いま、ロシアの街の広告は全て無くなった(写真提供:佐藤優氏) いま、ロシアの街の広告は全て無くなった(写真提供:佐藤優氏)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source Intelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

佐藤 モスクワの話をすると、まず、何が一番以前から変わったかというと、街から広告が無くなりました。

――資本主義ではなくなったからですか?

佐藤 資本主義でなくなったわけではありません。広告が無くなった理由のひとつは景観です。街にはゴミひとつ落ちていません。さらに毎日、夜中に洗剤を使って清掃車が道路と歩道を磨いています。

――ソ連末期のモスクワとは段違い!! 国としてのレベルが高くなった。

佐藤 そうです。モスクワだけではなく、サンクトペテルブルクも同じで広告がありません。広告が無くなった二番目の理由は、広告によって人を刺激して、人為的な消費を作り出す経済との決別です。

――進化した資本主義、ではないのですか?

佐藤 そういえるかもしれません。それから無くなったのはスロットマシーン、博打に関連する店ですね。さらに風俗店もそうです。

――無くなった理由は、それらが不必要だからですか?

佐藤 要するに、博打と風俗は「人為的に作られた欲望」だということです。

――なるほど、納得です。

佐藤 それからポルノ雑誌もポルノビデオも無くなりました。

――自分はモスクワでは生きていけません......。

佐藤 だから、「SEXは皆で大いにやればいいじゃないか。やりたいのになぜそんな人為的なビデオを見ているんだ? 変じゃないか?」ということです。

――ものすごい変わりようです。

佐藤 そして、食品安全基準が厳しくなり、化学物質に対する規制がものすごく厳しくなっています。

――PFAS(有機フッ素化合物)が無い?

佐藤 厳しく規制されています。だから、そういった観点で国産品を嗜好するようになりました。国産食料品のレベルがすごく上がりました。実際に食べたら本当に美味くなっています。

ただし、国産品だけを売るスーパーがある一方で、モスクワの中心部には外国製品、特に非友好国の商品だけを売る店があります。そこにはミルキーやポッキー、グミなど、西側製品が全部あるので、欲しい物は自由に購入できます。コカ・コーラもだいたい中東あたりを経由して入って来ますしね。メルセデス、BMWの専門店もあって、そこで新車も買えます。

日本製品も買えますよ。日本食レストランで、ロシアのビール『バルチカ』を頼んだら、「ごめんなさい、ありません。『一番搾り』か『アサヒスーパードライ』はあります」と言われてしまいました。

そういった感じで、国外のものも全部あるんですよ。その代わり、値段はロシア国産品の1.5~2倍します。

――何も困っていないと。

佐藤 困っていません。トヨタ車を持っている人に聞いたら、「修理に出したら、部品が入りづらいから戻りが2~3週間遅くなった」と言っていました。その部品はどうしているのか聞いたところ、「廃車から部品を取って、とりあえず回してる」ということでした。

――ごく一部を除いて、戦争前より確実に市民生活は良くなっていますね。

佐藤 良くなっていますよ。国産品が充実していますからね。

それから、5~6年前までモスクワの市内で100平方メートルの広さの住宅価格は平均で約1億円でした。しかし、いまモスクワは拡張しています。

まず、以前に比べて地下鉄と高速が拡張されていて、車で30~40分、地下鉄で1時間ほどの所にニュータウンを作っています。中階層20階くらいのマンションで、100平方メートルで1100万円から1800万円です。そういった物件の購入に関して、国が20年ローンを組めるようにしています。20代で家を持てるようになっているんです。

要するに、いまのロシアでは国内産業が全部軍事生産にシフトしていて、完全雇用の需要が高まっています。すると、将来の安定性が出てきて、確実に「今年より来年は良くなっている」という展望が持てているんですね。

特に、「特別軍事作戦」が始まってから、成長率が、去年が3.7%、今年の第一四半期が5%と上がっていて、目に見えて生活が変わっています。

――いま世界で一番、そんな国になりたいのは中国でしょうね。中国における去年12月の16~24歳の失業率は、14.9%ですからね。一方、ロシアでは「俺なんか駄目だ」と思っている男性が、志願兵になると年収900万円。「君も戦ってみないか?」となれば行きますよね。

佐藤 志願兵として戦場に2年行けば、モスクワ郊外にマンションが買えます。命のリスクはありますが、年収200万円だとおそらく20年かかることを2年で実現できます。

――まさに生き急ぐ生き方。

佐藤 西洋的な資本主義のサイクルから離脱した、ということですね。

――それがモスクワから広告が消えた理由。

佐藤 そうなります。

――広告によって人を刺激して、人為的な消費を作り出す経済との決別。それはやはり、進化した資本主義ではないですか?

佐藤 そういえるかもしれません。

次回へ続く。次回の配信は2024年9月27日(金)予定です。

★『#佐藤優のシン世界地図探索』は毎週金曜日更新!★

佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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