およそ1ヵ月後に迫ったアメリカ大統領選挙 およそ1ヵ月後に迫ったアメリカ大統領選挙
9月27日に日本の新しいリーダーとなる自民党総裁が決まったが、一方で日本の運命を大きく左右するアメリカの大統領選挙(11月5日)も約1ヵ月後に迫っている。

勝つのは共和党のドナルド・トランプか? 民主党のカマラ・ハリスか? ふたりの政策はどう違うのか? そして、どちらが大統領になったほうが日本にとって都合が良いのか? 【トラ・ハリ決戦迫る! 米大統領選の行方①】

■中国製品への関税とウクライナ問題で差が!

国際政治学者の舛添要一(ますぞえ・よういち)氏が解説する。

「まず、トランプとハリスでは経済政策が真逆です。今、アメリカの法人税は21%ですが、トランプは15%まで下げると言っています。一方のハリスは28%まで引き上げる方針です。

トランプは『企業にかかる税負担を少なくすれば、企業がどんどん稼いでくれる。そして大企業やお金持ちがもっと裕福になれば、経済が活発化して低所得者にもお金が行き渡る』という、いわゆる『トリクルダウン理論』です。

一方のハリスは企業やお金持ちに税金をたくさんかけて、それを低所得者に分配するという考えです。ハリスの政策は『現在のアメリカは経済格差が広がっていて、中間層がいなくなっている。だから、中間層をつくるためにお金持ちから低所得者にお金を再分配しよう』というものです。

また、ハリスは子供のいる家庭への税額控除や住宅購入時の頭金支援など低所得者を助けようという政策を掲げています。

では、トランプとハリスの政策で何が問題になってくるのか。


トランプの経済政策の基本は減税ですから、税収が減ります。税収が減った分をどうするのかというと、中国からの輸入品に60%(現在は11%)、それ以外の国の輸入品には10%(現在は1%前後)の関税をかけて補うと言っています。

すると、日本からの輸出品の関税も高くなるので、経済政策ではトランプよりもハリスのほうが日本にとって都合がいいといえるでしょう。

もうひとつ、トランプの経済政策の問題点を挙げるとすると、関税が引き上げられるとアメリカ国民は今まで111円で買えた中国製品を160円で買わなければいけません。物価高になるわけです。

物価が高くなるとアメリカの中央銀行は政策金利を上げます。今、アメリカの金利は4%くらいなので、例えば銀行に100万円預けておくと年4万円くらいの利子がつきます。日本は0.25%なので2500円です。アメリカの金利が上がれば、みんなドルを買ってドル高になります。すると円安になります。日本の円安が進むのであれば、トランプが大統領になると日本は困るのではないでしょうか。

ちなみに、米ペンシルベニア大学の試算によると、トランプが大統領になるとアメリカの財政赤字が今後10年で5.8兆ドル(約840兆円)まで膨れ上がり、ハリスだと1.2兆ドル(約174兆円)増だと予想されています。アメリカ国内を見ても、トランプのほうが財政に悪い影響を与えるといえるでしょう。

トランプとハリスの政策で、もうひとつ大きな違いがあるのが安全保障です。

トランプは自分が大統領になったら、ウクライナもガザも戦争を終わらせると言っています。

副大統領候補のJ・D・ヴァンスは、トランプ陣営のウクライナ政策として『現在のロシアとウクライナの境界線を非武装地帯として要塞(ようさい)を築く』『ウクライナを中立化させてNATO(北大西洋条約機構)には加盟させない』と話しています。

これだと今ロシアが占領しているウクライナ領はロシア領になるということです。アメリカがロシアのウクライナ侵攻を認めたことになります。すると、プーチンはアメリカが認めるならバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)やポーランドにも侵攻するかと考えるはずです。そうなるとヨーロッパは大変なことになります。

この政策の背景にはアメリカ国民の『ウクライナにいつまでお金を出してるんだ。そんな余裕があるなら国内経済をなんとかしろ。不法移民がやって来ないようにメキシコ国境にもっと壁を造れ』という不満や要望があります。だから、ウクライナやガザの戦争を終わらせることはアメリカ国民にとって大歓迎なんです。


そして、ウクライナ戦争が終わると今度はウクライナ復興にステージが移ります。この復興には莫大(ばくだい)なお金がかかる。するとトランプは『日本はウクライナに戦車とか戦闘機とかの武器を全然送らなかったじゃないか。平和国家というならば復興にはお金を出せるだろう』と莫大な復興費を要求される可能性がある。

ほかにもトランプは日本の防衛費をGDP(国内総生産)の2%超に増やすことや『思いやり予算』といわれる在日米軍駐留経費の日本側の負担の増額を求めることも考えられるでしょう。アメリカ第一主義を掲げるトランプなら『日本がお金を出さないんなら米軍は去っていくよ。日本は自分たちで自分の国を守れ』と言いかねません。

一方のハリスは、今までどおりウクライナを支援しながら停戦は求めるというスタンスです。

結論としてはトランプがアメリカ大統領になると、日本にとっても世界にとってもリスクが大きくなるということです」

やはり、日本にとって都合が良いのはハリスなのか。

■ハリスの政策がトランプに寄ってきた!?

一方、「トランプとハリス、どちらが大統領になっても日本は大変かもしれない」と言うのは、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)などの著書がある同志社大学大学院准教授で、アメリカ政治・外交が専門の三牧聖子(みまき・せいこ)氏だ。

「今、アメリカ大統領選挙の争点となっているのは『国民の暮らし』と『不法移民の問題』です。有権者はインフレを早く収束させ、自分たちの暮らしを安定させてほしいと思っています。そのため、トランプもハリスも生活や経済の問題を最重視しています。

長年、共和党は大企業寄りの政党でしたが、トランプ率いる今の共和党は『労働者の党になる』と強調しています。具体的には国内産業や自国民の雇用を守るため、保護主義的な貿易政策を取り、輸入品に高い関税をかけることなどを打ち出しています。

他方、ハリスも中間層支援を明確にしていて、大企業に高い税金をかけ、低所得者に分配しようとしています。


トランプもハリスもアメリカの中間層の復活を第一とし、国内優先です。その点では大きな差はありません。

また、バイデン政権は『国家安全保障戦略』で、中国を最大のライバルと位置づけてきましたが、今回の大統領選挙では対中政策は大きな争点になっていません。今のアメリカの人たちは中国にそれほど関心を持っていないのです。

先日の討論会で、ハリスがトランプを『習近平に融和的だ』と批判しましたが、議会を見れば民主党議員も共和党議員も超党派で中国には強硬です。大統領選の結果、対中政策が劇的に融和的になるような可能性は低いのです。

その他の問題でもハリスの政策がトランプの政策に似てきている現状があります。

そのひとつが不法移民対策です。当初、民主党はメキシコとの国境に壁は造らないと主張していましたが、民主党支持者からも国境の厳格な管理を求める声が高まり、すでに壁の建設を始めました。かつてはトランプの不法移民対策を批判していたハリスも、今回の選挙では『トランプよりさらに強硬に国境を守る』と自分を売り込んでいます。

また、上院議員時代のハリスは気候変動対策に熱心で、『フラッキング』という環境に悪影響を及ぼす天然ガスの採掘方法に反対していたのですが、大統領選の勝敗を左右する激戦州のひとつ、ペンシルベニア州ではフラッキングが盛んなことから、フラッキング容認へと立場を変えました。


トランプのみならずハリスも"アメリカ第一主義"の傾向を強めています。国内に課題が多すぎて、現在、他国のことには目を向けられない状態になっているのです。

アメリカは今、ヨーロッパ、中東、中国で戦争や紛争を抱える"三正面"に陥りつつあります。『アジアの問題はなるべくアジアで解決してほしい。日本にもより多く負担をしてほしい』という圧力はいずれにせよ高まるでしょう。

トランプとハリスのどちらが大統領になっても、日本にはそうした時代への覚悟と準備が求められます」

トランプとハリス。どちらが日本にとって都合がいいかというと、ハリスという結論になる。しかし、どちらが大統領になっても、日本は今後"アメリカ頼り"では、やっていけなくなりそうだ。

新しい日本のリーダーは、そのことを肝に銘じてほしい。