自民党総裁選に不出馬表明した岸田文雄首相 自民党総裁選に不出馬表明した岸田文雄首相

永田町もメディアも驚いた岸田文雄首相の電撃的な"不出馬表明"により、9月下旬の自民党総裁選で「新総裁=新政権」が誕生することが確定した。これから本格化する次期首相レース、現時点での下馬評を探ってみた。

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■首相本人も周辺もやる気満々だった

お盆ど真ん中の8月14日午前11時30分、首相官邸。急遽告知された会見の場に、濃紺のスーツ、青いネクタイといういでたちで現れた岸田文雄首相はこう表明した。

「私は、来たる(編集部注:9月下旬予定)総裁選には出馬いたしません」

自民党が国会議員の多数を占める現在、その総裁ポストはすなわち首相ポストを意味する。つまり、これは事実上の退陣宣言だった。

記者に不出馬の理由を問われると、「自民党が変わることを示す最もわかりやすい第一歩は私が身を引くこと」と胸を張ったが、表情はどこかうつろで、時折言葉に詰まったり、小さくため息をつくシーンも。未練は隠しきれない。

自民党旧岸田派の関係者はこう言う。

「首相は総裁選を戦う気満々で、出馬の確率は8割以上と官邸筋から聞かされていた。南海トラフ地震臨時情報が出ると『国民の安全が最優先』として中央アジア訪問をドタキャンしたことなど、党内では〝事前運動〟を始めたとさえみられていました。

もし最終的に不出馬を選択するとしても、各候補が出そろって状況を見定めた上で9月以降になると踏んでいたのですが、まさかこんなに早く撤退を表明するとは......」

実際、首相周辺は出馬を既定路線として、党内説得に乗り出していた。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が言う。

「首相周辺は総裁選での投票先を迷っている議員らに対して、『岸田首相は来年10月の衆議院議員任期ギリギリまで解散・総選挙の時期を探る腹積もりだ。つまり、岸田再選ならその分〝延命〟できる。だから総裁選では首相に票を投じてほしい』と働きかけていました」

総裁選の出馬条件は国会議員20人以上から推薦をもらうことで、決して低いハードルではないが、もともと派閥トップだった岸田首相が推薦人集めに困ることはない。

あとは持ち前の〝鈍感力〟で、「支持率が20%を切った岸田では総選挙を戦えない」という党内の不満をスルーし、再選を目指すだろうというのが永田町のコンセンサスだった。

■現職として負けるのはプライドが許さない

では、なぜ岸田首相はその〝既定路線〟を放棄せざるをえなかったのか。自民党旧安倍派関係者が解説する。

「端的に言って、再選の目が薄いと判断したからです。特に、待望論が高まりつつある小泉進次郎元環境大臣の存在を脅威に感じたようです」

党内では7月末頃から、「政治刷新」を合言葉に、ふたりの若手議員を総裁選に担ぎ出そうという動きが急速に強まっていたという。

「そのひとりが〝コバホーク〟の愛称で知られる当選4回、49歳の小林鷹之前経済安全保障大臣。東京大学卒、財務省勤務、ハーバード大学留学のキャリアを持つ政策通で、若手だけでなく、もともと所属していた旧二階派のベテラン勢や甘利明前幹事長らの支援を受けています。すでに推薦人集めも終わり、出馬表明を待つだけという状態です」(自民党番記者)

小林鷹之(49歳) 小林鷹之(49歳)

そして、もうひとりが当選5回、43歳の小泉氏だ。

「50歳まで総裁選には出馬しないと静観していたはずが、7月下旬から街角の書店に出没したり、中小企業を視察したりとメディア露出を増やしている。党内では出馬はほぼ確実とみられています」(自民党番記者)

しかも、この動きは傍流にとどまらなかった。前出の旧安倍派関係者が言う。

「〝進次郎が出馬へ〟という情報が党内に出回っていくと、堰を切ったように多くの議員が〝進次郎推し〟へと動き出した。『菅 義偉元首相は石破 茂元幹事長でなく、進次郎を担ぐ』との観測が広まったことも大きく影響しました。

相次ぐ派閥解消で勢力構図が見えづらくなった党内では、もともと無派閥だった70人超の議員が今や事実上の最大グループにのし上がっており、菅さんはそのトップです。そこに他グループからも勝ち馬に乗ろうとする議員が続出すれば、岸田さんは太刀打ちできません。

総裁選で現職の首相が、重量級閣僚の経験すらない40代の議員に敗れるなどということは、岸田さんのプライドが許さないのでしょう。党再生のために潔く身を引き、世代交代を進めたという好印象が残れば、退任後の政治生命も保てるという計算もあったはずです」

写真(左)/石破 茂(67歳) 写真(右)/小泉進次郎(43歳) 写真(左)/石破 茂(67歳) 写真(右)/小泉進次郎(43歳)

■ふたりの重鎮のカードには大きな差

総裁選は候補者たちの戦いであると同時に、水面下でその後見人となっている重鎮議員、いわゆるキングメーカーたちの仁義なき勢力争いでもある。今回その位置にいるのはふたりの元首相、菅氏と麻生太郎副総裁だ。

ただ、両者の〝手札〟は質量共に差がある。菅氏のカードは石破氏、小泉氏に加え、河野太郎デジタル大臣、加藤勝信前厚生労働大臣ら。一方、麻生氏のカードは上川陽子外務大臣、茂木敏充幹事長くらいしかない(〝コバホーク〟や高市早苗経済安保大臣は党内右派の支持を基盤にしており、現在は第三勢力)。

上川陽子(71歳) 上川陽子(71歳)

高市早苗(63歳) 高市早苗(63歳)

次の首相候補を聞いた8月上旬のJNNの世論調査では、1位が石破氏(23.1%)、2位が小泉氏(14.5%)、3位が河野氏(7.1%)と〝菅カード〟が上位を独占。〝麻生カード〟は上川氏が5位(6.9%)、茂木氏に至っては0.9%と、ほぼ圏外といえる人気のなさだ。

自民党に逆風が吹き荒れる中、次期総裁には衆院選の〝顔〟としての役割が従来以上に期待されていることを考えると、この人気の差は重い。

そこで麻生氏は、ワイルドカードとして「岸田続投」を模索してきた。不人気の印象がある岸田首相だが、それでも自民党支持者に限れば、河野氏を抑えて石破氏、小泉氏に次ぐ3位の位置をキープしているのだ。前出の旧岸田派関係者が解説する。

「8月6日に麻生さんが森山裕総務会長と会食し、『岸田の政策は間違っていない、結果を出している』と発言したこともあり、党内では麻生さんが岸田続投に〝乗る〟のではないかとの観測が浮上しました。それだけに、首相が早々と撤退を表明したことは計算外だったはずです。

こうなると、残る選択肢は〝初の女性総理〟を売り文句に上川さんを担ぎ、麻生、岸田、茂木の3派連合で戦うくらいしかありませんが、上川さんでは小泉さんに歯が立ちそうにない。

そうなると、麻生派所属ながら菅さんにも近く、麻生さん自身はこれまで冷遇してきた河野さんを一転、派閥ぐるみで推し立て、菅さんに対抗する策に打って出ることも考えられます」

写真(左)/茂木敏充(68歳) 写真(右)/河野太郎(61歳) 写真(左)/茂木敏充(68歳) 写真(右)/河野太郎(61歳)

■新総裁選出直後の解散・総選挙が既定路線

いずれにせよ、9月末には「新総裁=新政権」が誕生することが確定し、政界は大きく動き出した。

「新政権が発足すれば、すぐにでも解散・総選挙になるというのが永田町の暗黙の了解です。例えば小泉さんが新首相になれば、そのフレッシュ感から当初は政権支持率が爆上がりするはず。その間に衆院選をやれば、どんなに悪くても自民・公明で過半数はなんとか維持できるというシナリオです」(前出・鈴木氏)

実は、それを受けて立つ野党第1党の立憲民主党も、9月23日に代表選を行なう。しかし、裏金問題を契機に躍進を狙っていたはずが、東京都知事選での蓮舫氏の大敗以来、どうにも勢いがない。

「立憲代表選に出馬が決まっているのは泉健太代表、枝野幸男前代表くらいで、率直に言って新鮮味がまったくない。小沢一郎氏と野田佳彦元首相が若手を立てようと動いていますが、いまだに具体的な名前は聞こえてこず、〝昔の顔〟ばかりが悪目立ちしています」(立憲番記者)

9月23日投開票の立憲民主党代表選は、泉現代表(右)と枝野前代表(左)が中心の戦いに。メディアも盛り上げにくい...... 9月23日投開票の立憲民主党代表選は、泉現代表(右)と枝野前代表(左)が中心の戦いに。メディアも盛り上げにくい......

元自民党衆院議員の安藤 裕氏は、両党の現状にこう苦言を呈する。

「世論調査によれば、立憲中心の野党連立政権を望む声は有権者の4割近くにまで広がっている。衆院選の小選挙区で勝つには野党がまとまるしかないのですが、今の立憲は結集の軸を打ち出すこともできず、政権交代を成し遂げようという覚悟が見えません。これでは野党第1党というより〝自民2軍〟のようなもので、代表選に注目が集まりようもありません。

一方の自民は、小泉さん、小林さんといった若手議員の出馬で、刷新〝感〟は生まれるかもしれない。ただし、それは表向きのことで、本質は変わりそうもありません。

これだけ経済指標が悪化し、多くの国民の暮らしが苦しいのだから、本来なら総裁選の場で消費税を下げるくらいの骨太の論議をすべきですが、聞こえてくるのは相変わらず、キングメーカーがどう動くとか、数合わせがどうなるとか、そんな内向きの話ばかり。もはやその劣化ぶりは絶望的状態と言われても仕方ないでしょう」

8月20日には自民党の選挙管理委員会が総裁選の日程を決定し、出馬を狙う面々が本格的に動き出す。