の頭の中で整理し、時には平然と嘘も混ぜながら、それをもっともらしい言葉で説明することができる。ヴァンスは演説も非常にうまくて、私が個人的に演説の名手だと思っているビル・クリントン元大統領に匹敵するレベルだと感じます。

もちろん、彼はトランプと違って、軍人としての経験や学業、ビジネスを通じて、アメリカという国家がどのようなシステムで動き、誰が何をコントロールしているのかもきちんと理解している。

その上で、トランプを支持するような人たちにどのような言葉で語りかければ、彼らの存在を政治的な力として使えるのかをきちんと計算することができる。その意味で、ヴァンスを副大統領候補に指名したことはトランプ陣営にとって大きな武器になるし、ヴァンスもトランプを利用して自らの野心を実現しようと考えたのでしょう」

■すでにその目は2028年に!?

大統領選まで残り3ヵ月余り。民主党側は現職のバイデン大統領に代わり、カマラ・ハリス副大統領が正式な大統領候補に指名される可能性が高いといわれている。

現時点で共和党優勢との見方が強い中、副大統領候補にヴァンスが選ばれたことは、今後の選挙戦やその先のアメリカにどんな影響を与えるのだろうか?

「間違いなく、ヴァンスの存在は民主党にとって手ごわい相手になります。例えば、ヴァンスは自分を貧しく生活に苦しんでいる人たちの声を代表する存在だとアピールしていますが、それって本来は左派やリベラルの主張のはず。

ところが、ヴァンスは『彼らが苦しんでいるのは、環境問題に熱心なインテリのリベラルやウォール街にいる金融業界の連中のせいだ』と主張する。

それをもともと大金持ちのトランプが訴えるのと、苦労人のヴァンスが訴えるのでは説得力が全然違います。

また、民主党の候補がカマラ・ハリスに決まれば、彼らは黒人・アジア系で女性という要素を選挙戦でアピールしてくると思いますが、ヴァンスの夫人のウーシャ・チルクリはインド系の優秀な弁護士で、彼女の存在は『共和党が人種的な多様性に非寛容』という批判に対抗する武器にもなりそうです」

ヴァンスの妻、ウーシャ・チルクリはインド系移民の2世で優秀な弁護士。中道層やマイノリティはもちろん、トランプ支持者の間でも人気が高まっている ヴァンスの妻、ウーシャ・チルクリはインド系移民の2世で優秀な弁護士。中道層やマイノリティはもちろん、トランプ支持者の間でも人気が高まっている

それだけではない。ヴァンスは、第2次トランプ政権成立のさらに先を見据えている可能性があるという。

「それは、ズバリ、今から4年後、2028年の大統領選挙で彼自身が合衆国大統領に選ばれることです。

仮に、トランプが大統領に返り咲いたとしても、2度目のトランプに認められる任期は1期4年のみ。何事も自分最優先の彼としては、その後の"トランプ王朝"の利益をどう守るかが課題になる。

今回、ヴァンスを強く推したといわれる、トランプの息子たち、ドナルド・ジュニアとエリックも、自分たちが大統領の器ではないのはわかっているようで、2028年の大統領選挙ではまだ若いヴァンスを父親の後継者に担ぎ上げ、間接的にトランプ王朝の影響力を維持しようと考えている可能性があります。

もちろんヴァンスもその意図を把握した上で、逆にトランプ一族を利用しようとしている可能性があるわけで、彼の野心が見据えているのは、ラストベルトの貧困家庭からアメリカ合衆国の頂点へという、究極の下克上アメリカンドリームなのかもしれません」

川喜田 研

川喜田 研かわきた・けん

ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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