もし『資本論』を書いたマルクスがいまの「進化した資本主義」のロシアを見たら、なんと言うだろうか?(写真:De Agostini/時事通信フォト) もし『資本論』を書いたマルクスがいまの「進化した資本主義」のロシアを見たら、なんと言うだろうか?(写真:De Agostini/時事通信フォト)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――モスクワ市内の広告が全て消えた。それは、広告によって人を刺激し、人為的な消費を作り出す経済との決別であり、もしかしたらこれが「進化した資本主義」のはじまりなのかもしれない......というのが前回の話でした。

佐藤 さらに、モスクワの地下鉄は午前5時から午前1時まで動いていますし、深夜でもタクシーは簡単につかまります。深夜に歩いていてもまったく危険はありません。そして喫茶店、カフェ、パブがものすごく増えました。そこで皆、政権の悪口を平気で言っています。

――いい国じゃないですか。

佐藤 そうなんです。そんな感じですから、友達との食事の回数も増え、市民の満足度は高くなっていると思います。ソ連時代は国民が集まる場所を少なくしなければいけなかったんですけどね。

――ソ連ですからね。

佐藤 あと、酔っ払いが減りました。皆、強い酒を飲まなくなっています。

――昔、酔っ払いが多かったのは、社会に対する不満が多かったからではないですか?

佐藤 ウォッカをはじめとする強い酒で鬱憤(うっぷん)を晴らしていましたからね。

――いまはそれが無いから、酔っ払って酔い潰れる必要がない。

佐藤 なので、友達やその家族たちをベースに飲んだり食べたりしています。

――楽しそうですね。

佐藤 酔っ払いが少なくなったのには、まだ理由があるんです。

――なんですか?

佐藤 ウイスキーがものすごく高いんです。『山崎』や『竹鶴』といったウイスキーのシングルショットが8000円でした。だから、ロシア人たちは国産ワインか安いビールを飲んでいます。

――慎ましい!

佐藤 それから、あの大金持ちになったオルガルヒの連中がロシアに戻って来ています。

――なんでまた?

佐藤 外国に行って「俺はロシアと縁を切ったんだ」と言ったところで、「これはロシアでの売り上げだろ」と指摘され、資産を取り上げられます。

――西側用語で言うと「ロシア資産の差し押さえ」。

佐藤 そうです。だから、お金を持ってロシアに戻ってきました。それが投資の原資になっていくわけです。

――この2年半で本当に多岐に渡る変化が起きているのですね。

佐藤 観光も国内で済ませています。特に人気なのが2014年にロシアがウクライナから併合したクリミアです。国内でルーブルだけで経済全てが回っている状態です。

――それができないと西側は思って色々仕掛けたけれど、まったく効いてないと。

佐藤 この2年半で、ロシアは完全に外国に依存しない体制を作りました。

――ロシアは内在している力がすごいですね。

佐藤 外に依存していませんが、ただし贅沢品として外国製品は全部入ってきています。

――その贅沢品とは例えばなんですか?

佐藤 iPhoneやAndroidは全部買えます。メルセデスやBMWの新車も売っています。ネット空間は規制されていますが、「VPN」というサービスを使えば全て外せます。

PCだと規制が厳しいんです。特に一番厳しいのはMeta系で、Facebook、インスタグラムは完璧にアクセスできません。Xも頭のところは出てきますが、開くことはできません。一方、ワッツアップとテレグラムは完全に使えます。シグナルは動画と電話は繋がりませんが、チャットは可能です。

――市民生活はおおむね良好だということですね。

佐藤 そうです。そして次に教育です。これもどんどん変わってきています。

――どう変化していくのですか?

佐藤 まず、米国型の教育、西側の教育とは決別していきます。

――徹底的な米国と西側の排除ですね。

佐藤 そして、高校までの基本教育、高等教育は全て無償化します。

現在、高等教育の無償と有償の二本立てです。無償だと大学は5年制、有償なら4年制です。いずれこれをすべて無償化します。ただ、高校から成績と金で大学に上がらないようにしています。同時に試験だけで大学に上がる人も3割に抑えるようにしています。

高校を卒業したら、とにかく働いてもらうのが原則です。なぜなら社会で働いて、大学で本当に勉強したいのか、3~5年かけて考えてもらうのが目的だからです。

学知が必要で大学に行くのか、それともビジネスを続けるのか。もしくは将来の自分の才能を伸ばすのか。それが農業ならば、農業の現場にいるのか、農場経営に進むのか。そこを考えさせるわけです。または、軍隊に入隊するという道もあります。

そういった形で、3~5年の社会経験を積んだ上で、高等教育が必要な人たちには大学で教育を受けさせようとしているわけです。

――大学で非常勤講師をやっている自分から見ても、それは正解だと思います。

佐藤 それから、高等教育を受けても極端な賃金差が出ない方向を目指しています。現状では高等教育を受けた場合、一般労働者の20~30倍の賃金をもらえます。しかし、その賃金差では社会として厳しい。なので、差を3~5倍ぐらいに抑えようとしています。

さらに、ソ連時代の五ヵ年計画ではありませんが、ひとつの分野で必要な人材の人数を把握していきます。例えば、大学で日本語を専攻したにも関わらず、日本語を一生使わない営業職に就くのは本人にとっても不幸ですし、国家が投資するには無駄です。なので、文系理系を含めておよその定員数も、社会構造のニーズとこれからの方向性を合せて調整しています。

それから、高校までの文系理系と数学のレベル全体を上げるつもりです。プログラミングと歴史も必修や重点科目にして、スタンダードを一緒にするといったことも考えています。

――教育では五ヵ年計画復活。ロシアは動き始めているのですね。

佐藤 もう改革は始まっています。西側の教育システムは、成績重視です。しかし、結局それは資産のある家の子供が、良い教育を幼少期から受けられるから成績が良くなるということです。つまり、親の経済状況による階級格差が出てきてしまいます。

すると、社会がやる気が無くなるから、それを防ぐために潜在力を上げようということです。ただし、その際に金持ちの子供をいじめる必要はありません。あくまで金持ちの子供しか可能性が無いという体制にならないように、軌道修正するのが目標です。

そのうちのひとつが、外国の大学に留学した際の学位は、基本、互換できなくすることです。要するに、ハーバード大学やケンブリッジ大学に行こうが、そこで取ってきた学位は、ロシアでは評価の対象になりません。あくまでロシアの教育システムの中での学位が評価されます。

"混乱の1990年代"には「個人でお金を貯めることが素晴らしい」という教育が行なわれました。しかし、これが最大の問題でした。そういった高等教育を受けた連中は、今回の特別軍事作戦で皆、逃げました。

――いなくなったのですか?

佐藤 そうです。そんな高等教育を受けて、いざ国家の危機となったら逃げ出すような人たちはいらない、ということです。

――なるほど。我々が日本で見聞きしている西側からの報道だと、「ロシアは大変な事になっている」と。しかし、実際は西側の世界から孤立したお陰で、ロシアはあらゆる問題が解決するべく良い方向に動いている。

佐藤 ロシアにとっては、ですね。これは、西洋中心の世界と"パラレルワールド"になっているからです。逆に「自分たちが働くしかない」「自分たちでやるしかない」ということに気づかせてもらったわけです。だから「アメリカさん、ありがとう」という感じです。

――反面教師ですね。

佐藤 何人かのロシア人に聞いたらこう言っていました。「いままで我々は西側から愛されようと努力してきた。しかしいま、愛される必要はない。もはやアメリカとは関係ない。アメリカ無しで生きていける」と。

――決別宣言でありますね。

佐藤 このパラレルワールドで、欲望を掻き立てない資本主義が生まれています。そして、その資本主義はなにが楽しいかといえば、家族や友達とかと過ごす、そういう社会ですよね。

――質問ですが、もし『資本論』を書いたマルクスがいまのロシアを見たら、なんと言うのでしょうか?

佐藤 マルクスの遺産から学んだことは「結局、大金持ちになるというのは、他人の労働を搾取することで、全然偉いことではないんだ」ということです。

なので、イーロン・マスクさんには「よくここまで搾取しましたね。底辺で働いている労働者たちは、あんたの会社から搾取されたのだ」と。ジェフ・ベゾスさんには「アマゾンの倉庫であれだけ労働者から搾取して、あんたは巨万の富を作ったのだ」と言うでしょうね。

――マルクスがいまのモスクワを見ると、なんと言いますか?

佐藤 「戦争の一点だけ除けば、すごくいい社会だ」でしょうね。

次回へ続く。次回の配信は2024年10月4日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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