佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――先日、佐藤さんはモスクワを訪れていたそうですが、あのレーニンが住んでいた「ナショナルホテル」に滞在していたのですか?
佐藤 はい。8月13日に羽田発、北京経由でモスクワに行きました。
――お聞きしたいのは、ロシアの首都・モスクワから見たシン世界地図であります。
佐藤 ではまず、クルスク州の州都・クルスクの現状についてどう思いますか?
――ウクライナ軍(以下、ウ軍)が西側から武器供与を受け、最強のウクライナ兵による六個旅団で奇襲して、東京都を越える面積を占領しました。
佐藤 西側からは装備だけでなく、傭兵集団も提供されています。
――傭兵集団?!
佐藤 はい。クルスクに進軍したウ軍にウクライナ兵は従属的機能しか果たしていません。主体はポーランド、ジョージア、イギリスからの傭兵集団です。
――だからこんなに強いのですか?
佐藤 そうです。ウクライナは現在の戦いを「戦争」としていますが、ロシアは「テロ」として位置付けています。それは交戦時の傭兵に対する対応でも明らかです。
2022年、イギリス人傭兵2名とモロッコ人傭兵1名が、 ロシアが実効支配するドネツク人民共和国で捕虜になり、裁判で死刑判決が言い渡されました。その後、捕虜交換でイギリス人傭兵は、ウクライナ側に引き渡されました。本来、正規の戦闘員を捕虜にした場合、人道的な待遇を与えなければなりません。
しかし、傭兵は捕虜の地位を得ることはできません。殺人、傷害などの実行犯として刑事責任を追及することが可能です。要するに傭兵は、国際法上、保護の必要はないということです。だから、ロシア側は現場で全部、適切に処理をしているというわけです。
――それって、捕虜にせず、見つけ次第射殺ですか?
佐藤 そういうことです。
――さ、さすが対テロ作戦。
佐藤 そして、主導するのは軍ではなく、デュミン大統領補佐官です。国家反テロ委員会が前面に出ています。その指揮下に軍、内務省、連邦保安庁が入っています。
――それは一番怖い対テロ部隊の布陣であります。
佐藤 要するに、皆殺しにするつもりです。本件に関してモスクワは全く動揺していません。
占領された地域についての状況は、ロシアにとって不利な情報を含め、正確に政府系テレビが報道しています。モスクワ市民たちは「なるほど。防衛というのは大嘘で、ウクライナの侵略的本質がよく分かった」と言っています。
さらに、「これはウクライナとの戦争ではなく、西側連合との戦争だ」「外国勢力と結託した白軍と同じだ。西側と結託したロシア人がウクライナ軍を自称しているにすぎない。それに対して、我々はロシア人を主体として、国家の独立を守る赤軍だ」と理解しています。
――これはロシア革命の真っ只中で燃え盛っている時のロシアではないですか。
佐藤 そういう状況になっています。いまはウクライナとの戦いという意識ではなく、西側干渉軍との戦争であるという事柄の本質が分かったというわけです。
――それはなぜですか?
佐藤 今回の件に関しては、追加的に供給した米国の兵器を使って、米国の了承を得た下で行われているというのがロシアの認識だからです。また米国大統領選と絡んで、ウクライナに成果を出させたいというバイデン大統領の意向も働いているというのがロシアの受け止め方です。
このクルスク侵攻が始まったタイミングで、ドイツはウクライナ人ダイバーに逮捕状を請求しました。22年に、ロシアとドイツをつなぐ海底天然ガス・パイプライン「ノルドストリーム」が破壊された事件に関してです。そして、それをウォールストリートジャーナルも報道しています。
つまり、ヨーロッパがウクライナ戦争から逃げ出し始めているわけです。
――ドイツは保険をかけるために、ウクライナ人を指名手配したと?
佐藤 そうです。我々はこの連中と一緒ではない、というアピールですね。
――傭兵を出しているポーランドは、どうやって逃げるつもりなんですか?
佐藤 逃げられないでしょう。最も多くの傭兵を出していますからね。
――逃げられないポーランド。逃げ始めたドイツ。
佐藤 そして、ウクライナはクルスク攻勢によって、ウクライナにとって有利な条件で講和できるのではないかという夢を見ていますが、それは難しいでしょう。ウクライナがロシアよりも予備兵力が少ないことも考慮する必要があります。
一方のロシアは、徹底した形で反テロ作戦を実行すると宣言しています。そういうことなので、ある程度、おそらく3ヵ月ぐらいの時間はかかると思います。
ロシアは「ウクライナから侵入してきたテロリストを完全に中立化(≒皆殺し)にする」と言っていました。その代わり、ロシアの国民に対しては「こちらが皆殺しにすることをウクライナの傭兵部隊も分かっているから本気で抵抗する。だから、かつてない凄惨な戦場になる」と伝えています。
――先にひと言、断りを入れているわけですね。
佐藤 そうです。なので、ロシア兵たちには「傭兵やテロリストの捕虜は獲らない。連中とは生きるか死ぬかの戦いだ。一歩も下がるな、死ぬまで戦え」という話になると思います。
――ウクライナの傭兵に対して「ノープリズナー・ノーマーシー(無捕虜・無慈悲)で行け」と。そして、自軍兵士には大日本帝国陸軍の戦陣訓。「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪渦の汚名を残すことなかれ」と!
佐藤 だから、硫黄島みたいな感じになってきたということです。いずれにせよ重要なのは、ロシア国内にまったく動揺がないことです。
――これは、ウクライナは困りましたね。
佐藤 ゼレンスキーは情勢を深く分析せず、希望的観測に基づいて、一定の領域を取っておけば和平交渉になり、土地の相殺でもできると思っているのではないでしょうか。
――そう思っていると思いますよ。
佐藤 成立しないシナリオです。
――しかし、すでに奇襲は始まっちゃいましたし、ロシアの対テロ作戦も開始であります。
佐藤 結局は総力戦です。なのでそう考えた場合、一喜一憂する必要はありません。重要なのは、ロシア国民が事態を理解し、プーチン政権を心の底から支持しているという現実です。
――ロシアは、現状をウクライナとの戦争ではなく西側連合との戦いだと理解し、一切の動揺がない。
佐藤 その通りです。そして、とにかくテロリストを皆殺しにしろ、外国勢力と繋がった干渉軍を打倒せよ、ということです。どんな政治意図があるか不明だが、外国勢力と繋がりのある組織は論外だ、という感じになっています。
だから、ウクライナはクルスクの局地戦では、一時的に優勢になる可能性があります。しかし、この戦争でウクライナが勝利することはありません。
ウクライナも西側連合も、これまではあくまでも防衛戦争だから、国境を越えることはないという前提でした。にもかかわらず、ゼレンスキーは今回、レッドラインを越えたことで「レッドラインとなるモノが存在しないとわかった」と公言しています。要するに「何でもあり」ということです。
それは全面戦争を望んでいるというシグナルです。つまり、核戦争を含め第三次世界大戦が起きても構わないということです。
――そこにはNATOももう、付き合う気はない。
佐藤 付き合いきれません。米国も及び腰です。
――これから、どうなりますか?
佐藤 クルスクにいる傭兵部隊は皆殺しになるので、殺された傭兵と同数の予備兵力を持って来ないとなりません。クルスク州一部地域の占領にウクライナが固執すると、ウクライナ国内で「人間狩り」と形容できるような徴兵が始まります。
――そしてクルスク戦域に投入されれば、ウクライナ兵ではなくテロリストである傭兵と認定されているから、捕虜にならず皆殺しにされてしまう。
佐藤 さらに、ドネツクが獲られる可能性も出て来ました。
――ウクライナの思うようにはいかないと。
佐藤 いきません。
次回へ続く。次回の配信は2024年9月6日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。