8月4日、ゼレンスキー大統領はウクライナ空軍F-16配備の式典に出席した(写真:ウクライナ大統領府)
ウクライナに待望のF-16が7月31日に到着した。元々NATO軍で使用していた中古の機体だ。その機数は明らかになっていないが、ここでは6機と推定しておこう。報道によるとデンマークからの中古機で、一部のF-16はウクライナ国外に置かれるという。
このF-16はどんな機体なのか。ブルガリア、スロバキア、ポーランドなどウクライナ隣国で戦闘機取材を続けるフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう話す。
「デンマークはF-104スターファイターの後継機として、F-16を1980年から58機導入しました。最初のブロック1型は、ベルギーのSABCAとオランダのフォッカーでライセンス製造された機体です。その後、ブロック10にアップグレード。そしてブロック15型を24機追加購入しました。
また、後にすべてのF-16に対してミッドライフアップデート(MLU)が施され、中距離空対空ミサイル『AIM-120』、空対地ミサイル『AGM-65』、航空機搭載爆弾『Mk82/84』が搭載できます。
さらに赤外線暗視カメラ『LANTIRN』を搭載することで、レーザー誘導爆弾『GBU-12』、『GBU-24』も搭載可能です」(柿谷氏)
元デンマーク空軍のF-16Aブロック20(MLU)。公開映像では機体番号部分が加工されている(撮影:ウクライナ国防省)
柿谷氏は報道映像で、ウクライナに供与されたF-16がデンマークのものだと確認した。
「デンマークのF-16は米空軍のF-16と異なり、対ソビエト・ロシア機確認用の探照灯が機首左に備わっていて、それはウクライナの映像でも確認できます。
また、ミサイルをかく乱して命中を防ぐためのチャフディスペンサー付きパイロン(PIDS)も、デンマークF-16の特徴です。これもウクライナの映像に映っています」(柿谷氏)
さらに、このF-16は実戦を経験しているようだ。
「1999年のコソボ紛争のアライドフォース戦では、MLU機でCAP任務を担当。アフガニスタンのタリバン政権に対してアメリカとイギリスが行なったエンヂュランスフリーダム作戦(不朽の自由作戦)では、2002年にキルギスタン・マナス空軍基地に展開し、作戦に参加しました。
さらに2004年7月1日から10月10日まで、定期的に各国がローテションする形でバルト諸国上空のエアポリシング作戦に参加。ロシア機の警戒監視を担っていました。そして2009年と2010年には、アイスランド航空警察と警戒監視任務を担当しています」(柿谷氏)
元デンマーク機の特徴でもあるチャフディスペンサー付きパイロンPIDS(右から2番目)も健在。敵ミサイルからの防御でウクライナでは不可欠だ(撮影:ウクライナ国防省)
このデンマークの中古F-16は、対ロシア空軍(以下、露空軍)相手に役に立つのだろうか?
「役立ちます。ただし、NATOで用いている戦術データリンク『リンク16』が搭載されているかどうかはわかりません。
また、常に1機のバックアップ機を用意していなければ、作戦の成功率は低くなります。5機で行なうことを想定すると、攻撃の規模は小さくなってしまう。なので、組織的で効率的な作戦を行なえる数が揃うまで、活発には行動できないのではないかと思われます」(柿谷氏)
さらに、元航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長の杉山政樹氏(元空将補)はこう話す。
「私が常に言う『組織戦闘能力を持った形』をウクライナ空軍(以下、ウ空軍)のF-16がとれるかどうかを考えると、どうみてもこの先の世代になります。
いままでウ空軍は、どちらかというと組織戦闘ではなく、パイロット個人の技量で色んなミッションを成功させてきた。では、今回のF-16でどんなミッションがあるかと言うと、ゼレンスキー大統領の言葉の中に出てきた『防空作戦』です。
今回、F-16用に米国から支援される武器パッケージの中には、以前から供与されているHARM対レーダーミサイル『AGM-88』と、精密誘導爆弾JDAMキットがあります。それから、短射程ミサイル『サイドワインダー9X』、中距離空対空ミサイル『AMRAAM(アムラーム)』(射程180km)が新装備として供与されました。
これらの武装から推定するに、このパイロットたちは機種転換課程で、空対空戦闘訓練をかなり積んできたはずです。だからゼレンスキー大統領は、戦闘機を含めた防空能力を強化する、と言及したんだと思います」(杉山氏)
式典では地上に2機の整備訓練用F-16が展示され、上空には2機の実戦機がフライバイした(撮影:ウクライナ国防省)
報道陣を前に、2機のF-16がゼレンスキー大統領の頭上をフライバイ(低空飛行)するデモンストレーションが行なわれた。しかし、プロの戦闘機乗りが見ると、分かってくることがある。
「機種転換課程のメンバーでも優秀な人を選んでいるのでしょうけど、転換訓練が終わってすぐに、低高度での2機編隊という難しい飛行を見せています。
2機編隊の2番機は、飛行指揮官を保護・支援する『ウイングマン』です。なので、一番楽な形の2機編隊でしたが、1番機のバックミラーに見える位置でウロウロと飛んでいました。その飛行を見る限り、2番機の技量はそんなにないのでは?と思いました。1番機は非常に高いレベルの人間ですが、2番機は下手でしたね。
また、今回の飛行は『F-16は2機編隊で運用する』という姿勢を見せていたことになります。しかし、ウ空軍が近代的な組織戦闘のできる空軍を目指すならば、20~40機の機数が揃うのを待つ必要がある。それができないならば、鉄砲玉のようなヤクザみたいな使い方をするでしょうね」(杉山氏)
「それができない時」とは、戦争の行方次第ということだ。どの報道においても、ウクライナがF-16の導入によって戦局を打開するのは難しいとされている。そのうえ、そのウクライナ戦争の行く末に、さらなる困難さが現れようとしている。
ゼレンスキー大統領は領土を放棄して戦争を終息させることに「最善の選択ではない」、「そのためには国民が望まなければいけない」と発言している。しかし、問題はトランプ前米大統領の動きだ。
ゼレンスキー大統領と電話会談した後、トランプ前米大統領は自分が大統領になった際には「世界に平和をもたらし、多くの命を奪った戦争を終わらせる」とSNSに投稿。つまり、もし選挙でトランプが勝てば、この戦争は終わりとなる。終わりが見えれば、武器は、"ヤクザな使い方"となる。
そんな状況のウクライナだが、地上戦はどうなっているのか。元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍氏(元陸将補)に聞いた。
「地上戦では自軍が占領した場所は自国の領土になります。それが基本です。当然、和平交渉でも占領した場所は『ここは我々の領土だから下がれ』と主張できます。
いまの露軍の攻め方は、兵士の練度不足で損害は増えるものの占領地は拡大するという方法です。これは和平交渉が行われるまでに、できる限り占領地を確保したい、その1点に尽きます。兵士を前に出して占領したところが領土となるからです」(二見氏)
その露軍の攻撃に対して、ウ軍は供与されたF-16をどこで活用するのが効果的なのか。
「東部戦線ですね。露軍は射程70kmから最前線に1.5t誘導滑空爆弾を投下しています。普通の砲撃ならば地下壕で防げるのですが、1.5t滑空爆弾が着弾すると地下にいても地下壕ごと吹き飛ばされてしまいます。そして、その補充のために予備兵力を使用してしまい枯渇していきます。
すると、ウ軍の予備兵力がなくなり、損害を受けた部隊や、疲弊した部隊の部隊交代ができず、その弱点を突かれ露軍に占領されてしまいます。まずロシアの滑空爆弾を東部のウ軍最前線の真上に落させないことが重要になります」(二見氏)
式典で展示された2機のF-16は偽装網が掛けられた整備訓練用機材。金色のキャノピーは旧式のF-16Aに見られるレーダー対策用コーティングが施されたものだ(撮影:ウクライナ国防省)
8月8日の報道によると、ウ軍はロストフ州の露空軍モロヅフスク基地をドローンで攻撃。戦闘爆撃機Su34を1機破壊、2機損傷させた。また、倉庫に備蓄された滑空爆弾を爆破、破壊している。さらに、リペツク州の飛行場もドローンで攻撃。滑空誘導爆弾700発を貯蔵していた倉庫を破壊した。
「ウ軍の陣地防御にとって、滑空爆弾は相当厄介な代物なのです。しかし、その滑空爆弾を搭載するSu34を撃墜する術がないため、ウ軍最前線の防衛陣地に対して滑空爆弾が襲いかかり続け、占領地を拡大されています」(二見氏)
露空軍のSu34をウ軍はF-16で何とかしないとならない。前出の杉山氏はこう話す。
「東部戦線で1.5トンのUMPK-1500滑空誘導爆弾を運用するSu34を阻止する。それがひとつのポイントになるということですね。
ならば、F-16はアムラームを2発搭載して飛ぶはずです。ということは、お披露目で見せた2機編隊ではなく、単機運用になると思います」(杉山氏)
具体的にその運用はどうなるのだろう?
「先ほど組織戦闘ができないとヤクザみたいな使い方をすると話しましたよね。それは何かのミッションというより、単機で賭けのような任務に入るというイメージだったので、その言葉を使いました。
しかし、Su34阻止のための単機運用であれば、話は変わってきます。F-16が空中で高高度を旋回しながらSu34を待ち受ける形をとると、継続的に待ち受ける機数の余裕はなく、また露軍に発見されやすくなります。だから、超低空を高速で飛行するワンショットの形を取ります。
具体的には、まず露空軍基地からSu34が離陸した情報が入ると同時に、F-16が単機でアムラーム2発を搭載してスクランブルで離陸します。上空の敵機はレーダーで見つけやすいので、東部戦線の向こうにいるSu34を発見できます。
そして、一気にポップアップしてアムラームを2発撃つ。ミサイルは撃ちっ放しだから、そのまま反転して低空で帰る。そんなミッションになるでしょうね。
だから、このミッションでは限定した形で、地上戦のために滑空誘導爆弾を落すSu34を徹底的に撃墜する。そこに絞り込んでミッションに従事する。地上では、Su34が飛んで行くのを確認するメンバー、そしてその戦果を確認するメンバーがいる。なので言い方としては『ホームラン狙いの打席』ですね。ただ、打率は高いと思いますよ」(杉山氏)
デンマーク空軍時代のF-16Aブロック20(MLU)。NATO軍として実戦経験もある。ウクライナに引き渡された機体も国籍マーク以外の塗装は同じに見える(写真:柿谷哲也)
このF-16の単機運用はゼレンスキー大統領の言葉とも符号する。
「これはまさに、ゼレンスキーの言った『防空任務』だといえます。自分たちのF-16はウクライナ領空から出ていないから防空だったわけです。そして、ウクライナ国境付近を飛んでいたSu34のような高性能機を撃ち落としていますからね」(杉山氏)
ウ軍のF-16によって、その爆弾を投下する露空軍Su34を撃墜できたら、東部の最前線はどうなるのだろうか。
「Su34を撃墜されれば、滑空爆弾が来なくなる。滑空爆弾が指向できなくなれば、最前線の戦死者、負傷兵の損害が少なくなり、予備兵力の消耗が少なくなります。これにより、ウ軍と露軍の間の戦力バランスが保たれて、最前線が動かなくなっていきます。
現在、後方では新兵教育を行っており、逐次前線へ投入されてきます。これにより、新しい米国大統領が就任する来年の1月頃でも、今の戦線が可能となります」(二見氏)
8月6日には、ウ軍がロシア本土クルスク州に大規模越境攻撃を開始した。そして、ロシアからウクライナ経由でEU諸国に天然ガスを輸送するガス施設を制圧。ここを奪還するのに、露空軍は誘導滑空爆弾を搭載したSu34を飛ばすはずだ。
「ウ空軍のF-16がクルスク戦域に近づくSu34戦闘機の情報を得て、それを落とすことは可能です」(杉山氏)
このようにF-16を使うかどうかは、ゼレンスキー大統領次第だ。この記事が出るころにはすでにF-16は使われているかもしれない。
トランプが米国次期大統領となれば、ウクライナ戦争は1月11日から停戦に向けて突き進む。一方、ハリスが大統領となれば、今のバイデン大統領の支援方針を継承する可能性は高い。米国大統領選挙の投票日の11月5日、ウクライナ戦争の行方が決まる。