アメリカとその同盟国・友好国を中心に29ヵ国が参加し、6月末から8月初旬まで開催された多国間軍事演習「リムパック2024」。中国の台湾侵攻への対処をイメージさせる訓練の全貌を、現地ハワイで取材したフォトジャーナリストの柿谷哲也氏がリポート!
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■台湾侵攻に対し、24時間でケリをつける?
米海軍を中心に、ハワイで隔年開催される多国間軍事演習リムパック(RIMPAC:環太平洋合同演習)。筆者は1994年から今回まで計14回取材しているが、米軍と自衛隊が中国の台湾侵攻にどう対処しようとしているか、いよいよ見えてきた印象だ。
キーワードはMDTF(マルチ・ドメイン・タスク・フォース)。陸海空に加え宇宙、サイバーの領域も含め、米軍とその同盟国軍が各種戦力を動員、標的を捜して位置を精密に特定し、各軍の長距離打撃力を同期させて攻撃するという構想だ。
2018年のリムパックでMDTFの指揮官を務めた米陸軍のウェンドランド大佐は、
「24時間で攻撃、評価、再攻撃を行なうことができる」
と発言。また、22年のMDTF訓練では、米海兵沿岸連隊の訓練会場に展示されたパネルに、攻撃対象として中国、北朝鮮、イランと明記されていた。
このコンセプトは今も変わっていないと考えると、リムパック2024で行なわれたMDTF訓練は、中国の台湾侵攻を想定し、24時間以内に「ケリをつける」ことができることを示す狙いがあったのだと思う。
先陣を切るのは、敵艦の真横に投下しバブルジェット効果で破壊する誘導爆弾「クイックシンク」を搭載した米空軍のステルス爆撃機B-2。今回の訓練では、標的役を務めた退役艦、米海軍タラワ級強襲揚陸艦に見事命中、撃沈させた。
普段はグアムに配備されているB-2による"隠密爆撃"のデモンストレーションは、台湾に接近する中国海軍の強襲揚陸艦、台湾を海上封鎖するために西太平洋や東シナ海へ展開する中国海軍の空母に対する米軍の攻撃能力を示す強力なメッセージになったはずだ。
■日本の南西諸島はミサイルの前線基地に
続いて大きな役割を担うのが、台湾有事の際、南西諸島はじめ日本各地に配置される各種対艦・対地ミサイル群。
中核となる戦力は、高い目標判別能力と命中精度を誇る陸上自衛隊の射程200㎞の「12式地対艦ミサイル」で、その脇を固めるのが、機動性の高い米海兵沿岸連隊の新型対艦ミサイル「NMESIS」(以下、ネメシス)だ。両者は複数目標への攻撃の分担、重要な同目標への同時攻撃など、互いのバックアップも期待できる。
ネメシスは射程250㎞の対艦ミサイル2発を無人車両に搭載したシステムで、輸送機C-130や輸送ヘリコプターCH- 53、エアクッション型揚陸艇「LCAC」で離島に展開でき、丘陵地などの高台にも配備しやすい。また、射程2500㎞の巡航ミサイル「トマホーク」を搭載したバージョンも展開できる。
ここに、米陸軍の「155㎜ M- 777榴弾(りゅうだん)砲」(射程40㎞)、「MLRS 240㎜多連式ロケット砲」(射程60㎞)、「HIMARS(ハイマース)」(射程80㎞)といったミサイルシステム、「ATACMS(エイタクムス)」(射程300㎞)、「PrSM(プリズム)」(射程500㎞)、トマホーク、極超音速中距離ミサイル「LRHW」(射程2775㎞)といったミサイル戦力も加わり、中国艦のレーダー、センサー、対空ミサイルを破壊する。
実際には、米軍や自衛隊は中国軍による台湾侵攻の兆候が出始めたら、先に動き始める。艦艇は侵攻開始が予想される日の数週間前から、輸送機は72時間前から。この動きを抑止力として、侵攻を思いとどまらせるためだ。
その抑止を中国が無視して侵攻を開始した場合は、リムパックで実演したB-2に加えてステルス戦闘機F- 35A、その空母搭載型F- 35Cによるクイックシンク攻撃、陸自12式と米海兵隊ネメシスなどによる各島からのミサイル・火砲攻撃を開始。撃ち漏らした中国艦には米空軍攻撃機A- 10、米陸軍攻撃ヘリAH- 64アパッチによる掃射攻撃が加わる。
■それでも戦術・戦略の数は中国側が優位
中国が侵攻すれば、台湾は無傷では済まない。しかし一方で、諸外国は台湾にいる自国民の保護・退避のために、軍の派遣を迫られる。リムパックで環太平洋地域の多国籍軍が見せた、着上陸から市街地を制圧するMOUT訓練は、その可能性を具体的な形で中国に示す意味合いがあったのだと思う。
この水陸両用戦訓練で、海上自衛隊のおおすみ型輸送艦「くにさき」から発艦したLCACで海浜部に上陸したペルー海兵隊は、軽装甲車両で内陸部へ移動し、ヘリの降着地点を確保。その後、インドネシア、トンガ、スリランカ、フィリピン、マレーシア、韓国、メキシコ、そしてアメリカの各軍がヘリやAAV(強襲上陸戦闘車)で上陸し、敵軍を掃討するために市街戦へとなだれ込んだ――。
ただし、現実には事がそううまく運ぶとは限らない。中国と台湾はあまりにも距離が近く、戦術・戦略のカードの枚数は、米軍・自衛隊側よりも、中国軍のほうが圧倒的に多いからだ。
また、アメリカ政府としても、この問題について判断を誤ると政治的に取り返しのつかない事態となる。中国はその政治的な弱点を突いて、まったく別の形で"電撃作戦"を行なう可能性がある。
例えば、台湾海峡に艦艇を出すのではなく、いきなり数千発の地対地ミサイルを叩き込み、台湾の陸海空軍基地を一気に壊滅させる。同時に、あらかじめ台湾に潜入していた中国軍の特殊部隊が動き出し、都市部のテレビ・ラジオ局を占拠して情報をジャックする―といったシナリオだ。
こうした手に出られたら、米軍がMDTFというカードを使うチャンスはない。今後、政治・軍事両面での駆け引きはどうなっていくのか。