佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――前回の話では、イランは自国開発の核兵器がないため、いまはイスラエルと戦争したくないということでした。そのイランの核兵器はあとどのくらいで完成するのですか?
佐藤 それはわかりません。
――今年2月にはイランは原爆3個分、121.5kgのウランを貯蔵していましたが、6.8kgほど減少したと報道されていました。核兵器に使用されるウランは濃縮度90%以上であります。
佐藤 イランは濃縮度60%を超えたウランを医療用だと言って生産しています。しかし、60%を越えるウランの生産体制や開発能力を持っていれば、90%を越えるのは時間の問題です。
――ロシアの協力があれば早まりませんか?
佐藤 いえ、ロシアは核の拡散に関しては協力しないでしょう。
――北朝鮮はどうですか?
佐藤 北も協力しないと思います。核開発に関しては「みな、自力でやりましょう」という話ですから。
――すさまじい標語でありますね、「自力でやりましょう」。
佐藤 イランにはその開発能力がありますからね。
――すると、イスラエルの情報機関「モサド」は、全力でイランの核科学者と技術者を暗殺しませんか?
佐藤 モサドの能力をもってしてもそれは無理です。だから、核開発は時間の問題で、イスラエルは核を持ったイランとの緊張の均衡を考えるでしょうね。
――恐るべき恐怖の均衡!
佐藤 その前に現時点でイスラエルは、ガザでハマスに囚われているユダヤ人の人質50人を取り戻すことで頭が一杯です。イランの核開発については、それが終わってからです。
なぜなら、いまのイスラエルはそういった広い視野で物事を見られる状態ではないからです。まさにいま国家存亡の危機にあるわけですから。だから、人質をどうやって取り戻すか、そこに尽きると思います。
――先日、佐藤さんはイスラエルを訪れていました。帰りの飛行機には、日本へ観光に行くイスラエル人で満席だったいうではないですか。これは余裕の表れですか?
佐藤 みなさん普通に生活しているので、旅行に行きます。ただ、いまヨーロッパでは反ユダヤ主義の機運が高まっているので、観光旅行に行っても不愉快になるだけなので行きません。その分が日本に流れて来ているだけです。
――イスラエルにいるユダヤ人の若者はどのタイミングで海外旅行に行くのですか?
佐藤 軍隊に行ったあとに1~2年旅行して、それから大学に行きます。
――なるほど。
佐藤 海外にいる二重国籍のユダヤ人がいま、帰国して「戦闘に従事したい」と言っています。なので、戦闘員の数は全然、不足してないんですよ。
――しかし、佐藤さんのイスラエルレポートでは、『イスラエル軍が弱くなっている。理由は、数年経つと資格を取って軍を辞め、民間企業に行くからだ』とありました。この状況は、第四次中東戦争の頃のイスラエル軍と全く違うのですか?
佐藤 皆、違うと言っています。なぜなら「軍を強くする術がない」からです。
要するに、新自由主義が進み、同時にハイテクが進化しました。そして、ハイテク部隊の精鋭たちが、どんどん民間企業に引き抜かれて転職しています。民間企業の給与は、軍隊の2~3倍なのはざらで、10倍ということもあります。「愛国心のために軍に留まってくれ」と懇願されますが、皆、生活の問題がありますからね。
――無人兵器とAIで代替はできませんか?
佐藤 そんなものには限界があります。最先端の所で、やはり軍の仕事に特化した精鋭が必要です。だから、政府、軍全体が構造的に弱くなっているわけです。
――その辺りもハマス戦の苦戦に表れているのか......。佐藤さんは今まで、数十年間に渡ってイスラエルに行っています。現在の現地の緊張感や焦りといったものはどんな感じなのですか?
佐藤 これまでで一番、緊張しています。皆からそれをヒシヒシと感じています。
――やはり、建国以来の最大の危機だと。佐藤さんのレポートに、あるイスラエル人の言葉がありました。『ヨーロッパに我々(ユダヤ人)がいられないから、ここに建国したんだ』。この言葉は重いですね。
佐藤 その通りです。民主的な選挙で選ばれた国のトップが、テロ集団であるハマスの指導者と一緒に国際刑事裁判所から逮捕請求されているんですから。イカれた状況じゃないですか。
――日本の報道では、西欧の考え方が民主主義的な代表の意見だとされてますが、違いますよね?
佐藤 全然違います。大体、ガザからの映像なんてハマス以外が取材できると思いますか?
――カタールの衛星放送局「アルジャジーラ」で使用している映像ですね。
佐藤 イスラエルがアルジャジーラ支局を封鎖するのも当然ですよ。戦争中に敵側の宣伝放送を認める、そんな間抜けな国なんてどこにもないわけです。
――確かに。要するにこれですよね。佐藤さんの書いた『みるとす』2024年8月号から引用します。京都大学に6年間通ったイスラエル生まれのヤナイ・ゲバ氏との会話を、外務省公電の形式で紹介した部分です。
『3.(1)アメリカのアイビーリーグスなどの名門大学では、パレスチナ人を支援し、イスラエルを非難する活動が活発になっているが、これらエリート大学の学生は、ユダヤ人の複雑な歴史をわかろうとしていない。ユダヤ人の歴史はTikTokやユーチューブショートで10秒間動画を見たからといって理解できるものではない。
(2)動画には、パレスチナ人の子供が泣き叫んでいる姿が映される。その背後にはイスラエル軍の攻撃による廃墟が映っている。人々の思考はこのような動画により感情を刺激されることで形成される。
(3)さらにソーシャルメディアは適切なアルゴリズムを組むことによって、かなりの程度まで人間の感情を支配し、別の世界を作り出すことができる。ここでは、事実よりも、発信者の考える真実が重要になる。アルジャジーラが作成した優れたビデオ1本で事実をひっくり返すことができる。標的とした人々の心を揺さぶるナラティヴ(物語)を作る者が情報戦で勝利する。』
これ、東京都知事選で蓮舫候補に勝ち、2位になった石丸伸二候補の選挙手法に酷似しています。情報戦が巧みなイスラエル各情報機関は、なぜうまく対応できないのでしょうか?
佐藤 ソーシャルメディアのプラットフォームをイスラエルが握っていないからです。
――大局を見ると、先月行なわれたイラン大統領選挙で改革派が勝利し、サウジアラビアが「関係深化に期待」と言っています。これに関して佐藤さんはどう見ているんですか?
佐藤 イランが核開発することは変わりません。そしてイスラエルは、いまのところは不必要な戦争はしません。イランがいま戦争をしないのは、イスラエルに負けるからです。
――すると、両国とも力を蓄えることに邁進(まいしん)するのですか?
佐藤 そういうことです。力を蓄えるために役に立つことは何でもします。イスラエルは、サウジとの関係を改善して力を蓄えること、そしてサウジとの良好な関係を死守しようと考えているでしょうね。
次回へ続く。次回の配信は2024年8月16日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。