プーチン大統領が、クルスク対テロ作戦のトップに任命したデュミン国家評議会書記。プーチンの跡継ぎと言われている(写真:Sputnik/共同通信イメージズ) プーチン大統領が、クルスク対テロ作戦のトップに任命したデュミン国家評議会書記。プーチンの跡継ぎと言われている(写真:Sputnik/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――先に配信した記事で伺いましたが、イスラエルに行かれた際、イスラエル国内は建国以来の危機感に覆われていたということでした。今まで数えきれないほど訪れているモスクワはどんな感じだったのですか?

佐藤 モスクワ市内には安定感があります。さらに、政権に対する国民の支持は堅く、生活水準の著しい向上も見られます。

――報道によると、世界銀行がロシアの分類を、中高所得国から高所得国に変更したそうです。ロシアの一人当たりの年間所得は1万4250ドルです。世界銀行はこの上昇要因をウクライナ戦争だと結論付けています。

佐藤 それは間違いありません。

――ロシア版マクドナルドとかコーラとか、色々あるんですよね。

佐藤 例えば、これがスターバックスを模したスターコーヒーです。

――ロゴマークがロシアのイコン風になってる。

佐藤 一部の日本メディアでは「ビックマック」がないと報道されていましたが、ロシアには『ビッグヒット』があります。

――"大いなる殺戮"。

佐藤 実際に食べてみましたが、昔よりと言うよりも、「ビッグ・マック」より美味しくなっていました。

――原材料が良質のものになったのでは?

佐藤 そうです、ロシア産ですから。

――ウクライナ戦争が開戦した頃、西側はロシアの特定の銀行をSWIFT(国際銀行間協会)から排除するなどの措置を取りました。日本の報道では「これでロシア経済は死して、貧民と飢えがロシアを襲う!!」といったものを見た記憶があります。

佐藤 たしかに、あの措置はどうなったんでしょうね? しかし、ロシア国民の生活水準は明らかに向上していますよ。

また、やはりロシア人の心理は他国の人には分からないでしょうね。ウクライナは西側と手を組んで、ロシアに侵攻してきました。こうした状況では、ロシア国民は「ふざけるな!」となり、民衆はまとまるわけですよ。だから、プーチンとしてはウクライナに対して「ありがとう」という感覚です。

――ゼレンスキーに感謝しているんだ!

佐藤 そうですね。それから日本で全く報道されていませんが、知っておいた方が良い人物がいます。

――誰ですか?

佐藤 前回少し触れましたが、ロシア国家評議会議長のデュミン大統領補佐官です。プーチンには警護官が6人いて、元々デュミンは24時間警護にあたっているその中のひとりでした。だから、愛人や子供との関係も含めてプーチンの私生活を全部知っています。その6人の中で、デュミンは政治に抜擢されたたったひとりの人物です。この男に、クルスクの対テロ作戦の責任を全て任せたわけです。

――この方は、プーチンの次を担う世代のトップ候補ということですか?

佐藤 そうなります。今は、国家評議会議長兼大統領補佐官ですが、次の大統領候補として今回の対テロ作戦を全て束ねています。

――となれば、超優秀なデュミン大統領補佐官は、絶対にうまくやろうと思ってますから、クルスクの対テロ作戦はうまくいきますね。

佐藤 成功するでしょう。デュミンの指揮下にいるのは、連邦保安庁の対テロ特殊部隊、内務省国内軍、それから正規軍の殺戮部隊ですから。彼らに殺しのライセンスを与えて、侵入してきた傭兵たちを全て殺していきます。それで全くの免責という形になっています。

――英国の殺しのライセンスを持つ007が、ひとりではなく数万人の団体でクルスクに行くということでありますね。

佐藤 そういう形で対テロ作戦を始めています。

だから、クルクスに関しては全体の構造を変えたのだと思います。ウクライナは戦争の構造を変えて、ロシアとの全面戦争に発展させ、そこに西側連合を巻き込もうとしています。ただしヨーロッパは第三次世界大戦を望んでいません。

――しかし、ゼレンスキー大統領は「もっと武器を下さい。長距離ミサイルをロシア領内で使わせて下さい」と言っています。

佐藤 その長距離ミサイルの使用をヨーロッパが認めると思いますか?

――思いませんが、報道ベースだと英国は射程250kmの空中発射巡航ミサイル「ストームシャドウ」をロシア国内で使うことを認めています。しかし、米国が認めてないという話です。

佐藤 では、西側諸国は武器をもっと供与すると思いますか?

――米国大統領選挙の結果次第かと思います。ハリスならば、バイデン政策を継続します。

佐藤 ヨーロッパ諸国の武器供与の履行率は低いですからね。

――国際会議の場においては、ゼレンスキー大統領はビッグマウスであります。しかし、ウクライナ軍のクルスク奇襲に対して、ロシア軍が「ウ軍が攻めてきたから反撃する」という戦いを始めるならば、ウクライナには好都合です。しかし、実際にはクルスクだけが「対テロ作戦」ですよね?

佐藤 はい、クルスクは特別軍事作戦と分けて、対テロ作戦にしています。

――テロの取り締まりであって、戦争ではない。だけど、敵の傭兵は皆殺しにして、ロシア軍兵士はウクライナの傭兵部隊の捕虜になる前に自決する。

佐藤 自決の強要はしないでしょう。

ただし、人命に対する意識が西側とロシアでは違うことを押えておかなければなりません。例えば、クルスクで逃げ遅れたロシア系住民の中には、ウクライナ軍によって拷問される人も出てくるでしょうが、「悪いけど国のためだと諦めてくれ」となります。

――お国のために非戦闘員の一般住民も頑張れ、と。しかし、クルスク奇襲に参加したウクライナ軍の傭兵は、ロシア軍の対テロ戦の話を聞いたらビビッて逃げたいと思うでしょうね。

佐藤 ウクライナ軍は督戦隊(とくせんたい)を置いているから、傭兵たちは逃げられません。

――督戦隊とは、自軍を後方から監視して、命令に背いたり最前線から逃げる自軍兵士がいれば、後方から迷わず射殺する。地獄から来た部隊でありますね。クルスク戦線はまさに地獄であります。

佐藤 ロシアは「われわれは傭兵を雇っていません。その代わり志願兵という形を取っています」という建前です。給料は年間いくらだと思います?

――報道だと、貧乏な村で10年分の給料を稼げると言っていました。

佐藤 520万ルーブル、一年間で900万円です。モスクワ市民の平均年収が96万ルーブル、150万円です。

――一番裕福なモスクワ市民の年収の6年分を1年で稼げる。貧乏な村ならば、10年分は軽く超えますね。

佐藤 日本のメディアでは「息子を徴兵で獲られた」といったニュアンスでよく報道されています。しかし、ワンクッション抜けているんです。それは、志願して前線に行っているということです。徴兵で行くと、一ヵ月5000円の給料で年収は6万円。それが「志願します」と手を挙げれば年収900万円になります。

――それなら母さんに黙って志願して、年収900万円にしますよね。

佐藤 やはり、人間は合理的に動くと思いませんか?

――合理的も何も金ですよ、金!

佐藤 お金が欲しくなって戦地に行くことを、そんなに責められませんからね。

――ロシアは金で若者の心を揺さぶっていますが、ウクライナのゼレンスキー大統領はクルクス奇襲で「プーチン政権を揺さぶれる!!」と勢いづいております。

佐藤 いやいや、ロシアのエリートも大衆も全く揺さぶれてないし、何ともないですよ。逆に、ウクライナ軍はとんでもない奴らだとなっています。可哀相なことに、ゼレンスキーはこの実態がよく分かってないんですよ。

――どなたか説明してあげられないんですか?

佐藤 もはや説明して何とかなる段階ではありません。

――プーチンは「交渉なんかしないぞ」と鼻息を荒くしているんでしょうか?

佐藤 交渉に関しては、プーチンは「全体に関してはまだ可能性はある」としています。

――交渉可能なんですか!?

佐藤 まずプーチンは、ウクライナが「ロシアと交渉しない」というその姿勢を撤回しろ、と考えています。

――では、ウクライナが「撤回します」と言ったとします。すると?

佐藤 「南部四州からウクライナ軍は全部引け。そこはロシア領だ。それがスタートだ」と交渉条件を出してくるでしょう。

――そこはすでにロシアの作った法律ではロシア領になってますからね。

佐藤 実際の落とし所は「現状の実効支配している領域で止める」ということになるはずです。

――同時に、ウクライナはNATOに入らず、西側からもらった兵器を全て返せ、となりますよね?

佐藤 そうですね。「全部出せ」となって中立化ですね。

――非武装中立でありますか?

佐藤 警察くらいの武装は認めることになるでしょうね。しかし結局、ウクライナは3つぐらいに分かれる可能性があります。いま言った条件を拒否する西部地域。そして中間地域と、ロシアに併合される地域ですね。

――全てはクルスク奇襲から始まった、その結果となるかもしれませんね。

佐藤 そうですね。

次回へ続く。次回の配信は2024年9月13日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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