マッチングアプリは恋愛市場における男女の巨大な「格差」を明らかにした マッチングアプリは恋愛市場における男女の巨大な「格差」を明らかにした

・『バカが多いのには理由がある』(2014年) 

・『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(2016年) 

・『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』(2016年) 

・『専業主婦は2億円損をする』(2017年) 

・『朝日ぎらい』(2018年) 

・『上級国民/下級国民』(2019年) 

・『女と男 なぜわかりあえないのか』(2020年) 

・『無理ゲー社会』(2021年) 

・『バカと無知』(2022年) 

・『世界はなぜ地獄になるのか』(2023年) 

・『運は遺伝する』(2023年) 

――この10年、常にその時代におけるタブー、論争的なテーマを取り上げてきた橘玲氏が上梓した社会評論ジャンルの書籍タイトルの一部だ。

8月26日に発売された橘氏の最新刊DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』(集英社)で、多くのページが割かれているのが、現代社会における「知能格差」と男性の「モテ格差」の残酷性、女性の「エロス資本」のマネタイズ加速化といった新たな構造問題だ。

これらの問題が背景になっていると思われる近年の事件(たとえば「頂き女子」)にも、本書では最新の科学研究の知見などを踏まえた多くの論評を寄せている。

「DD(どっちもどっち)」な思考ができる人が仕事で成功し、そうではない人がSNSでモンスター化している――そんな″不都合な真実″について語ったインタビュー第2回に続いて、今回のテーマは「男と女のDDな現実」。現代社会において、男性と女性はそれぞれどんな問題に直面しているのか?

* * *

――大ベストセラーになった『言ってはいけない』(新潮新書)の発売から8年たちました。2017年の新書大賞を受賞した同作ですが、発売後、新聞の書評はまったくなかったそうですね。

 私が知るかぎり、ひとつもなかったと思います。どう反応していいか、わからなかったんじゃないですか。認知能力に遺伝的な影響があるとか、発達障害や精神障害は遺伝の影響がかなり大きいというのは、アメリカでは一般書にも当たり前に書かれていますが、日本ではずっとタブーでした。

この本を書くときも、出版関係者から「そんな本を出せるわけがない」とか「大変なことになる」とずいぶん言われました。しかし発売してみると、発達障害や精神障害のある子を持つ親からの反響がすごく大きくて驚きました。「ちゃんと子育てしないからそうなるんだ」という周囲の視線にずっと耐えてきたけれど、「子育てが原因ではない」と初めてはっきり言ってもらえたと。

今では遺伝の話もそれなりに語られるようになってきたので、日本の言論空間を広げることに少しは貢献できたのかなと思っています。

――その後の『上級国民/下級国民』、『無理ゲー社会』(共に小学館新書)では、知識社会の残酷さに加えて、特に男性の「非モテ」が人生にもたらす影響、そのことが社会に与えるインパクトについても書かれてきました。

 2010年代のアメリカで、「インセル」(incel:「不本意」と「禁欲」を合わせた造語)を自称する若い男性たちが「非モテにも幸せになる権利がある」と声を上げたのが、社会現象として非常に興味深かったんです。その背景には恋愛市場が自由化し、男と女の性愛戦略の違いが露骨に現われてきた時代の流れがある。「男と女は平等であり、なんのちがいもない」というきれいごとに対する深刻な反発が生まれてきたのです。

――『DD(どっちもどっち)論』では、マッチングアプリを使った実験で、男と女の性愛戦略の違いが残酷なまでに明らかになったことなど、恋愛市場をめぐる現代社会の話題も数多く取り上げています。

 男と女の性愛戦略の違いをひと言でいうと、「(第一段階では)男が競争し、女が選択する」です。男性がマッチングアプリで「いいね」を押しても100回、1000回にひとりしかマッチしないのに、女性は「いいね」を押すとだいたいマッチするわけですから、ここには巨大な"選択の格差"があります。

しかしこれは不愉快な話なので、これまでは見て見ぬふりをしていた。そして、クラスで一番かっこいい男子を複数の女子が取り合うとか、一番の男子と二番の男子の間で主人公が悩むというような、「第二段階での選択」ばかりが恋愛小説や少女漫画の定番になっていた。その前に起きている男たちの序列競争や、そこから脱落していった大半の男たち(モブ)の苦悩は慎重に避けられていたわけです。

余談になりますが、「アルファとベータの男の間で揺れる女」をおそらく初めて主人公にした歴史的な作品が『風と共に去りぬ』(マーガレット・ミッチェル)ですよね。あれが女の求める理想で、その後のハーレクイン・ロマンスなどにつながっていったと思います。

南北戦争時代を舞台に「アルファとベータの男のあいだで揺れる女」を描いた名作小説『風と共に去りぬ』(1939年)の著者、マーガレット・ミッチェル(写真/アメリカ合衆国議会図書館所蔵:パブリック・ドメイン) 南北戦争時代を舞台に「アルファとベータの男のあいだで揺れる女」を描いた名作小説『風と共に去りぬ』(1939年)の著者、マーガレット・ミッチェル(写真/アメリカ合衆国議会図書館所蔵:パブリック・ドメイン)

――ただ、特に近代以降は、一夫一妻制を基本とする社会の共同体圧力が「非モテ」の問題をカバーしてきた側面もありますよね。

 日本でも昭和までは、男がほぼ結婚できるのが当たり前でしたからね。ところが社会がリベラル化すると、旧来的な共同体が解体され、みんなが個人の自由意志のもとで振る舞い始める。恋愛市場における男と女の戦略の違いがより鮮明になって、多くの男が選択されずに脱落するようになっていくのは自然なことです。その結果、ごく一部ではあるにせよ、イーロン・マスクのようなアルファな男を中心とした実質的な一夫多妻も起きています。

アメリカではインセルがその状況を言語化したことで社会現象となり、一部が暴走して乱射事件を起こすところまでいったのに対し、日本ではそこまで過激化していませんが、当然同じ構造はあります。ジェンダー平等が実現し、みんなが自分らしく生きられるようになるのはもちろん素晴らしいことですが、全体にとっていいことがすべての個人にとっていいこととは限らないというのもまた事実でしょう。

――結論としては「どうしようもないこと」なのかもしれませんが、その問題の存在自体を見ようとしないのか、それとも認めた上で「しょうがない」と言うのかは、世界を理解する上では大きな違いですね。

 もうひとつ興味深いのが、最近の欧米の研究では、男性と女性の「幸福度の格差」がどんどん縮まっていることです。それも、もともと幸福度が高かった女性の幸福度が下がって、男女差がなくなってきているとされます。

なぜこんな奇妙なことになるかというと、あくまでも私の理解ですが、ジェンダー間の権利や社会参画の格差がなくなっていくにつれ、「女も対等な立場でレースに参加すべきだ」という流れになってきた。ただ、会社とか政治における出世競争って、これまで何千年もかけて男が作ってきたゲームですよね。そこにいきなり放り込まれて、「そもそもこんなルール、自分たちが決めたわけじゃない」と混乱している女性も少なくないでしょう。

ところが、それを表立って言うと「遅れている」と批判されるので、しかたなくそのゲームに参加している人も多い。これが、女性の幸福度の平均が下がったことの大きな要因になっているのではないかと思います。

――これもまた、「正義」と「悪」の二元論者からは叩かれそうな「DD」な話です。

 もうちょっと説明すると、「家父長制に戻せばいいんだ」という保守派の主張に賛同するわけではありません。問題は、男と女の権利は平等でも、一定の生物学的な性差があるという当たり前のことを認めない社会でしょう。その違いは骨格や体力だけではなくて、当然、脳の構造にも反映されているし、その生物学的な基礎の上に趣味嗜好のような文化的な要素が加わって「男らしさ」「女らしさ」をつくっていく。

だとしたら、すべての女性に男と同じ競争を強いるのではなく、子育てをしながら社会に参画して自己実現できる、もっと自由な働き方があってもいいのではないか。男との競争に勝って「ガラスの天井」を壊すことを幸せだと思えない女性もたくさんいるでしょう。アメリカで一時期、「オプトアウト」(キャリア女性が仕事を辞めて子育てに没頭すること)が流行った理由は、こういうことだと思います。

――それと、『DD(どっちもどっち)論』の中でも印象的なテーマのひとつが、女性の「エロス資本」について書かれたパートです。

 10代から20代でピークを迎える「エロス資本」があるというのは、ほとんどすべての女性がわかっていることだと思いますが、SNSでそれがより可視化され、マネタイズできる時代になりました。少し肌を見せればフォロワーが何万人とつきますし、パパ活の相手だってその気になればすぐに見つかるでしょう。

ほとんどすべての女性は「エロス資本」の存在に気付いている ほとんどすべての女性は「エロス資本」の存在に気付いている

事件にもなった「頂き女子」は億単位のお金を稼いでいたわけですが、大卒サラリーマンの生涯収入は、新卒から定年までの40数年間で平均3、4億円です。普通に働くのがバカバカしくなって、エロス資本がピークを迎える若い時代に稼げるだけ稼ごうと思うのは合理的でしょう。

「頂き女子」が弱者おじさんのヒーロー願望や救世主願望をかなえて何百万円、何千万円というお金をもらい、今度はそれをすべてホストに貢いでしまう――救いがないといえば救いがない話ですが、よくできているなとも感じます。自分が女の子の親だったら心配でしょうがないとも思いますが(笑)。

※インタビュー第1回「日本のリベラルは『民族主義』の変種?」、第2回「仕事がデキるのは『DD』な人」もぜひお読みください。

■『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』 
集英社 1760円(税込) 
面倒な問題をまともに議論する気のないメディアへの信頼感が失われ、SNSではそれぞれが交わることのない「真実」や「正義」を掲げる。――そんな世の中ではとかく嫌われがちな、しかしそんな世の中にこそ必要なはずの【DD(どっちもどっち)】な思考から、日本や世界がいま抱えている社会問題に鋭く斬り込む

『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』橘玲 『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』橘玲

橘 玲

橘 玲たちばな・あきら

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部超のベストセラーに。『永遠の旅行者』は第19回山本周五郎賞候補となり、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で新書大賞2017を受賞。近著に『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)、『運は遺伝する 行動遺伝学が教える「成功法則」』(安藤寿康氏との共著、NHK出版新書)など。

橘 玲の記事一覧